第6話 少年と犬
深い青にきらめく灰。
火山岩に絡まっていた金色の髪。
夜と白が持ち帰った手がかりは、蟻ノ巣の奥にある会議室へ集められる。
それぞれは小さな欠片にすぎない。
けれど、欠片が並べば、そこには誰かの足跡が浮かび上がる。
蟻ノ巣を襲った異変は、まだ終わっていない。
会議室の扉が開くと、コロコロと車輪の転がる音が近づいてきた。
ローラーブレードの音。この音を立てて会議室に入ってくる者を、朔は一人しか知らない。
「待たせたな」
勢いよく扉を開けて入ってきた博士は、手に持っていた解析紙を指で弾いた。
「盗まれた武器そのものは、現物がねぇから断定できねぇ。だが、ドワーフどもの証言と残留ダストを見る限り、ダストを流し込んで威力を上げる構造の可能性が高い」
朔は机に肘をつき、小瓶の中の灰を見た。
「つまり、ただの剣や銃じゃないってことか」
「そういうこった。使い手の魔力か、外部ダストか……何かしらを食わせて強くする武器だろうな」
部屋の隅で、遊祈が静かに口を開いた。
「国を脅かすほどのものなら、放ってはおけませんね」
一瞬、会議室の空気が止まった。
朔は遊祈を見る。
「遊祈、お前いつから居たんだ?」
「えぇ!?ずっといたよ?!」
「うーん…国、ね」
遊祈は、少しだけ困ったように笑っている。
「武器は使い方次第で、いくらでも話が大きくなりますから」
「……大げさな気もする」
朔はそう言ってから、机の上に並んだ小瓶へ視線を落とした。
深い青の灰。金色の髪。盗まれた武器。
「でも、不明瞭な点が多すぎる。警戒した方がいいのは確かだな」
遊祈は少しだけ目を伏せた。
「ええ。備えすぎて困ることは、あまりありませんから」
博士が鼻を鳴らす。
「備えすぎて爆発することはあるぞ」
「それは博士だけだと思う」
朔が即座に返す。
No.Aのゴーグルが淡く光った。
「同意します」
「おい、そこは同意すんな」
博士は解析紙を握ったまま、No.Aへ不満そうに顔を向けた。
朔は通信用のクリスタルを指で弾いた。
「薬に繋ぐ」
クリスタルの内側に、淡い光が満ちる。
数秒の雑音。それから、不機嫌そうな少年の声が返ってきた。
『……何?』
「薬、今動ける?」
『オレ、今食事の片付け終わったところなんだけど?』
「お疲れ」
『労うなら休ませろよ』
「ラムカラムに行って」
『労いどこ行った!?』
博士はご愁傷さまという顔をしており遊祈は口元に袖を当て、静かに笑っていた。
朔は気にせず続ける。
「盗まれた宝石や金細工が、ラムカラムに流れてる可能性がある。あそこは人も物も多い。表の市場も裏の取引も動きやすい」
『それでなんでオレ?』
「鼻が利く。足も速い。あと、飯の出店に紛れても不自然じゃない」
『最後の理由だけ雑すぎるだろ』
「そこは何とかお願いしますよ、薬先生〜」
『急に媚びんな。気持ち悪ぃ』
「でも、無理なら戻ってきていい。アンタを使い潰す気はないよ」
通信の向こうが、少しだけ静かになった。
『……調子狂うだろ』
朔は少しだけ笑った。
「頼りにしてるぞ」
『……そういう言い方すんな。断りづれぇだろ』
「じゃあ、頼んだ」
『はいはい。ラムカラムな。行ってくるよ』
クリスタルの光が、ゆっくりと薄れていった。
博士がにやにやしながら朔を見た。
「扱い上手いな」
「薬は文句言いながらちゃんとやるから」
遊祈が柔らかく笑う。
「信頼ですね」
「まあね」
朔は机の上の地図へ視線を戻した。
「あいつは文句言いながらでも、ちゃんと帰ってくる奴だから」
ーーーーー
ラムカラムの昼は、うるさかった。
湖面には白い陽射しが跳ね、通りには朝から続く出店がずらりと並んでいる。焼き魚の匂い、果物を売る声、木箱を運ぶ商人たちの怒鳴り声。遠くでは昼間から楽器を鳴らす者までいる。
ここは眠らない街。
夜に踊る街なら、昼は働きながら騒ぐ街だった。
薬は人混みを縫うように歩きながら、深いため息をついた。
「ったく……食器片付けた直後にラムカラムって、どういう扱いだよ」
文句を言いながらも、獣耳は周囲の音を拾っている。鼻は、焼けた魚と果物の甘い匂いに混じる、金属の匂いを探っていた。
盗まれた宝石。金細工。ダストで強化される武器。
そういうものが流れるなら、人と物が集まるこの街は確かに怪しい。
朔の言いたいことは分かる。
分かるが、納得はしていない。
「帰ったら絶対、皿洗い手伝わせる……」
その時だった。
「そこ、邪魔」
頭上から声が聞こえてきた。
薬が顔を上げると、出店の屋根の上に少年が座っていた。
年は薬より少し下に見える。だが態度だけは、やけに大きい。
「は?」
薬は眉をひそめる。
「お前こそ邪魔なんだが。屋根の上で何してんだよ」
少年は鼻で笑った。
「犬が人間の街を歩いてる方が変だろ」
薬の獣耳が、ぴくりと動いた。
「……今、なんつった?」
「犬」
「犬じゃねぇ」
「耳ついてるし」
「お前、目ぇ節穴か?」
少年は屋根から軽く飛び降りた。石畳に着地する動きは、妙に身軽だった。
「チビのくせに口だけは達者だな」
「お前も大して変わんねぇだろ」
「オレ様はお前より上だ!」
薬は「態度の話じゃねぇよ。」と言うと少年の頭から足元までを見て、鼻で笑い一言
「身長の話だ」
少年の眉がぴくりと動く。
「その程度の差で偉そうにすんなよ!」
「……生意気」
「そっくりそのまま返す!」
二人の間で、昼の熱気が妙に張り詰めた。
周囲では店主が客を呼び、魚が焼け、子どもたちが走り回っている。けれど、その一角だけ、空気が少しだけ冷えていた。
少年の手が、腰に下げた銃へ伸びかける。
薬の靴底が、石畳を軽く踏んだ。肉球のような跡が、ほんの一瞬だけ薄く浮かぶ。
だが、遠くで男の怒鳴り声が響いた。
「おい! そっち見たか!?」
少年は小さく舌打ちした。
「面倒くさ」
赤い石の飾りが、耳元で一瞬だけ光る。
「逃げんのか?」
「犬と遊んでる暇はないんだよ」
「だから犬じゃねぇ!」
少年はにやりと笑うと、人混みの中へ身を滑らせた。
「おい、お前――」
しかし、次の瞬間にはもう少年の姿はなかった。
人の波。出店の呼び声。湖から吹く生ぬるい風。
そのすべてに紛れるように、少年は消えていた。
薬はしばらく通りの奥を睨んでいたが、やがて舌打ちした。
「……なんだよアイツ」
同じ頃。
人混みを抜け、細い路地に入った少年もまた、足を止めていた。
リートは肩越しに、薬がいた通りを振り返る。
「犬のくせに、生意気だな」
耳元の赤い石を指で弄り、リートは不機嫌そうに顔をしかめた。
「……なんだよアイツ」
ラムカラムの昼の喧騒が、二人の声を呑み込んでいった。
「なんだあのクソガキ…」
「なんだあのクソ冠犬…」




