ガーデンパーティー②
「きゃっ」
ターニャの声ではっとして顔を上げると、彼女のドレスの一部が葡萄色に染まっていた。
「も、申し訳ありませんっ」
側にいた男の給仕が平謝りしている。地面には粉々になったグラスと葡萄ジュースの水たまりができていた。
「怪我はない?」急いでターニャの全身を確認する。
「ええ、大丈夫です。飲み物がかかっただけです」
「なにが起きたの?」
アイリーシャが顔をひきつらせて立っている給仕に尋ねると、その男は声を震わせながら答えた。
「飲み物をお配りしていたところ、つまずいてしまいました」
誠に申し訳ありません、と再度謝って、深々と頭を下げた。
「大丈夫よ。わざとじゃないんでしょうし」
ターニャが給仕に笑顔を向けた。
「アイリーシャ様、大丈夫ですか?」
いつの間にか、ジークハルトが横にいた。
「私はなんともないわ。ターニャのドレスが汚れてしまったのよ」
辺りを見回すが、近くに女性の給仕が見つからなかった。
「ターニャ、着替えてきたほうがいいわ。ジーク、寄宿舎までターニャを送ってくれる?」
「いや、でも……」
ジークハルトが言葉を濁した。
「アイリーシャ様、私は一人でも戻れますから」
慌てて遠慮するターニャを、頭を振って止める。
「令嬢を一人で帰らせるわけにはいきませんわ。ジーク、私は一人でも大丈夫だから」
腕っ節に自信のあるアイリーシャとは違って、ターニャは淑やかな令嬢なのだ。今日は庭園に人が集中していて、学び舎は人気が少ない。そんなところを貴族令嬢一人で歩かせるわけにもいかない。
「ね、お願い」
「……わかりました」
恐縮しながら歩くターニャとジークハルトを見送る。その間に砕けたガラスは綺麗にされたようだ。
(もう少し、食事でもいただこうかしら)
そう思い、テーブルへ向かおうとしたところに、グラスを落とした給仕とは別の男の給仕に声をかけられた。白髪交じりの男だ。
「失礼いたします、アイリーシャ公爵令嬢様。カイル殿下より言づてを預かって参りました」
「殿下から?」
「はい。『相談したいことがあるので、奥のガゼボへ来てほしい』と」
庭園に素早く視線を巡らしたが、カイルの姿はなかった。
(相談ってなにかしら)
婚約してから今までカイルから相談なんてされたことはない。パーティーの最中に呼び出すなんて、よほど緊急か重要なことなのかもしれない。
「わかったわ」
「ご案内いたします」
「案内は要らないわ。場所はわかりますから」
「では、念のため近くまで付き添います」
「そう、ならお願い」
給仕についてガゼボへと向かう。カイルとレイラが寄り添い合っていたガゼボだ。あそこは茂みに囲まれているので、歩道を使用しない限り周りから見られることはない。密会にはうってつけというわけだ。
「こちらでお待ちください」
ガゼボへ続く道の入口で、給仕の男が頭を下げて去っていった。道沿いにガゼボへと歩いていくと、ガゼボの近くに背中を向けてしゃがみこんでいる人影が見えた。
(カイルじゃない)
そこにいたのは、給仕姿の女性だった。ハンカチを口に当てて気分が悪そうに震えていた。思わず近寄って声をかける。
「あなた、大丈夫?」
すると、女はぴたりと震えを止めて、振り返った。
「え……」
その顔を見て、目を見張る。次の瞬間。
「っ……!」
アイリーシャの顔を目がけて液体が噴射された。
(なに……)
正面から飛沫を浴び、それをまともに吸い込んでしまった。くらっと、めまいのような感覚がアイリーシャを襲う。その場に倒れるように崩れた。立ち上がろうとするが、手足に力が入らない。
視界が薄れて暗くなっていく。そんな中、立ち上がった女の両足だけがぼんやりと見えた。
「……ほんと、邪魔な女」
吐き捨てるような女の言葉を最後に、アイリーシャは完全に意識を失った。




