ゲオルク・ロイスナーの企み①
「まあ、そんなことが……」
放課後の寄宿舎。いつもの個室のサロンで、アイリーシャはターニャとお茶を楽しんでいた。
最初にお茶をして以来、二人はよくこうして会うようになった。ターニャは博識な上に、令嬢らしくないアイリーシャに眉をひそめることもなく、一緒に過ごしていてとても楽だった。アイリーシャにとって初めてできた親しい友人だ。
数日前に起きたカイルとレイラに遭遇した話を報告すると、ターニャは神妙な面持ちでアイリーシャを慮った。
「それは大変でしたね……」
「そうでもないのよ。二人を目にしても、正直なところなにも思わなかったのよね」
アイリーシャがあっけらかんと答えると、ターニャはふふふと笑った。
「アイリーシャ様らしいですね」
「クッキーかしら? なにかお菓子をレイラ嬢がカイル様の口元に運んでいたわよ。楽しそうに」
「まあ、随分と……親密、なのですね」
「そうみたいね」
菓子どころか口づけまでしていたことは、ターニャには黙っておく。
「レイラ嬢はお菓子作りが得意だと聞きました。よく仲のいい令息がたにお渡しになっているとか」
「そうなの?」
「はい。コーエン様も度々受け取っていらっしゃったみたいで、お菓子作りをあまりしない私とは大違いだとご不満な様子でした」
コーエンという男は聞けば聞くほど浅慮な人間だと実感する。
「そういえば、コーエンについて進展はあったの?」
「いいえ、なにも。行方不明のままだそうです」
ターニャがゆっくりと首を横に振った。
「そう……」
ターニャへの婚約破棄騒動のあと、両家で話し合いが行われたそうだが、勝手に破棄を進め、しかも公然でターニャを侮辱したコーエンは、父親であるピエル伯爵の怒りを随分と買ったらしい。この件以外にも、コーエンは度々問題を起こし、貴族らしからぬ行為が多かったせいもあって、とうとう勘当されてしまったのだ。
跡取りの権利は剥奪され、手切れ金代わりの金銭を与えられ、屋敷から追い出されたコーエンは、そのまま行方知れずとなってしまった。
「コーエンは他でも随分横暴な行為をしていたみたいだし、どちらにせよ近いうちにこのような結果になったはずよ。ターニャが心苦しく思う必要はないわ」
「そうかもしれません。でも、ピエル伯爵家のみなさまに申し訳なくて……。私がもう少し妥協していれば、もっとうまくコーエン様と付き合えたかもしれません」
元気なく目を伏せるターニャの様子から、ターニャは本当にコーエン以外のピエル家の面々には可愛がられていたのだろう。
重い空気を払拭しようと、話題を変えた。
「例の貿易事業はどう?」
「順調です。ヘーリング領までの輸送も落ち着いてきましたし、隣国との交渉と製品の選別も問題ないと聞いています」
「そう、よかったわ」
「全てヘーリング公爵家のお力添えのおかげです。ありがとうございます」
そう言って、ターニャが深々とお辞儀をした。
ターニャとコーエンの婚約解消が正式にされたあと、ピエル家は引き続きマクミラン家への支援を申し出てくれたらしいが、さすがにピエル家になんの利益もない取引はできないと断ったと聞いた。
そこで、アイリーシャから父のロナルドに進言し、現在マクミラン家が行っている中継貿易を拡大し、ヘーリング家との共同事業をしないかとマクミラン家に話を持ちかけたのだ。つまりは、ピエル家からの支援をヘーリング家が肩代わりした形だ。
以前、ターニャが振舞ってくれた紅茶など、隣国にはレブリオ王国ではまだ流通していない高品質な製品が沢山ある。ピエル家の支援だけでは限界があり、全てを把握し輸入することは叶わなかったのだ。そこで、ピエル家よりもさらに余裕のあるヘーリング家が資金を増やすことで、それらを輸入し、製品販売を王国全土に広げようと事業を立ち上げた。
ヘーリング領に商品を優先的、もしくは物によっては独占的に搬入してもらう代わりに、出資はヘーリング家が全て受け持つことになった。
マクミラン家には隣国との交渉、商品の選定、搬入の手配などほとんどの業務を担ってもらっている。
まだ始めたばかりだが、今のところ順調のようで安心した。
「頭を上げてちょうだい、ターニャ。この事業はヘーリング家にとっても有益だったのだから」
「そう言っていただけると救われます」
ターニャが笑顔を見せた。そこでふと、最近気になっているあることが頭をもたげた。
「もしヘーリング家との話がなかったら、ロイスナー侯爵家との話があったのよね?」
「はい。ヘーリング公爵家からお話をいただいた少しあとに、支援の打診をいただきました」
ターニャによると、コーエンとの婚約解消の噂が広がってほどなく、今まで全く関わりもなかった、ロイスナー侯爵家が支援を申し出てきたという。そのときにはすでにヘーリング家との共同事業の合意に至っていたので、丁重に断ったそうだが。
(ロイスナー侯爵家ね……。あの、狸親父。なにを企んでいるのかしら)
ロイスナー侯爵家当主、ゲオルク・ロイスナー。ロイスナー家は建国時に貢献したヘーリング家に並ぶ歴史も力もある貴族の一家で、ゲオルクはレブリオ王国の宰相でもある。軍事関係を担うヘーリング家に対し、ロイスナー家は行政を担当しているのだが、このゲオルクがなかなか曲者なのだ。
穏やかな空気をまとわせて容姿も人当たりもいいが、腹黒さは有名だ。愚直なヘーリング家とは反りが合わない。
そんなゲオルクが急にマクミラン家に興味を持ったのはなぜだろう。




