昼休みの婚約破棄騒動③
カイル王子殿下がとある男爵令嬢にご執心らしい。
学舎へと向かう途中、ジークハルトからこの話を聞かされたとき、アイリーシャの感想は「ふーん」と「なるほど」の二つだった。
もともとカイルに対して愛情はなかったので、他の令嬢と恋仲だと聞かされても「ふーん」以外のなんの感情も湧かなかった。
そして「なるほど」は、最近アイリーシャに向けられていた周囲からの謎の視線の原因が、この噂によるものだったとわかって納得したからだった。あの居心地の悪い視線は、浮気されたアイリーシャへの哀れみや好奇心だったのだ。
男爵令嬢の名前が「レイラ・アードラー」と聞いて、なぜあの時、野次馬たちが一斉にアイリーシャへ振り向いたのか理解はしたが、当然のごとく疑問が残った。
『この令嬢って、コーエン伯爵令息の相手でもあるのよね? どういうこと?』
『レイラ男爵令嬢は、カイル殿下だけでなく複数の令息と特別な間柄らしいですよ』
『えっ。それで不和は生じないの?』
『ええ。なぜか令息同士は納得しているらしいですよ。レイラ男爵令嬢がそれだけ魅力的だからしょうがないって』
『妙な話ね……』
『そうですね。ターニャ子爵令嬢のように婚約者がいる令息もいるらしくて、婚約者たちが窘めても全く聞く耳持たないらしいです。で、レイラ男爵令嬢へ注意をすると令息たちが逆上してかばうから話にならないとか』
(うわ……。カオスね)
思わず前世の言葉が出る。
アイリーシャは前世も含め恋愛経験が皆無に等しい。だからこういった男女間のいざこざには疎くて理解が難しい。
複数の令息たちを夢中にさせるレイラ・アードラーとは、どのような令嬢なのだろう。
『彼女に会ったことってあるかしら?』
『さあ。同じ学年ですし、すれ違ったことぐらいあるんじゃないですか? 俺たちとは別のクラスらしいですけど』
(ということは、優秀というわけではないのかしら)
この学園では、成績によってクラスが三つに分けられていて、アイリーシャとジークハルトは一番上のクラスにいる。別のクラスということは、そこまで成績がいいというわけではなさそうだ。ならば、なにか別のところに彼女の魅力はあるのだろうか。
ちなみにカイルは一学年上の一番上のクラスにいるが、噂によるとトップクラスからは外れているらしい。この前の試験も順位は十三位ぐらいだった。もともとカイルは学問も剣術も群を抜くほどではなかった。ただ、人一倍真面目に努力する姿はあるので、俺様な性格を加味しても、表だって彼を品評する者はいない。
カイルといえば、アイリーシャが二年生になってから、顔を合わすことがほとんどなくなった。仲がよくないとはいっても、アイリーシャが一年生のころは、まだ義務的にお茶会をしたり、社交パーティーなどに一緒に参加したりしていたのだが、ここ半年ぐらいは全くない。まあ、学生の間は学業優先で、そういったイベントの参加義務は免除されるので、アイリーシャが不在でも不自然ではないのだが。
学園で見かけてもお互い声をかけないし、そんな様子も要因となって、ああいった噂が思いのほか広がってしまったのかもしれない。
『入学して一年半近いのに、見かけたこともないなんて不思議ね』
『そうですね。ただ、レイラ男爵令嬢は一年の終わりに途中から入ってきたみたいですし、寄宿舎も別の棟ですし、お嬢と接点少ないのもあるんじゃないですか』
『そうかもしれないわね』
「お嬢様。お迎えがきました」
マリアに声をかけられ、顔を上げる。制服から薄青色のデイドレスに着替えたアイリーシャ自身と鏡越しに目が合った。
丸椅子から立ち上がると、部屋の出口へと向かった。扉の外には、ターニャの侍女が待っていた。
「お待たせしました。行きましょう」
「はい。ご案内いたします」
マリアとともに侍女のあとをついていく。女子寄宿舎に設けられている女子生徒専用サロンは、毎日たくさんの令嬢たちで利用されている。複数のグループがお茶のできる大広間と、プライベート重視の個室が用意されているのだが、どうやら個室に行くらしい。
「こちらでございます」
侍女がお辞儀をしてから、扉を開けた。
部屋に進むと、ターニャが椅子から立ち上がり、カーテシーを取ろうとしたので、手を上げて制した。
「堅苦しい挨拶はやめましょう。ここには他の目はありませんから」
「わかりました。お気遣い、ありがとうございます」
ターニャは微笑むと、どうぞ、とテーブルへとアイリーシャを促した。
「まあ、素敵」
テーブルにはアイリーシャ好みの菓子と軽食が用意されていた。きっと、ターニャがあらかじめ確認してくれたのだろう。
「お口に合うとよいのですが」
「とても美味しそうだわ。私の好きなものばかり。ありがとう、ターニャ」
「いいえ。こちらこそ、お越しいただきありがとうございます」
侍女が淹れた紅茶を一口飲む。優しい柑橘系の香りがふわっと漂った。
「いい匂いね。初めて飲む紅茶だわ」
「こちらは、隣国のエンドフェル帝国から取り寄せたものです。マクミラン家は国境に面しておりますので、他国の物が手に入りやすいのです」
「エンドフェル帝国は農作物も多種多様ですものね」
「はい。領土が大きくて気候が異なるためだと言われています」
「そうなのですね」




