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赤ずきんはエメラルドの夢を見る  作者: デウス・エクス・マキナ
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第4話 灰の獣

深い青にきらめく灰。

火山岩に絡まっていた金色の髪。

蟻ノ巣を襲った魔物の痕跡を追い、夜と白はトルルカーンの旧炭鉱区画をさらに奥へ進みます。

そこに残っていたのは、ただの魔物の気配ではありませんでした。


通信クリスタルの光が、夜の手の中で淡く揺れていた。


旧炭鉱区画の空気は重い。火山から流れてくる熱に混じって、乾いた灰の匂いがする。


夜は小瓶に入れた粉末を、クリスタルの光へかざした。

灰のようにさらさらとした粉。

その中に混じる粒が、淡い光を受けて、深い青にきらめく。


「No.A、見える?」


『映像記録を受信中。対象粉末に通常ダストとは異なる反応を確認』


通信クリスタルの向こうから、No.Aの平坦な声が返る。


「やっぱり普通ではないのね」


『はい。第一入口に残留していたダストとは、別種と推定します』


夜は眉を寄せた。


通常のダストとは違うような、この灰色の粉末はそれとは違う。

そう感じさせる、不自然な静けさがあった。

白が横から小瓶を覗き込む。


「きれいだね」


「気をつけて」


「きれいなのに?」


「綺麗なものほど、だいたい面倒なのよ」


『同意します』


「あなたまで同意しなくていいわ」


夜は小さく息を吐き、もう一つの小瓶を取り出した。その中には、火山岩の割れ目に絡まっていた金色の髪が入っている。


「それから、金色の髪も見つけたわ。蟻ノ巣の誰のものでもないでしょう?」


『照合中。蟻ノ巣登録メンバーとの一致、なし』


「やはりね」


夜の声が、少し低くなる。


『現在地点周辺に、同一粉末の微弱反応を複数確認。調査継続を推奨します』


「つまり、まだ奥にあるのね」


『はい』


白が坑道の暗がりを見た。


「奥、嫌なにおいする」


「硫黄の匂い?」


「ちがう」


白は包帯に覆われていない片目を、じっと細めた。


「魔物のにおい」


夜は通信クリスタルを握り直した。

旧炭鉱区画の奥には、使われなくなった坑道が口を開けていた。入り口には古い立入禁止の札がかかっている。けれど、札は半分割れ、錆びた鎖は地面に落ちていた。

風がないのに、灰が舞っている。


「白、離れすぎないで」


「うん」


白は素直に頷いた。けれど視線は、夜ではなく坑道の奥を向いている。

夜はゆっくりと足を踏み入れた。

赤茶けた岩壁。ところどころに残る古い採掘跡。足元には乾いた灰が薄く積もっている。

その灰が、夜の靴先に触れた瞬間、さらりと逃げるように動いた。


夜は足を止める。


「……動いたわね」


白が小さく頷き、そっと夜に身体を寄せた。


「うん。見てるよ…」


「灰が?」


「灰じゃない」


白は恐る恐る一歩前へ出た。


「中に、いる」


その瞬間、坑道の奥で灰が跳ねた。

さらさらと積もっていた粉末が、まるで息を吹き込まれたように宙へ舞い上がる。深い青の粒が、暗がりの中で星屑のように瞬いた。

灰が集まる。骨のように細い脚を作り、丸い胴を作り、歪んだ頭を作る。


それは、羊に似ていた。

けれど、毛はない。灰でできた身体の内側を、青い粒が脈打つように光っている。巻き角だけがやけに大きく、顔のあるべき場所には、黒い穴のような口が開いていた。


『未確認魔物反応を検知』


No.Aの声が通信クリスタルから響く。

『対象、通常ダスト由来の魔物ではありません』


「でしょうね」


夜はクリスタルを懐にしまい、白の前に半歩出た。


「白、下がって」


「た、戦うの?」

少しだけ腰を引けさせたあと、「わかった」と言い、覚悟を決めたかのように背筋を正した。


「少しだけ」


灰の獣が跳ねた。

小さな身体に似合わない速さだった。岩壁を蹴り、天井を蹴り、夜の首筋へ向かって一直線に飛びかかる。

牙が届く。

その直前。

夜の姿が、ふっと横にずれた。

避けた、というより、そこにいた時間だけが薄く剥がれ落ちたようだった。


灰の獣の牙は空を噛み、岩壁へ激突する。夜は何事もなかったように、その横へ立っていた。


「乱暴ね。初対面の挨拶ではないわ」


灰の獣が振り返る。

白が夜の後ろで、ぱちりと瞬きをした。


「夜、速いね」


「今さら?」


「うん。今さら」


「褒めるなら、もう少し緊張感のある時にして」


灰の獣は再び身体を低くした。その体内で、青い粒が強く光る。

次の瞬間、獣の背から灰が噴き出した。粉末が細い針のように固まり、夜へ向かって降り注ぐ。

夜は地面を蹴った。

赤茶けた坑道に、紫がかった黒髪が一瞬だけ流れる。降り注ぐ灰の針の隙間を縫うように、夜は獣との距離を詰めた。

その動きは速い。けれど、力任せではない。

針が落ちる角度。獣が次に跳ねる向き。坑道の壁の狭さ。

夜はすべてを見てから動いているようだった。


「白、足元」


