第91話 後片付け
休みを過ぎて、平日。
あたしは一人で登校中。
休みの間もセンセーとは会えなかった。
……会えなかっただけで、センセーの周りの警戒はしてたんだけどね。
あたしがバイトに行ってる間は天に見ててもらってたんだけど、バイトから帰ってきて交代した時、ちょうど雉ちゃんが空からセンセーを見守ってるところに出くわした。あんずちゃんはあたしに気が付くとすぐ顔を背けて、何も言わないで行っちゃった。気まずかったのかな。そのあとひとりで散歩してた犬ちゃんも見かけたけど、なんか元気なかった感じ。猿ちゃんに至ってはセンセーの傍から全然離れなくて、でも、いつもみたいにぎゅーってセンセーにしがみつくんじゃなくて、ただ近くに座ってるだけだった。
センセーはいつも通りに見えたけど……それでもぼうっと煙草吸ってることが多かったかも。
「……もう、やんなるなぁ」
学校に着く頃には考えすぎってやつで気分が激重になってた。
今日は午前中に学校祭の片付けして、午後は授業の予定。授業いらなくない? とか思ったけど、言ったら「いるに決まってんだろ!」ってセンセー怒ってくれんのかな。怒ってるセンセーの顔とか全然見れてなくない? 超つまんない。
朝のホームルームの間も淡々と話してるセンセーの顔ずーっと見てたけど、目なんか一回も合わないしあたしのこと気にしてる様子もないし……ってかあれ? もしかしてこないだお腹殴ったこと怒ってる? 怒ってるかも? まー怒るか。今度話せた時謝っておこ~。
「──ねえ、ミキ」
「……ん?」
教室の飾りつけを片づけてた時だった。
天井から吊るしてる紙でできた飾り付けをあたしが剥がして、それを凛菜が受け取ってゴミ袋に捨ててくれてるんだけど……あたしが飾りを渡しても受け取ってくれなくて不思議に思って振り返った時、凛菜はいつもしないような暗い表情でそこに立ってた。
「ミキ、ってさ。狗谷木くんと前から知り合いなんだよね。幼馴染とかそんなんだっけ?」
「え? あー……まあ、うん。そうだね」
「そうなんだぁ……」
やけに重い返事。
あれ。
そういえばこないだの後夜祭の時に天に告白してみる、みたいなこと言ってたっけ? ってことは、告って失敗したとか?
「んー、凛菜、天がダメでも別にそこまで落ち込まなくても──」
「狗谷木くんってさ」
凛菜が顔を上げて、あたしと目を合わせる。
瞳が、揺れてる。
「狗谷木くんって、さ。
──ほんとに人間?」
「……えっ?」
一瞬、返事が遅れた。
凛菜の瞳はまだあたしのことを見つめてて、
あたしは、
瞬きできずに凛菜のことを見つめ返してた。
「……こないだ、後夜祭の時さ。凛菜ね、狗谷木くんに告白しようと思って探してたの。狗谷木くん、いつもだったら仲良い男子たちと一緒に騒いでそうな気がしたんだけど、なんでか一人でいて、じーっと誰かのこと見てるっぽくて……それで、せっかく一人なんだしって思って近づこうと思ったの。
そしたら
狗谷木くん、
急に走り出すみたいにして、
一瞬の間に、
せ、
背中から真っ黒い羽みたいなのが生えて、
服や見た目も変わってて、
それからすごい勢いで飛んでいったと思ったらね、
屋上の方から何かが落ちてきてて、
それにぶつかりそうになった男子を抱きかかえて、
多分、
助けてて、
それで落ちてきた物のせいですっごい音がして、
わーって、きゃーってみんな騒ぎ始めて、
で、
助けられた男子もわけわかってなくて、
みんな落ちてきた物に目、釘付けで、
わかってなくて、
わかってなかったの。
狗谷木くんが、変な、何か、
人間じゃないものになってたってこと、わかってなかった」
ぽつぽつと話す凛菜の目は緊張なのか、怯えなのか、何なのかわかんないけど潤んでて泣き出すんじゃないかってあたしは思った。けど、凛菜は震える声で続けた。
「気づいてたのは凛菜だけだったみたいなの。助けられた男子にもあとで聞いたけど、急に物凄い風が吹いて体が煽られたって言ってただけで……ちゃんとしっかり抱きかかえられてたはずなのに。何にもわかってなかった。愛結にも聞いたけど、愛結はその時何も見てなくてみんな騒いでるのを聞いて屋上からなんか落ちてきたってわかった、みたいな」
そこでようやく、凛菜はあたしから目線を外して床を見た。右手は寒さに震えてるみたいに左の二の腕を摩ってる。寒いわけないのに。
「……ミキは、見た? って、あの時トイレ行ってたもんね。見てるわけ、ないかぁ……」
「………」
「……ご、ごめんね! きっと、てか絶対凛菜の見間違いだよね! あの時は暗かったし、最近なんか視力落ちたのかコンタクト合ってないなーって気もするし、ほんと……何かの見間違い……」
「凛菜、あのさ」
あのさ、
って、言いかけたけど、何言えばいいかとか全然わかんなくて言葉は続かなかった。
そうそう、見間違いじゃん?
