第2話 蟻ノ巣の入口
第1話で、蟻ノ巣にダスト異常の報告が入りました。
今回はその続き、朔と薬が蟻ノ巣の入口へ向かうお話です。
蟻ノ巣がどんな場所なのかも少しだけ出てきます。
蟻ノ巣の入口
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蟻ノ巣の通路は、走るために作られていない。
右へ曲がったと思えば、すぐに左へ折れる。まっすぐ進んでいたはずなのに、気づけば同じ壁の前に戻っていることもある。
天井は場所によって低く、壁には後から増やされた配管やコードが無造作に這っていた。
初めて入った者なら、三分もせずに迷子になる。
それが蟻ノ巣だった。
地面の下に作られた基地、というだけではない。
通路は蟻の巣のように枝分かれし、いくつもの出入口が地上へ繋がっている。けれど、そのほとんどは普段、パンタシアで塞がれているか、ただの岩肌や木の根にしか見えないよう偽装されていた。
朔かNo.Aの許可がなければ、入口は入口にならない。
迷い込んだ人間が扉を見つけても、扉の向こうが蟻ノ巣とは限らない。
そこにあるのは別の座標に折り畳まれた空間で、正しい道順を知らなければ、ただ森の反対側へ吐き出されるだけだ。
だからこそ、蟻ノ巣は見つからない。だからこそ、蟻ノ巣は守られてきた。
そのはずだった。
「No.A、一番近い入口は?」
朔は赤いフードを肩で揺らし、薄暗い通路を駆け抜けながら問いかけた。寝起きの気配はもうない。朝食の席で見せていたゆるい表情も消えている。
天井のスピーカーから、No.Aの声が返ってきた。
「第一入口です。高濃度ダスト反応を確認。魔物化進行率、七十二パーセント」
「七十二って、もうほぼ魔物として成立してんじゃないのか?」
「はい。魔物です。」
「そこは否定してほしかったな」
朔の後ろから、薬が息を切らしながら追いついてきた。青緑の髪から覗く獣耳が、走るたびに不機嫌そうに揺れる。
「飯食った直後に走らせんなって言っただろ!」
「文句はダストに言え」
「通じる相手かよ!」
「通じたら楽なんだけどなぁ」
朔は角を曲がった。
その先で、がり、と嫌な音がした。
石を削る音。
硬いものに、濡れた牙が食い込むような音。
薬の表情から、さっきまでの文句が消え
獣耳が、ぴくりと動いた。朔より半歩早く、薬の表情から文句が消える。
「……いるな」
「いるんだな」
朔は足を止めずに杖を握り直した。
通路の奥。普段なら何もないはずの壁際に、黒い塊が蠢いていた。
赤黒い塵が集まり、獣の輪郭を作っている。頭部だけが異様に大きい。
顔のほとんどを占める口には、ぎざぎざの歯が何列も並んでいた。
まだ完全には形になっていない。
けれど、その口はもう蟻ノ巣の壁に食らいついている。
がり、がり、がり。
まるで、蟻ノ巣そのものを食べようとしているみたいだった。
No.Aの声が、再び通路に響く。
「対象、クイックバイトと推定。完全形成まで残り四十秒」
「四十秒か」
朔は軽く笑った。
「なら、三秒で終わらせる」
「無茶言うなよ」
「三秒ルールってあるだろ? 三秒以内に片付ければ、朝飯も冷めない。セーフセーフ」
薬が隣に並ぶ。
その足元に、肉球のような光の跡が淡く浮かんだ。
「薬」
朔が呼ぶ。
「なんだよ」
「朝飯、まだ残ってる?」
「残ってる」
「じゃあ早く帰ろ」
薬は一瞬だけ目を丸くしたあと、呆れたように笑った。
「……ほんと、そういうとこだぞ、おめぇはよ」
クイックバイトが、こちらへ顔を向けた。
裂けた口が開く。
通路の空気ごと呑み込むような勢いで、黒い牙が迫る。
朔は床を蹴った。
赤いフードが、暗い通路にひるがえる。
「うちの玄関を、勝手に食べんな…!」
杖が振り下ろされる。
赤黒い閃光が、通路を裂いた。
それは斬撃ではなかった。クイックバイトの輪郭をなぞり、牙を、爪を、膨れた頭を、魔物として繋ぎ止めていた形だけをほどいていく。
「戻れ」
朔の声と同時に、クイックバイトが内側から砕けた。
獣の形は赤黒い塵へ崩れ、火花のように散って、通路の床へ降り積もる。
朔は杖を肩に乗せた。
杖の先から、細い煙のような光が消えていく。
「ったく、人ん家邪魔すんなら土足禁止だぞ」
床に落ちたダストの欠片は、もう動かなかった。