「う、うん」


白が腰辺りからどこからともなく銃を抜いた。

小さな手に収まった銃口が、灰の獣の脚へ向けられる。

発砲音が、坑道に乾いて響いた。

弾丸は獣の前脚を撃ち抜いた。だが灰でできた脚は砕けるだけで、すぐにさらさらと集まり直す。


「効いてない」


白が首を傾げた。


「じゃあ、こっちだね」


白の声が、少しだけ低くなる。


「痛いの、そこじゃないよ」


その言葉と同時に、灰の獣がびくりと震えた。

撃たれた脚ではない。胴の奥、青い粒が集まっている場所を、獣は庇うように身体を丸めた。

夜の目が細くなる。


「白」


「ちょっとだけ」


「やりすぎないで」


「うん。ちょっとだけ」


白はもう一度、銃口を上げた。

今度は撃たない。ただ、青く光る核のような場所をじっと見つめる。

灰の獣が後ずさった。

夜はその一瞬を逃さなかった。

地面を蹴り、獣の懐へ滑り込む。袖の奥から短い刃が抜けた。

刃は、灰の身体ではなく、青い粒が集まる中心を正確に突いた。


「ここね」


獣が声にならない音を上げた。

身体が崩れる。灰がばらばらにほどけ、坑道の床へ降り積もる。

けれど、完全には消えなかった。

青い粒だけが、床の上で微かに瞬いている。まるでまだ、誰かの合図を待っているように。

夜は刃をしまい、灰に近づいた。


「No.A、見ていた?」


『はい。対象は粉末状ダストを核として形成された人工的な魔物と推定します』


「人工的な魔物……」


夜はその言葉を繰り返した。

白がしゃがみ込み、灰の残骸を覗く。


「この子、命令されてた?」


『可能性は高いです。先ほどの第一入口残留ダストとは性質が異なりますが、同じく行動には外部指示の痕跡があります』


「つまり」


夜は小瓶を取り出し、青い粒の混じった灰を慎重に採取した。


「蟻ノ巣を襲わせた誰かは、魔物を操るだけじゃなく、作ることもできるのね」


通信の向こうで、No.Aの声がわずかに遅れて返る。


『その推測は妥当です』


白は灰と、先ほど採取した金色の髪の小瓶を交互に見た。


「金色の人?」


「まだ分からないわ」


夜はそう言った。けれど、その声は先ほどよりも固い。


「でも、近づいているのは確かね」


その時、坑道の奥から小さな音がした。

からん。

小石が転がるような音。

夜は振り返った。白も慌てて銃を構える。

だが、暗がりの先には誰もいない。

ただ、岩壁の隙間に、灰色の粉が細く続いていた。それはまるで、こちらへ誘うための道しるべのようだった。

白がぽつりと言う。


「呼ばれてる」


「そうね」


夜は通信クリスタルを握り直した。


「だからこそ、すぐには行かないわ」


『判断を支持します。単独での深入りは非推奨です』


「分かっているわ。私たちは調査に来たの。迷子になりに来たわけではないもの」


白は少しだけ不満そうにした。


「奥、見る?」


「見るわ。でも、準備してから」


「ルキ呼ぶ?」


「レキは蟻ノ巣防衛中」


「ルキ、強いよ」


「知っているわ」


夜は小さく笑った。


「でも、あなたも十分強いでしょう?」


白は少し考えた


「僕、強いの?」


「ええ。だから、勝手に先へ行かないで」


「うん」


素直な返事だった。

素直すぎて、少し怖いくらいに。

夜はもう一度、坑道の奥を見た。

灰の道しるべ。深い青の粒。金色の髪。そして、人工的に作られた魔物。

蟻ノ巣を狙った誰かは、近くにいる。

少なくとも、その手はもう、トルルカーンの旧炭鉱区画まで伸びている。


「No.A、朔に報告を」


『了解しました』


夜は踵を返した。


「白、一度外へ出るわ。ここから先は、蟻ノ巣に情報を戻してから」


「わかったよ」


白は歩き出しかけて、ふと足を止めた。


「夜」


「今度は何?」


「さっきの灰の子」


白は振り返り、崩れた灰の跡を見た。


「泣いてるみたいだったね」


夜は答えられなかった。

通信クリスタルの向こうで、No.Aの声が返る。


『感情ではありません。ダストに残留した反応です』


「反応?」


『はい。人間の負の感情に由来するダストには、まれに発生源の感情傾向が残ります』


白は少しだけ目を伏せた。


「じゃあ、泣いてた人がいるんだ」


夜は金色の髪が入った小瓶を握り直した。


「……そうかもしれないわね」


白は少しだけ目を伏せた。


「じゃあ、悪い人だ」


「そうね」


夜は金色の髪が入った小瓶を握りしめる。


「少なくとも、優しい人ではなさそうね」


旧炭鉱区画の奥で、灰がまた一粒、青く光った。


ここまで読んでくださりありがとうございます。


今回は「灰」のお話でした。

蟻ノ巣を襲ったものは、ただの魔物なのか。

それとも、誰かに作られたものなのか。

夜と白はまだ答えに辿り着いていませんが、確実に何かの足跡を踏み始めています。


次回は、トルルカーンの街で聞き込みです。

少し空気の違う回になる予定です。

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