って言えばいい?
実は天は天狗なんだよね~。
って、言ってみる?
言ってどーすんの。
大体、何で妖怪を見たのに凛菜の中で事実が書き換わらないわけ?
助けられたっていう男子は天狗のことすぐ記憶から消えたわけでしょ。
凛菜は今まで妖怪とか見てきてるわけじゃないはずなのに、なんで。
あたしは一呼吸置いて、口を開いた。
「……凛菜、だいじょぶ?」
「えっ?」
「なんか、すごく震えてるじゃん。……その、よくわかんないけど怖かった、ってこと?」
今は、凛菜の心配をすることにした。凛菜はハッとしたようにあたしの方を見て、寒そうに摩ってた二の腕から、手を下ろした。
「……え、と」
「もし体調悪いとかならさ、片付け抜けて保健室行ってもいーんじゃん?」
「あ……」
凛菜はどこか焦ったように、くるくると巻いてある毛先に指を絡めた。あたしは……どうしていいかわかんなくて、その場に立ったまま。
「……り、凛菜の頭がおかしい、のかな」
泣き出しそうな顔を見て、あたしはずきんと胸が痛くなった。凛菜はおかしくない。
「凛菜」
「な、なに?」
凛菜の肩に両手をのせて、怯えるような目と目を合わせた。
──もしあたしらが妖怪や鬼でも、友達でいてくれる?
……なんて、訊けなかった。
訊いちゃいけない、気がした。
「……あ、ぇと。ゴミ捨て! お願いしてもいい? ほらあんまし袋に詰めすぎると重くて持ってけないじゃん? 今男子は看板とか重いもの運ぶので出払っちゃってるし、うちらで捨てにいかなきゃだしさ~。ね、お願い。帰ってくるまでにあたし教室の方の片付けみんなとさっさと終わらせちゃうからさ!」
「あ……う、うん。あはは、こんな軽いの持ってったらゴミ捨て場にいる先生に怒られそぉ~」
「ダイジョブだって」
ゴミ袋の口を縛ると、凛菜はあたしの方を振り返らずに教室を出てった。
「いってらっしゃーい」
…………間違えたのかもしれない、多分。
まだまだ、人間の『友達』の距離っての──あたしにはわかんないかも。
***
「ってわけでぇ、美鬼ちゃんが桃野郎とやり合ったから診察してほしんだよー!!」
「はいはいわかったから君はそこどけてね、患者さん診れないでしょ」
──放課後になってあたしは急に天に連れられてアマビコの尼野先生がいる病院へとやってきた。バイト無いから良いけどさ。
「それで? 具合はどんな感じだい?」
「えー別に刺されたわけでもないし何ともないけど」
「何ともなくなくない!? 美鬼ちゃんあの大猿に圧殺されるとこだったんでしょ!? ワンコロもめちゃくちゃヤバい声で遠吠えしてたし!! ってかなんでそんな超重要な事こないだの時点で教えてくんなかったわけ!?」
「うっさい天、診察の邪魔って言われたでしょ」
横に置いてある診察用ベッドに座ったまま天はキャンキャンなんか喚いてたけど、尼野先生はそのままあたしを診てくれた。
「うん、確かに戦闘でかなり負荷はかかったようだけれど、問題はないんじゃないかな。致命傷を負ったわけでもないしねぇ」
「ほんと!? 美鬼ちゃん健康!?」
「だからなんでいちいち天が喋るわけ」
「オレは美鬼ちゃんが心配なの~~」
泣き真似する天をほっといて、あたしは尼野先生に訊いた。
