第84話 準備
「こないだ説明した通り看板コンテスト用のでかいベニヤ板が美術室に今日届いたみたいだから、あとで取りに行ってくれ。ペンキもクラス分置いてあるはずだから。うちのクラスは美術部ー……仲嶋だけだったか」
美術部、って聞こえてすぐにひっそりと手を上げた女の子は仲嶋……彩香ちゃんだったっけ。体育ちょー苦手で、重たいものとか全然持てなさそーなイメージ。
「あー……仲嶋の指示で男子使ってくれ。去年やってわかってるだろうけど、かなり重たいからな」
センセーはそう言うけど、あの子から男子に話しかけたとことか見たこと無いけど。ダイジョブかな。
そのあとセンセーはいくつか学祭の準備についての連絡を言って、すぐ職員室に戻ってっちゃった。今日は午後から学祭準備の日だからもう授業なくて楽だけど~……センセー見れなくてちょっとつまんない。てか、最近センセーなんか忙しいって全然あたしにかまってくんないし。夜とか部屋遊びにいこーとしたら『入るな』って紙が玄関ドアに貼ってあるし。ほんと、何。
「はーあ」
ため息ついて椅子の背もたれに体重を預けた。気分落ちかかってたけど、急に天の声が聞こえてきて……あたしは前の戸の方を見た。
「美鬼ちゃん美鬼ちゃん! オレ看板取りに美術室まで行くんだけどー! 美鬼ちゃん行く!?」
「はあー? あー……仲嶋さんあたし持っても良い感じ?」
「えっ?」
仲嶋さんはきょとんとした顔して、「あっ、でも、あれ、重くて……」って途切れ途切れに言った。
「ダイジョブダイジョブ、あたしめっちゃ力あるから」
「そういやミキって体力測定ん時いろいろヤバかったよね」
「あー、そうだったぁ~! 足早いのもだけど握力とか男子よりめっちゃ強かったもんね~? 何で?」
愛結と凛菜の会話を放って、慌てたように立ち上がった仲嶋さんを待ってあたしは美術室へと向かうことにした。その間天はずっとあたしの隣でなんか喋ってたけど、あんましよく聞いてない。で、教室から結構離れた美術室に着いたら中は看板を取りに来た生徒がまばらにいた。
「あ、あの、私も一緒に持つから」
仲嶋さんはペンキを持って少しよろけたようにしてた。それそんな重いの? まだあと何個かあるんですけど。
「あーいいよいいよ。てかあたしこのベニヤ板とペンキの缶1つくらいなら持てるけど、全部は持ってけないじゃん? 先に戻ってクラスの誰かに頼んできなよ」
「えっ、あっ、でも……」
「だーいじょぶだって。ほら」
壁に立てかかってた大きなベニヤ板をあたしがひょいと持ち上げると、仲嶋さんはあんