第93話 天狗会
──ひんやりとする洞窟の中、数人の歩く音が響く。
連日の暑さに耐える為半袖のワイシャツを着ていたのが今は逆に肌寒く何度も腕を摩った。
「……こんなとこで天狗会なんてのがあるのか」
「ええそうよ。仕事帰りにわざわざ寄ってもらって悪いわね、桃間さん」
返事をしたのは土御門だ。俺達の前には対妖情報機関の職員が数名歩いている。その手には松明。懐中電灯とかじゃだめなのか、と訊いたら「文明の利器は先方が好きじゃなくて」と返された。
少し狭かった通路を進んでいくと辿り着いたのは大きく開けた場所。そこには大きな炎が三つほど鬼火のように浮かんでいた。
「ようやく来たか」
炎の近くにぼんやりと姿が浮かび始め、三人の天狗がいるのがわかった。そのうちの一人は以前狗谷木を連れ帰っていた老天狗だ。狗谷木の親と呼べる存在だろう。遠くにいたが、そいつが俺をじっと睨んだような気がして一瞬体が硬直した。
「約束通り桃間の人間も来たようだな」
「大狗天紹殿、彼は客人ゆえお手柔らかにお願いする」
「客人と呼べる間はそうしよう」
大狗天紹と呼ばれたのが、狗谷木の親代わりの天狗だ。そして彼と話していたのが、対妖情報機関・丘山支部の支部長──小田舟耀さん。彼と会うのは二度目だが、今日は最初に挨拶をしたきりで何か話したりはしていない。……と言うか、今日は全員がぴりぴりとしていて俺が口を挟む隙など一分も無かった。
──ここへ来たきっかけは狗谷木からの通告だった。
俺が後夜祭の時に鬼村を攻撃したことは、狗谷木から天狗たちに伝わったらしい。そして詳しい説明をする為、近く開かれる天狗会へとご招待されたってわけだ。
仕事を終えて学校を出るとすぐ目の前に一台の乗用車が停まっていて、中には総務事務・調査課課長の深山さんが運転席に、後部座席には土御門がいた。俺はぺこりと頭を下げると、助手席へと乗り込んだ。車が出た時はまだ明るい十七時頃だったが、辿り着いた山奥のこの洞窟の中じゃそんなものは関係ない。俺はこれから起こることに緊張しながらも、薄暗くてわかりづらい中三人の天狗たちを見つめた。
「今日は参加者が随分と少ないですな」
小田さんがそう声を張り上げると、右端にいた天狗が静かに息を吐いた。
「緊急の用がありほとんどの天狗は出払っておる」
「ほう、大天狗ほどの長命な方から緊急などという言葉が出てくるとは夢にも思いませんでしたな」
「………」
ひりつく空気に、俺は口角が引きつった。横にいる土御門に至っては何を考えているのか眉間に皺を寄せている。
そういや、狗谷木は土御門を天狗会の時に見たと言ってたっけか。あいつはー……今回は参加してないようだ。
「これについては後ほどゆっくりと人間にもわかるよう説明してやろう。だが、今はそやつのことだ」
鋭い目つきの天狗が、長い鼻の先で俺を示すようにこっちを睨んだ。俺は背筋を伸ばす。そして小田さんに促されるようにして俺は一歩前へと出た。
「──桃間の人間よ、おぬしが桃太郎の魂を宿し美鬼を攻撃したことは真か」
「ええ、はい……多分、ですけど」
「はっきりしないな」
「……自分が乗っ取られている間は、少し離れたところから見ているような感覚で自分ごとではない、んですよ。元の身体に戻ってからも、あれが現実だったか定かではない、というか……信じたくはない、というか」
「攻撃はおぬしの意思ではないのか」
「そんなわけ──!! ……そんなわけ、ないです。あれは俺じゃない、桃太郎──桃間正義がやったことです」
俺の返答に、天狗たちはしばしの間黙った。そして左端の天狗が身を乗り出すようにし、しゃがれた声で言った。
「あの鬼へは、桃間の刀とやらで攻撃をしたのか」
「……はい」
「一部でも切り落としたか?」
「は!? き、切ってません!」
「ふむ、そうか……。桃間の刀による攻撃は魑魅魍魎程の木っ端であればすぐに滅していたようだが、妖力を多く持った化け狐の際には腕を切り落とすに留まったと聞く。そしてそれは再生不可能だったと。山神の際もそうであったか。──鬼を切る場合も切り落とすに留まるのか、それとも鬼も瞬時に滅するのか。妖力の多さに関わるのか、存在の核となる部分への攻撃で変わるのか。どう使えばあの鬼を消し去ることが可能だと思う、桃間の人間よ」
「はあ……?」
