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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第五章 企みと解

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第85話 桃間の夢


 身体が重い。

 起き上がることが出来ず、瞼も開けられない。


 金縛りのようにも思えるけれど奇妙な浮遊感も感じていた。


 そうなってからどれくらいの時間が経ったかはわからないが、ようやく目を開けられた時、俺はあまりにも眩しい光に目を細めた。

 そして、男か女かわからない、何者かの声が眩い光の中から響き渡った。



 ──桃間の子よ。


 今からお前に語ることは桃間の歴史、お前の歩むべき道である。


 桃間の祖先である男は、神の手により生み出された<桃>から生まれた存在だ。


 現在よりも遠い時代に人々を苦しめていた邪悪なる鬼を倒し、桃太郎という名を改め桃間とうま正義まさよしと名乗りその地を守るようになった。


 桃間はその邪を払う強大な力を守る為繁栄していったが……それは神々が望んだものではなかった。


 桃間は鬼から富や財といった多くのものを奪った。その代償として、そして均衡を守る為一族の末裔に呪いをかけることとしよう。


 そう遠くない未来に、桃間の血は途絶えるだろう。


 だが案ずることはない、我々は均衡を保ちたいだけなのだ。


 蔵を、そしてその奥に眠る刀を代々守り通せば必ず良い未来が待っている。


 必ずだ、桃間の子よ──。




 声はそこで止んだ。

 目の前に広がる光は穏やかで、自分の身体を包み込むように感じる。


 温かい奇妙な感覚は懐かしさのようなものを覚え、居心地よく感じられる。


 俺はその中で波に流されるように体を預けていると、


 ふいに、



 ──胸倉を掴まれて何かに引き寄せられた。



「……!?」


 慌てて体に力を入れる、が、結局俺を掴んでいた手が離れると俺は前のめりになってそのまま顔から地面へと転んだ。


「うぐっ……ぇ!! 何なんだよ!?」


 がばっと起き上がるも、辺りは真っ白な空間。いや、白、というよりかは眩しい光に包まれていて何も見えないだけだ。だが一応辺りを見回しては見た。案の定何の情報も得られなかったが。


「これ……夢なんだよな? それにさっきのって、もしかして……」

『あれが桃間の夢だよ、桃間一樹』

「!?」


 知らない声が聞こえてきて俺は身構えた。ポケットの中をまさぐるがどうやら煙草はない。右手に意識を集中させて刀を出そうとするも、何も出てこない。


『ここは夢の中だ。そう怖がることもない』

「お前、誰だ! またこないだの奴か! 姿を見せろよ!」


 俺の姿で二度も現れた奴が、今度は身を隠して再登場……と思ったが声の主は『いいや』と答えた。


『あれとは違うよ。私はただ、君たちが知りたがっている桃間の夢というものを見せてあげただけだ』

「は……? と、とにかく、お前は一体何者なんだよ。妖怪なんだろ!?」

『いやいや違う、私はそこまで重要なキャラクターじゃないんだ。心配しないでほしい。まあ君たちがわかりやすいようにあえて言うならばー……


 神、という存在かもしれない』


「神様が重要なキャラクターじゃないわけねぇだろーが!」


 俺が間髪入れずに返したのが可笑しかったのか、声だけのそいつは豪快に笑いだした。神とか名乗るやつが人間臭い笑いをするもんだ。


『いやぁ、ひぃ、おもしろいおもしろい。君は神がとても重要なものだと思っているようだね。でも本当にそうかい? 神ほど直接何もしてくれない存在はいないと思っているのだけれど……桃間一樹、君は神頼みをよくするのかい?』

「………」


 神頼みなんてものしたことはない。と、言えば嘘にはなるか。

 受験生だった頃親に無理矢理連れられて行った初詣で願掛けをしたりお守りを買ったりそんなことはあった。もう少し遡れば部活をやっていた頃に試合で勝ち進めるようメンバー全員で祈ったりもした。小学生の頃なんかはもっとフランクに『神様へのお願い』なんてものもしていただろう。

 けど、今はそうじゃない。

 別に神を信じて祈る行動を取ることはない。

 祈ったところでどちらへ転ぶかは運や、自分の実力努力、その他様々な素因によって結果をもたらすからだ。


『──いやあでもそうだね、私は今君に直接働きかけた。それならば私も神ではない』

「神じゃなきゃなんなんだよ」

『神ではないけど便宜上<神>ってことにしておいてくれないかい? 私が君たちのことを説明するのは容易だけれども、私が私のことを説明するのは苦手なんだ』


 妙に人間臭いこの声の主をどうも敵とは思えず、毒気を抜かれた俺はため息を吐いた。

 神様なんてもの信じがたいとは思ったが、よくよく考えれば俺のすぐ近くにも神ってものがいることに気が付いた。──山神だ。それならばきっと今話しているこの声の主も、どっかの山とか川とか海とか、そういう類の何かの神様ってやつなんだろう。


