遭遇 その二
(だから、どうしてこうなるのよ)
会いたくないと願ったほんの数日後。その当人から声をかけられた。
「アイリーシャ様」
本日の王子妃教育を終え、鼻歌交じりに王宮の廊下を歩いていたところだった。
名前を呼ばれて振り返ると、ゲオルク・ロイスナーがうさんくさい、ではなく爽やかな笑みを浮かべて立っていた。護衛として一緒に来ていたジークハルトが、アイリーシャを守れる距離にさりげなく移動する。
「……ごきげんよう、ロイスナー宰相」
とりあえず挨拶をすると、おやっという顔をしてゲオルクがまじまじとアイリーシャを見つめた。
「な、なんでしょう」
「いや、アイリーシャ様にしては珍しいお顔をしていらっしゃったので」
「顔?」
「ええ。苦虫を噛み潰したような」
「…………」
アイリーシャの無言の返しを気にする様子もなく、ゲオルクが尋ねてきた。
「王子妃教育のお帰りですか?」
「ええ」
「指導担当者がアイリーシャ様は大変優秀でいらっしゃると言ってましたよ。もう終了間近だとか」
「そうですね。あと少しで終われそうです。指導がとても適切でわかりやすいおかげですわ」
「さすがはアイリーシャ様ですね。学業もありますのに。そうなるとなかなか学友とのお付き合いも時間がなくて難しいのでは?」
(私に友人がいないことを暗に揶揄っているのね)
「ご心配にはおよびませんわ。交流を深める時間くらいはありますので。親しい友人もできましたし」
(一人だけど)
「ほう、それはそれは。ならば安心ですねぇ」
わざとらしく目を細めて、ロイスナーがアイリーシャをじっと見た。その視線にじとっと嫌なものを感じる。
「……そういえば、最近、マクミラン子爵家の令嬢と交流されているとか」
「まあ、ロイスナー宰相。私の交友関係までよくご存じなのですね。まるで、いつも私の近くで見ていらっしゃるみたいだわ」
軽く牽制すると、ゲオルクは小さく頭を振って否定した。
「いえいえ、そんなことは。たまたま小耳に挟んだだけですよ。公爵家のご令嬢が子爵家の令嬢と交流されることが珍しかったもので」
「あら、学園内では身分も立場も関係なく平等だと定められていますわ。ロイスナー宰相ともあろうお方がそれをご存じないとでも?」
マクミラン家との件での鬱憤を少しでもアイリーシャで晴らしたいのだろうが、知ったことではない。そうはさせまいと、先手を打って強気に出る。
すると、ゲオルクは笑顔を貼りつけたまま両手を上げて、降参するような素振りを見せた。
「やれやれ。相変わらずアイリーシャ様は他の令嬢とは違って威勢がよいですね」
「褒め言葉として受け取らせていただきますわ」
うふふと愛想笑いを返す。
「……段々と母君にも似てきましたね」
ゲオルクがふと真顔に戻り、アイリーシャをじっと見つめてきた。
「……それはどういう意味でしょう?」
「色々ですよ。性格も容姿も。アイリーシャ様のお年のころのへレーナ様を思い出します」
そういえば、ゲオルクと両親、あと陛下夫妻は年齢が近いのもあって幼いころは一緒に過ごすことも多かったと聞いた。大人になるにつれ家の都合で交流は減ったのだろうが、ゲオルクが若いころの両親について詳しくても不思議はないのかもしれない。
ゲオルクのアイリーシャを見つめる視線に居心地の悪さを覚える。先ほどの悪意とは違う、なにか別の感情がこもった視線。
「お嬢様、そろそろ行きましょう。次のお約束に間に合わなくなります」
ジークハルトが助け船を出してくれた。
「おや、お約束がありましたか。引き止めてしまい申し訳ありません」
ゲオルクが再び作り笑いを浮かべた。
「では、失礼しますわ」
さっさとこの場を離れようと歩き出したが、ゲオルクに呼び止められた。
「ああ、そうだ。一つ言い忘れてしまいました」
まだなにかあるのかと内心うんざりして振り返る。
「なんでしょう?」
「好奇心旺盛なのは結構ですが、節度のある振る舞いをされたほうがよろしいかと」
何について、とはあえて言わずにいるゲオルクに、こちらも聞き返すことはしなかった。
「……ご忠告ありがとうございます。胸に留めておきますわ」
(忠告を聞くかどうかは別としてね)
ゲオルクとの不愉快な会話の余韻を蹴散らすように早足で歩く。
それに苦もなく合わせて歩くジークハルトがぽつりと呟いた。
「あいつ、禿げればいいのに」