「大体さ、なんで桃太郎がセンセーの身体使えたわけ? そりゃ妖怪とかが人間に乗り移る~みたいの、できないことはないけどさぁ。桃太郎って一応人間でしょ? 人間は死んだら魂って循環しちゃうもんなんじゃないの? 悪霊になって留まる場合もあるけど、それにしたって体乗っ取るなんてのできないはずだし。あいつも妖怪になったってこと? それとも──」
「まだ死んでない、かい?」
尼野先生はギシ、と音を立てて椅子の背もたれに体を預けた。
「そう、死んでないなら自分の力を使って干渉することってできるのかなと思ったんだけど。でも桃太郎が生まれてから何百年だっけ? そんなに長生きするもん?」
「……桃太郎ってのは普通の人間とは違う出生だから、人間と呼べるかは怪しいねぇ。当時は確かどっかにいなくなっちゃったはずだ。私も詳しいわけじゃないけど、他の人間と同じように埋葬とかはされてなかったと思うよ」
「………」
「はいはーい! じゃあさじゃあさ、どっかに隠れてる桃野郎をぶっ叩けば、桃間先生も体乗っ取られる心配なくなるってわけ!?」
「うん、私もそう考えるよ。それで鬼さんはもう見つけたのかい?」
「全然」
──あいつと戦った後、センセー以外の気配を辿ろうとした。けど、全然見つからない。どこに隠れてんのか見当もつかない。なのにあいつはあたしらのことどっかで見張ってるってこと? ずるくない?
「………」
「ふむ……当たり前だけれども桃間さんは桃太郎の直系の子孫なわけだろう? とすれば、同じ妖力を持っていて似通ってるせいで感知できない、なんてこともあるのかもしれないね」
「……ああ、そっか。桃間がみんな同じに見えるのと一緒かぁ」
厄介な条件を思い出してあたしは項垂れた。今すぐにでもどうにかしたいのに、あいつが出てこないと戦えないし、なんならセンセーの身体使われるとセンセーぶっ叩くわけにもいかないし……こーゆーのって何、八方塞がりとか言うやつ?
「てかー、多分夢子ちゃんの言ってたことが本当なら桃太郎が夢の中に入ってきてるせいでセンセー寝不足で体力めっちゃ減らされてるらしいのー。最近も全然寝れてないみたいなこと言ってたし。これなんで? 何なの?」
「何、というのは……理由のことかい? さすがの私にも検討はつかないが……でも、桃間さんにとって桃太郎は味方ではないのかもしれないね」
「はあ? 子孫なのに?」
ひいひいひいひい……何個言えばいいかわかんないけど、ひいおじいちゃんなのにひ孫が可愛くないわけ? 意味わかんなくない?
あたしの苛立ちが伝わったのか、尼野先生は苦笑いをしてた。
「そのあたりは私にはわかりかねるよ。でもここのところ桃間さんは寝不足だった、というのなら……体力の無い状態の時、桃間さんは体を奪われやすくなっているのかもしれないよ」
「ってことはー…………どーすりゃいいの?」
「人間なんだし、良く寝るしかないんじゃないのかなぁ」
「はー? 寝たらあいつが夢に入って体力削られんのに!? ……て、そっか」
ふと思い出した。
一個だけ、解決方法がある。すごい手軽なやつ。
まあ手軽ってのはあたしから見たらってことだけど。
「あたしこの後寄るとこできたから~天は帰ってもいいよ」
「え!? やだやだ美鬼ちゃんどこ行くの!?」
椅子から立ち上がったあたしの手を天が慌てたように掴んだ。あたしは反対の手でスマホを出して電話をかける。呼び出し音が鳴る中、尼野先生にお別れを言って診察室の扉を開けた。
「夢喰いの獏──夢子ちゃんのとこ」
扉の外は、暗い路地へと繋がった──。