早口で、どこか楽し気に話すその天狗に俺は閉口した。どうすれば消し去ることが可能だと思うか、って? なんでそんなことを聞く。こいつら……
「──人間たちへは伝えておらなかったが、美鬼はどんな災厄を持つかわからぬ鬼だ」
話し始めたのは、真ん中にいる天狗──大狗天紹。
「鬼は生まれてすぐ、己の持つ災厄を勢いよく噴射するかのごとくまき散らす。
それは疫病であり、天災であり、悪意が形を成した暴力であり、恐れから来る災難であり、様々なものだ。
今存在している鬼たちは全てそうした歴を持ち、そして、全て放出し終えたあとは残ったガワのようなものだ。
警戒はするものの、今更脅威となることもないだろう。
が、美鬼は違う。
あの鬼は存在を現してからのこの百五十年間、一切の災厄も起こしていない。
未知なのだ。それが一体何を意味するのか、我々にもわからぬ。
そして起こるであろう災厄が『些末なもの』とは、到底思えまい。
──桃間を支持するわけではないが、
──どんな災厄を持つかわからないあの鬼が滅するというのであれば、
──それもまたひとつの解決策ではあろう」
***
寒かった洞窟から外へと這い出せば、肌にまとわりつくような湿気が待っていた。張り付くシャツを引き剥がして風を送りたいところではあったが……。もうすでに辺りは暗くなり始め、自分の足元もぼやける。そんな靴の先を俺は黙って見つめることしかできないでいた。
「今私の家の車がこちらへ向かっていると連絡があったわ。少し降りて行けば道路へ出られるから、そこまで────桃間さん?」
「あ、ああ」
土御門に声を掛けられ、俺は上擦った返事をした。
他の人たちはまだ洞窟の中だが俺は用済みってことで土御門と共に出てきた。土御門は俺を車まで案内すれば、また元の場所へと戻るそうだ。子どもだってのに大変だよなぁ。
「……桃間さん、顔色が悪いわ」
「え」
「気分が悪くなるのは、まあ、わからないわけでもないわ。鬼は鬼だけれども、あの鬼とは話をしたこともあるし、コラボカフェにも……ついてきてもらったし。ある程度義理もある。けどね桃間さん。初代である桃間、桃太郎があの鬼を討とうとしたのならそれだけ凶悪な鬼ってことじゃない」
土御門の目は曇りがない。本気でそう考えてる、ってことだ。
こいつらは日夜妖怪を相手にしてるわけだし、人間の不利益になるってことを考えればあいつを切り捨てるのもおかしくはない。けど、俺はそこまで割り切れる人間でもない。ましてや今は、うちの生徒で…………
「生徒、ってだけじゃない」
「えっ?」
頭を抱えて小さくため息を吐いた。
あいつの、美鬼の味方が全然いない。
今味方と呼べるのは自分と、豪鬼さんと屠鬼さんだけかもしれない。
学校を休ませて、家に帰らせればいいだけなんじゃないか?
そうすりゃ俺もすぐには攻撃できないし、もし攻撃しようとしても鬼三人相手ならそう簡単にどうこうできないだろ。
それが一番鬼村を守る方法だ──俺があいつにとって脅威になってるんだから。
とはいえそれをあいつが簡単に了承するか? 当然嫌がるに決まってる。あいつは自分の強さを過信してるんだから。
「くそっ、何が桃間の子孫だよ。足枷じゃねぇか。俺が桃間じゃなかったら──」
──でも、俺が桃間じゃなかったら、あいつは俺のとこに来ることもなかった。
「………」
「……桃間さん、今日はひとまず休んだらいいわ。考え事はそれからでも」
「土御門、悪いが車はいい」
「えっ、ここから歩いて帰る気?」
驚く土御門をよそに、俺は一本電話をかけた。
呼び出し音が何度か鳴った後で、繋がった。
『この度はご連絡いただきありがとうございますにゃ! 桃間さま!』
「豪鬼さんたちのところに連れて行ってほしいんだ」
『道案内でございますにゃ? 最近は少し道を通るのも楽じゃにゃいのですが……』
「金ならちゃんと払ってやるよ」
『代金をいただけるのにゃらば、喜んで!』
──そう聞こえたと同時に、目の前の空間が歪んで真っ黒な穴のようなものがぽっかり開いたかと思うと、そこから山猫調査会のくろすけがとことこと現れた。
「では参りましょう、桃間さま! あ、代金は先払いでもよろしいですかにゃ?」
俺はスマホの通話を切って、笑顔を引きつらせた。
「全く、がめつい猫で助かるよ」




