ガーデンパーティー①
さわさわと心地のいい風が吹く。四月のこの時期は、温暖期の中でも緑が多く気温も穏やかで過ごしやすい。ガーデンパーティーにはうってつけだ。
(あら、美味しい)
手にしていたグラスに口をつけると、アイリーシャは笑みを浮かべた。
レブリオ王国の名産である林檎を使っていると給仕から説明を受けていたが、濃厚で香りもよく、思ったよりも美味だった。
学園主催のカジュアルなパーティーだったのもあり、普段の王族主催のものほど期待していなかったのだが、食事も楽しめそうだ。
「お天気がよくてよかったですね」
ターニャが空を仰いで眩しそうに目を細めた。
「そうですわね。花もちょうど満開ですし、お食事も美味しそうね」
生徒たちが交流できる場として、学園側が時々主催しているガーデンパーティー。今回は三年生の卒業が二ヶ月後に控えているせいか、参加する生徒たちも多かった。
いつもはこういったパーティーには義務があるもの以外は出ないのだが、卒業してしまうターニャに誘われたのもあり、参加してみることにしたのだ。
学園の庭園に植えられた植物は多種に渡るが、前世とあまり代わり映えはしないのが意外だった。どこの世界でも動植物は似たり寄ったりなのかもしれない。
中でも驚いたのは、桜の木があることだった。まさに満開を迎えているその樹木は、美しい佇まいで一際目立っている。
「なにか食事を持ってきますね」
ターニャが食事の並べられたテーブルへと向かっていった。
一人残されたアイリーシャは、気になる方向へと視線をさりげなく泳がせた。
視線の先には、黄色い声を上げる令嬢たちに囲まれたジークハルトの姿があった。いつものよそ行きの笑顔で対応している。
(こうやって見ると、やっぱり貴族よね)
すらっとした高身長。質のよさそうなシャツにタイ。品よく華やかなベスト。その上に重くなりすぎない紺色のフロックコートを羽織っている。ジークハルトの周りだけキラキラと輝いているように見えて、思わず目をぱちくりする。
いつも護衛の目的でアイリーシャにつきっきりだったので、たまには生徒として楽しみなさい、と渋るジークハルトに命を下したのだけれど。
(なんだか、必要以上に目立ってるわね)
他の令息を完全に食ってしまっている。なんなら王族であるカイルよりも目立っているし。
カイルとレイラの噂は、学園中、いや国中に広がっているせいか、もうカイルは隠す気はないようだ。レイラをぴたりと隣に侍らせて完全に二人の世界に入っている。
カイルもターニャと同様に卒業を控えていて、その後は王太子に任命される運びとなっていた。その一年後にアイリーシャが卒業したらそのまま婚姻を結ぶことになるだろう。
そんな状況なのに、婚約者のアイリーシャを堂々と放っておいて、自分の品位を落としていることにカイルは気づいていない。周りの視線を気にする様子もなく、もはやレイラしか目に入らないようだ。
一方、アイリーシャに関しては、軽く挨拶は交わすものの、ターニャ以外に親しく話しかけてくる者はいなかった。無礼講なパーティーとはいえ、公爵令嬢であるアイリーシャには、誰もが恐れ多いと尻込みをするらしい。それにカイルの件でどう反応していいかもわからないのだろう。
こんな状況は慣れてはいるけれど。
『お嬢、ぼっちですか?』
いつもだったら、そんな憎まれ口をきいて一人でいるアイリーシャを覗きこむジークハルトの笑顔は、今日はない。
(そりゃそうよ。私がそう命令したんだし。今日はターニャもいるし)
でもなぜだろう。なんとなく胸の奥が重苦しい。
「お待たせしました」
ターニャが二つの皿にオードブルをいくつか乗せて運んできた。
「どうぞ」
「私の分も取ってくれたのね。ありがとう」
お礼を言って皿を受け取る。
「そういえば、ターニャは卒業後は領地へ戻ってしまうのよね」
「はい。弟もまだ幼いですし、父のお手伝いができたらと思っています」
「そう……寂しくなるわ」
同学年だったらもう一年一緒に過ごせたのにと残念に思った。
「お手紙を書きますし、王都へ向かう際には必ずご連絡いたします」
ターニャがアイリーシャを励ますように言った。
「ありがとう。楽しみにしているわ」
ターニャと食事を楽しみながら談笑していると、どこかから視線を感じた。その出所をさりげなく探すと、カイルの隣に立っているレイラと目が合った。合ったとたん、キッと睨まれる。アイリーシャはまたか、と知らんふりをしてターニャへと向き直した。
視線はやはりレイラだったようだ。
庭園のガゼボで会って以来、レイラから敵意を持った視線を受けるようになった。
面白いことに、前は同じ学園にいても遭遇することがなかったのに、出会ったとたん、よく見かけるようになった。たいていカイルか他の令息たちといるのだが、アイリーシャの姿を認めると、可愛らしい顔を歪ませて睨みつけてくる。
だいたい、腹を立てる権利があるのはアイリーシャのほうではないのか。
面倒くさいので、我関せずで押し通しているが。
(ジークハルトにも話しかけてくるみたいだし)
アイリーシャがいないときを見計らって、レイラがジークハルトに声をかけていることもターニャに聞いて知っていた。
またあの胸のもやもやが戻ってくる。
ジークハルトはレイラと関わりがあることを相変わらず黙っていた。その事実はアイリーシャを不安にさせたが、変わらず傍にいてくれる彼を信じたい気持ちが勝っていた。
いつか、必要なときがきたら話してくれるだろう。




