昼休みの婚約破棄騒動①
(まただわ)
ここ数日、学園内の周りの様子がおかしい。
これまでも遠巻きに見られることはあったが、好意的な視線が多かった。しかし、最近のものは違う。憐れむような探るようなじとりとした空気を帯びていた。
なにかしてしまっただろうか?
思い返してみるが、心当たりはなかった。ただ、アイリーシャは人助け以外あまり関心を持っていないので、無意識になにかをやらかしている可能性はある。
(ま、いっか)
直接なにか被害を受けたわけでもない。実家に迷惑をかけるような事態であれば動くが、そうでもなければそのまま放っておこう。
「お嬢様、お茶のお代わりはいかがですか?」
昼休みに昼食を取るために中庭に来ていた。天気のいい日はいつも食堂からテイクアウトをして、ジークハルトと一緒に食事をしている。食堂は人が多く賑やかで、アイリーシャたちがいるとなにかと視線が集まって落ち着かないので、なるべく避けているのだ。
そういえば先日も雨の日にしかたなく食堂で食事をしていたら、どこかの令嬢が食事トレイを持ったまま派手に転んで大騒ぎになっていたし。
マリアが届けてくれる食後のデザートと飲み物を、庭園の木々の中でゆっくりと味わうのは、学園生活での楽しみの一つだ。
「ええ、お願い」
マリアが素早い手つきでティーカップに紅茶を注いだ。お付き役は基本的には寄宿舎で待機しているのだが、用事があればこうしてマリアのように学園内に出入りできる。
「マリア、俺も欲しい」
「……かしこまりました」
マリアが軽く舌打ちをして、ジークハルトのカップにも紅茶を注いだ。
「お嬢~、マリアが舌打ちしたんですけどお」
「してません」
「しましたあ。俺だって貴族だし、生徒の一人なんだから平等に扱ってくださいよ」
「善処します」
(ほんと、仲いいんだか悪いんだか)
二人は昔からずっとこんな調子だ。ジークハルトは屋敷に来たばかりのときはまだしおらしかったが、すぐに憎まれ口を叩くようになり、年上で先輩のマリアにも全く物怖じしない。マリアもマリアでそれを強く咎めることはなく、むしろこのやり取りを楽しんでいるようにも見える。姉弟みたいで微笑ましい。
相変わらずの二人のやり取りを眺めて楽しんでいると。
突然、近くでざわめきが起こった。その方向に目をやると、ある一角に人が集まっている。
「なにかあったのでしょうか」
マリアも同じほうへ目を向けている。
「行ってみます?」
ジークハルトの言葉で、そうね、と立ち上がった。
人の輪に近づいていくと、その中心に令嬢が一人立っていた。
(あれは……)
「マクミラン子爵令嬢ですね」
ジークハルトがアイリーシャの心を読んだかのように続けた。
(あの子のお姉さんね)
そう、先日アイリーシャが救出して、大々的にアイリーシャのことを記者に語ってくれた少年の姉だ。ターニャ・マクミラン子爵令嬢。カイルと同じ学年だったはずだ。
彼女に対峙して、もう一人男子生徒が仁王立ちしていた。険しい顔でターニャを睨みつけている。あまり穏やかではない空気だ。
「……コーエン様。突然に呼び止められ、ニワトリのように一方的に大声を上げられたので、よく聞こえませんでした。恐れ入りますが、もう一度、落ち着いてゆっくりとお話していただけますか」
ターニャは表情を全く崩さず、真っ直ぐに相手を見返した。
(相手はコーエン・ピエルね)
確かターニャはコーエンの婚約者だったはず。ピエル伯爵家は商人出身の新興貴族で、裕福ではあるが歴史が浅い。貴族間でも新興貴族は新参者として下に見られることが多い。だから、由緒ある貴族と繋がって箔をつけることを切望していたりする。
ピエル伯爵家もそれに漏れず、長い歴史を持つマクミラン子爵家と親戚となることを目的として、ターニャとコーエンの婚約が決まったのだ。
それにしても。
(ターニャ様、なかなか根性のありそうなご令嬢ね)
ターニャの冷静かつ嫌味も込めた返しに、コーエンの眉がこれでもかとつり上がった。
「な、なんだその言い方はっ。本当にお前はかわいげがない女だな! もう一度言ってやるぞっ。お前との婚約は破棄だ!」
野次馬たちがひそひそと囁き合う中、ターニャは相変わらず顔色一つ変えず、姿勢よく立っている。
「理由を伺ってもよろしいですか?」
「ふんっ。そのお前の態度に決まっているだろう。愛想もなにもない、鉄のように冷たい女と生涯を遂げるなんてまっぴらごめんだ。お前みたいな女は俺にはふさわしくない!」
まあ、酷い言い方、とどこかで声が上がった。しかし、言われたターニャ本人は全く動揺していないようだった。それどころか、はあっ、と大きなため息をついて呆れたようにコーエンを見た。