――はずだった。
「朔、下がれ!」
薬の声が飛んだ。
朔が振り返るより早く、床に散った赤黒い塵の一部が跳ねた。
壁の亀裂に染み込んでいたダストが、細い蛇のように集まり、朔の足元で口を作る。
小さい。だが、速い。
未完成のクイックバイトが、床から噛み上げるように朔へ飛びかかった。
「うわ、しぶと――」
朔が杖を構えるより先に、薬が横から割り込んだ。
青緑の獣耳が伏せられる。小柄な身体が低く沈む。床を蹴った靴底に、淡い肉球の光跡が浮かんだ。
次の瞬間、薬はクイックバイトの上顎と下顎を、両手で掴んでいた。
ぎち、と嫌な音がする。
黒い牙が薬の頬すれすれを掠めた。
赤黒い唾のようなダストが、彼の黄色い服に飛ぶ。
「服に付いたじゃねぇか」
薬の声が低くなる。
「これ、洗うのオレなんだぞ」
クイックバイトが顎を閉じようと暴れる。だが薬の腕はびくともしない。
小柄な身体からは想像できない力で、巨大な口を無理やりこじ開けていた。
朔が目を丸くする。
「薬、力任せすぎない?」
「うるせぇ!おめぇも大概だろ!」
薬は牙を掴んだまま、床を強く踏み込んだ。肉球の光跡が、ばちんと弾ける。
「飯!作った!直後に!玄関!掃除!まで、させん!な!」
そのまま、薬はクイックバイトを壁へ叩きつけた。
一度。
二度。
三度。
何度も。
壁にめり込んだ魔物の輪郭が歪む。牙が折れ、黒い頭部がひび割れ、赤黒い塵がぼろぼろと崩れ落ちた。
それでもまだ動こうとするクイックバイトの中心を、薬は片足で踏み抜いた。
靴底の肉球模様が、赤黒いダストの上にくっきりと浮かぶ。
「潰れろ、ゴミ虫が。朝飯に虫が入んのは良くねぇ」
その瞬間、クイックバイトは内側から弾けた。
赤黒い塵が床に散る。
今度こそ、動かない。
薬は肩で息をしながら、手についたダストを嫌そうに振り払った。
「最悪。朝から手ぇ汚れた」
朔は数秒だけ薬を見て、それからにやっと笑った。
「助かった」
朔に向かって薬は手のひらをひょいと出して見せた
「礼より先に、洗濯代出せ」
「蟻ノ巣に洗濯代制度あったっけ?」
「今作った」
天井のスピーカーから、No.Aの声が落ちる。
「第一入口、魔物反応消失。薬様の物理攻撃により、対象の構造崩壊を確認」
薬は眉をひそめた。
「物理攻撃って言い方やめろ。なんか脳筋みてぇだろ」
「訂正します。薬様の極めて強い物理攻撃により――」
「悪化してんだよ!」
朔は笑いながら、床に残ったダストの欠片を見下ろした。
だが、その目はすぐに細くなる。
「……これ、自然に集まったにしては、しつこすぎるね」
薬も表情を戻した。
「一回砕かれて、まだ噛みに来た。普通のクイックバイトじゃねぇな」
No.Aのゴーグルの光が、通路の奥で青白く反射する。
「同意。外部からの圧縮、または誘導の可能性があります」
朔は杖を肩に乗せた。
朝食の続きは、まだ遠そうだった。
【おまけ 薬の火山根菜スープ】
トルルカーン火山風・朝の大鍋スープ
【材料 4人分】
鶏もも肉、またはベーコン:200g
玉ねぎ:1個
にんじん:1本
じゃがいも:2個
しめじ、またはマッシュルーム:1パック
ミックスビーンズ:1缶
カットトマト缶:1缶
水:400ml
コンソメ:小さじ2、または固形2個
味噌:小さじ1
にんにく:少し
オリーブオイル、またはバター:少し
塩こしょう:適量
あればローリエ:1枚
あればパプリカパウダー:小さじ1
仕上げに黒こしょう、粉チーズ、乾燥パセリ
【作り方】
玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、きのこ、肉を食べやすい大きさに切る。
薬なら「どうせ煮るから適当でいい」と言いつつ、なんだかんだ大きさは揃える。
鍋にオリーブオイルかバターを入れて、にんにくと肉を炒める。
肉に軽く焼き色がついたら、玉ねぎ、にんじん、じゃがいも、きのこを入れる。
野菜に油が回ったら、カットトマト缶、水、コンソメ、ローリエを入れる。
弱〜中火で15〜20分煮る。
じゃがいもが柔らかくなったら、ミックスビーンズを入れる。
最後に味噌を小さじ1だけ溶かす。
塩こしょうで味を整えて、仕上げにパプリカパウダー、黒こしょう、粉チーズ、乾燥パセリを振る。
閲覧ありがとうございました。