「それで神様のあんたが俺の夢に何しに来たってんだよ」

「君が見たことないと言っていた『桃間の夢』を見せに来たのさ。まあそうは言ってもどうせ忘れてしまうんだろうけどね。君、夢に対する耐性が低いから」

「はあ?」

「でもまあ見れて良かったじゃないか。一応他にもバリエーションがあって、映像付きのとか、もっと桃間を称える感じのとかもあるけど大体似通ってるしまあ全部見なくてもそれほど困らないんじゃないかなぁとか私は思っていて──」


 ──声音から察するに、この声の主は笑っている。何がそんなに楽しいのか。

 俺はふと思い出し、声の主に訊いてみることにした。


「じいちゃんが見た夢は、どんな夢だったんだ」

「じいちゃん? それはー……君の祖父である桃間栄一郎(えいいちろう)のことかな。そうだねぇ、見せてもいいけれど……別におもしろくはないんじゃないだろうか」


 それでもいい、と言おうとした瞬間、画面が切り替わったかのように視界が変化した。


「っ……!」


 急に奈落の底へと突き落とされたように体が落ち始めた。と同時に、何かに締め付けられるように首が苦しくなる。


『『『どこへやったのだ』』』


 何重にも響くように何者かの声が聞こえてきた。


『『『桃間は蔵を守り続けねばならぬことをお前は知っているはずだ』』』


 首を絞める力が更に強くなる。


『『『血が途絶えるだけではない、お前も、子も、孫も、全て死に絶えるぞ』』』


 息が出来ずもがくように空を掻いた。


『『『呼び戻せ、すぐに』』』


『『『そして桃間の責務を全うさせるのだ』』』


 息苦しさのせいでパニックになり言っている意味がわからなかった。だが、声が止んだかと思った次の瞬間、また最初に戻ったように『どこへやったのだ』と聞こえてきて、それから何度も、何度も、何度も繰り返し同じ夢を見た。

 苦しみながらもわかったのは、これはうちの父さんが実家を出たあとにじいちゃんが見たであろう夢だということ。そして『俺』をどこへやったのかと問い詰めている夢だということ、だ。

 こんなもの、

 見続けてたら頭がイカれるに決まってる。



 ──ドサッ!


「ぐえっ」


 急に地面に放り投げられ、俺はまた潰れたような声を上げた。何とか体を起こすと、今落ちてきたであろう上を見た。真っ白で、天井が近いのか遠いのかもわからないけれど、俺はそれを睨むと舌打ちをした。


『おもしろくはなかっただろう?』

「……じいちゃんは、これを見て父さんと俺を家に呼んだのか? どうにかしないとって、焦ってたってわけなのか」

『他にも見たい夢はあるかい? どれもおもしろいとは言えないんだけれども。桃間の夢というのは偏りがあるんだ。つまらないねぇ』

「偏り?」

『……おっと。だめだこりゃ、お喋りはおしまいだ』

「おい、お前他にも何か知ってるんだろ。全部教えろよ! 桃間のことも、呪いのことも、それに俺が最近見たあいつのことだって、鬼村を傷つけない為にはどうすりゃ──!」

『私は君たちを動かしてはいけないんだ。そういう決まりでね。だから今こうして君の夢ということにしてお話をするのも……まあ、規約違反なんだ。だから内緒にしておいてくれ。ああいや、忘れてくれればそれでいいか』

「内緒って……」



『時間切れだ、桃間一樹』



 その瞬間、バチンと何かに弾かれるようにして俺は後ろへと仰け反り、そのまま倒れていった。痛みはない。ただ、地面に背中がついたと同時に俺は夢から覚めていた。


「うわぁっ!?」


 反射的に布団から上半身を起こし、息を荒げる。

 顔面が痛い。

 首も圧迫感をまだ感じているような気がする。

 俺は…………今、何の夢を見ていた?


「なんか、苦しい夢を見た、気もする……けど……」


 ほんの少し前まで記憶にあったはずのことが思い出せず、俺は頭を抱える。何だ、何か大事なことを夢に見た気がするのに、わからない。

 枕の横に置いていたスマホが震えた。画面に表示されたのは、鬼村の名前とメッセージ。


『センセーちゃんと起きてるー? 遅刻しないー?』


 文面を見て、俺は時間を確認した。今から準備してもギリギリの時間だ。


「アラームちゃんと仕事してくれよ……」


 汗だくになっている布団から慌てて飛び起き、俺は出勤の為身支度を始めた──。



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