第89話 牙を剥く
「ミキは知らないんだっけ? うちの学校ってぇ、後夜祭のキャンプファイヤーの時に告白したら絶対上手くいくって噂があるんだけど~」
「凛菜、告白する相手とかいんの?」
「絶対上手くいくんならヨリドリミドリじゃん♪ 今なら狗谷木くんとかもいけたりして♡」
「あれ? 狗谷木くんは別にいいんじゃなかったの?」
「やっぱ見た目って大事じゃん!」
「中身は目瞑るってわけだ」
学校祭はあっという間に時間が過ぎてって、今はもう後夜祭。凛菜と愛結が話してる横で、あたしは周りをきょろきょろしてセンセーを探してた。まだ始まってすぐみんな校庭に集められたばっかでうちら生徒はちょっとだらけてて、先生方だけバタついてる感じなんだよね。挨拶とかなんとか終わった後は一応自由にしていいんだけどー……
「ね、ミキはどう思う!? 凛菜が狗谷木くんと付き合うってなったら怒る!?」
「えー全然怒んない。でもやめといた方が良いとは思う」
「なんでぇ~~」
うぇ~んと泣き真似し始めた凛菜の肩越しに、センセーの姿を捉えた。って言ってもかなり距離あるけど。他の先生と話してて、一人で職員室に戻るとこみたい。
「ごめんあたしトイレ」
「えーもう始まるよ?」
愛結と凛菜に目配せして、「またあとで」って手を振った。あたしはトイレに行くフリして玄関まで向かって、校舎の中に入る。
センセーは、多分すぐ近くの階段だ。スリッパの音が聞こえる。
「センセ!」
ちょっとズルして、ひとっ跳びで一階から踊り場までジャンプして、センセーの背中を追った。
「……ん? 鬼村? 何だよ」
センセーはあたしを視界に入れた途端、少し、後ずさった。
「今すぐ話さなきゃいけないことあるの、ちょっとこっち来て」
「はあ? 俺はこのあと校内の点検しつつ見回りを──」
「すぐ終わるから」
なんか逃げようとしてるセンセーのジャージを掴んで、あたしは空間を裂いた先の向こう側を通って移動した。
いつもなら向こう側へすり抜ける時、ちょっとトンネルみたいな空気のこもった感覚になるんだけど、今日はそれがちょっと濃かった。……頭がふらつく、みたいな?
「──よっと」
センセーを掴んだまま向こう側の近道を使って辿り着いたのは、屋上。
「あ、ここならキャンプファイヤーも見えるじゃん」
あたしは手すりに近づいて、凛菜や愛結、他の生徒たちがいるグラウンドを見下ろした。
「おい、なんだってこんなとこに……」
センセーはそう言ってこっちに歩いてきたけど、なんでか一定の距離を保ってあたしに近づいてこない。
「センセーに教えておかなきゃいけないことあんの! 学校にいるやばそーな奴の話」
「やばそうな奴? ……妖怪ってことか?」
「うん。……でもその話の前にさ、せっかく久しぶりに二人きりになれたからちょっと喋りたいんだけど」
「なんだよ」
「センセ……最近また目の下のクマひどくなってない?」
あたしがそう言ったら、センセーはちょっと気にしたように目の下を親指で拭った。
「……寝不足なんだよ」
「そんな仕事忙しい? それともまた変な夢見てるとか?」
「………」
「ね、あたしここ最近ずっとセンセーに訊きたかったんだけど」
「なんだよ」
少し怪訝そうにして、センセーはあたしを見た。
あたしは、手すりに背中を預けてセンセーの方を向く。
「……センセ、あたしのこと避けすぎじゃない?」
じっ、とセンセーの目を見つめる。
センセーは少し怯えたようにしてて、それで、一歩後ずさりした。
「こないだから、仕事忙しいって全然かまってくれなくなったし。部屋入ろうとしても『入るな』って紙貼られたら、一応こっちだって気にするじゃん。せっかく両想いになれていちゃいちゃできるようになったのにさ、なんで? もしかしてこないだあたしの腕掴んだことと関係ある感じ?」
「………」
黙り込んで、俯いてる。
答えたくないの?
やせ我慢なのか何なのか知らないけど、イライラする。
ぎゅ、って拳を握った。
「ねえ、なんか困ってんならさ、あたしが助けてあげるって! 前から言ってんじゃん。あたし強いんだよ? ちょっとくらい頼ってくれても──」
「──全く、健気な鬼だな」
鋭く尖った風があたし目掛けて飛んでくる。すぐさましゃがんで避けたけど、よく見るとセンセーの背後には雉ちゃんがいた。……今のはあんずちゃんの攻撃?
センセーは顔を上げるとポケットに手を突っ込んであたしに笑いかけた。
「良い場所に連れて来てくれた。こちらとしてもほとほと困っていたところだったんだ」
センセーは右手を突き出して、刀をそこに出現させて鞘から引き抜いた。いつもなら鞘が無い時はなんでか重いからってすぐ両手でしっかり握るのに、今日は軽々と片手で持ってる。
「キジ、一度空中で待機していろ。サル、あの鬼を叩き潰せ」
キジ、って呼ばれたあんずちゃんは一瞬遅れて上空へと跳び上がっていく。サル、って呼ばれたすももちゃんも戸惑いながら体を大きくしてその手をあたしに向けて振り下ろしてきた。──避ける為に仕方なくあたしは横に飛ぶ。
「イヌ、強く咆哮せよ! 鬼が音で気配を察知できぬよう」
イヌ、なんて言われたまろんちゃんは何回かワフ、ワフ、って困ったような声を上げた後で大きな声で吠えた。
「どうしたお前たち、主人の命令にはすぐ従え」
センセーはぎゅっと刀を握ると、腰を低くして構えて、あたしに向かって走ってきた。
──キィィィィンン……!!
突如襲い掛かった刀を、あたしの金棒で受け止める。と、同時にまたすももちゃんの手が死角から降ってきた。今受け止めている刀を流せば、このまま切られる。
──ズンッ……!!
あたしはそのまますももちゃんの攻撃を全身で受け止めた。屋上のコンクリートの床が少し沈んだ。まだまろんちゃんの咆哮は鳴り止まなくて、耳がビリビリする。今あんずちゃんの攻撃が飛んで来てもどこから来るか気づけない。
「くっ」
あたしは踏ん張って、そのまま金棒のトゲ部分に刀の刃を引っかけ、横に振りぬいた。
「ぅらあああっ!!」
センセーの刀が横に振れる。
その瞬間、背後で『ガキンッ』と金属の音が響いた。一瞬だけ振り返れば、手すりの一部が切れて、そのまま下に落ちていった。刀の刃先は触れてないけど、切れたってこと?
──ドォンッ!!
手すりが地面に落ちたのと同時に、それに気づいた人たちの悲鳴がグラウンドの方から聞こえた。誰かにぶつかってなきゃいいんだけど。
「心配か? 鬼のくせに人間の真似事を」
「………」
センセーがこっちに向かって手を伸ばしてきた。
あたしの顎を掴んで目を合わせてくる。
センセーと同じ顔で
センセーと全然違う
いけ好かない野郎を睨みつけた。
「……ここは、向こう側じゃない」
「あ?」
「それなのに、あんたは刀を出した。センセーにはできない」
「………」
苛立ちが、
ぶちぶちと血管を浮き上がらせていくのを感じた。
普段は出さない牙が伸びて、ギリギリと歯軋りをした。
センセーは、こんなクズ野郎じゃない。
「──あんた、桃太郎でしょ」




