昼休みの婚約破棄騒動⑤
「婚約破棄の件ですね。もともとコーエン様とは円満ではありませんでしたし、こちらからは解消することはできませんでしたので、私としては申し出てくれて幸いなのです」
確かに、格下の子爵家からは伯爵家へ婚約解消を申し入れることは難しい。
「コーエン伯爵令息との婚約はどういった経緯で?」
「それが、両家に交流は全くなかったのですが、一年前ぐらいに急にピエル伯爵家から申し入れがあったのです」
「一年前……。では、婚約期間はまだ浅かったのですね」
「はい。領地経営の援助もいただけるということで、我が家としては断る理由も当時はありませんでしたし、お受けしたのです。それが蓋を開けてみれば、コーエン様は……その、あのような方でしたし、レイラ男爵令嬢と親密になられてからは酷くなる一方でした」
「コーエン伯爵令息は傲慢でかんしゃく持ちのお子様男だったってわけね」
眉をひそめてアイリーシャがクッキーをつまみながら毒を吐くと、ターニャが目を丸くして、ぷっと吹き出した。
(あ、しまった。素が出てしまったわ)
人前では令嬢らしくを心がけてきたのだが、うっかりしていた。しかし、ターニャは気にすることもなく、ふふふと笑い続けた。
「確かにその通りです。はっきりと言ってくださって、すっきり致しました。おそらく、コーエン様にしても意に沿わない婚約だったのでしょう。最初からこの婚約への不満を隠しもしませんでしたから」
「そこに、レイラ嬢が現れて親密になり、婚約破棄を申し出たわけね。そうだとしても、公然での一方的な婚約破棄はいくら伯爵家といえどもよくなかったわね」
「はい。ピエル伯爵家の名を落としかねない行為でしたので、一旦保留とさせていただいたのです。コーエン様の独断でもあったようですし」
「あら、優しいのね。ピエル伯爵家がどうなろうとターニャには関係ないでしょうに」
「そうですね……。でも、コーエン様以外のピエル伯爵家のみなさまはとてもよくしてくださったのです。ピエル伯爵も伯爵夫人も、コーエン様の弟君も。なので、できるだけ穏便に済ませたいと思いました」
「そうだったのね」
(なるほど。悪はコーエンだけなのね)
「私には婚約解消は喜ばしいことですが、我が家への援助も断ち切られてしまいますから、家族や領民には申し訳なく、心苦しいのです」
少し目を伏せてターニャがそう続けた。
「ターニャ。公爵家の私がこんなことを言うと問題かもしれませんけど、あなたが幸せでなければ、結婚なんて意味ないわ。きっとあなたのご家族もそう思っているはずよ」
「アイリーシャ様……」
「政略結婚なんて、くそくらえよ」
「え? く……?」
聞き慣れない言葉に、ターニャが首をかしげて聞き返してきた。
「ごめんなさい、なんでもないの。とにかく、婚約者を大切にできないような男はターニャにはふさわしくないわ」
悪戯っぽい笑みでそう言うと、コーエンがターニャに言い放った言葉をアイリーシャが揶揄したとターニャにも伝わったらしい。
「ありがとうございます」
ターニャが曇りのない笑顔を見せた。そこで、ターニャがなにか思い出したように、そういえば、と話を始めた。
「婚約した当時はコーエン様は全く我が家へお越しにならなかったのですが、ここ最近は頻繁に通われていたらしいのです」
「ターニャが不在なのに?」
「はい。私が寄宿舎にいる間も、時折我が家へと訪ねていらっしゃったそうです。学校がお休みのときは領地でお会いすることもありましたが、コーエン様はどちらかというと、父とお会いしたかったようでした」
「マクミラン伯爵に?」
「はい。領地経営について色々と教えてほしい、と」
「……そう」
もともと領地経営を成功させて成り上がったピエル伯爵家が、他の領家の経営から学ぶ必要があるのだろうか。
「そういえば父が、弟が誘拐された日にもコーエン様が訪ねていらしたと言っておりました。弟が王都に行く少し前にいらっしゃったらしくて」
「あの日は登校日だったわよね。辺境まで学園をお休みして行ったってことかしら」
「そうみたいですね。だから父も少し不思議に思って覚えていたらしくて」
コーエンの行動に別に意図はないのかもしれない。でも、なにか引っかかる。これは、長年世直し活動をしてきた故の勘だ。
「それに、あの日弟の事件で混乱していた折に、ちょっとした騒ぎもあったのです」
「なにがあったのですか?」
「それが……父の書斎が荒らされていたのです」
「ええっ……」
驚いて声を上げると、ターニャが首を横に振った。
「荒らされてはいたのですが、なんの被害もなくて」
「盗られた物も?」
「ありませんでした。気味が悪いですが、被害もないので大事ではないと片付けられました」
「そうなのですね……」
(やっぱり、妙だわ)
「まあ、もうこんな時間なのですね」
ターニャが窓の外へ視線を向けて呟いた。窓から見える空は、夕陽で赤く染まっている。
「名残惜しいですが、この辺でお開きにしましょうか」
「そうですね。あの……アイリーシャ様。またお誘いしてもよろしいでしょうか?」
遠慮気味にそう聞かれ、満面の笑顔で答える。
「もちろんですわ。次も楽しみにしております」
挨拶を交わしてターニャと別れ、部屋の外で待機していたマリアと自室へ戻る。
「マリア」
「はい、お嬢様」
半歩後ろを歩くマリアを振り返った。
「ちょっと調べてほしいことがあるの」




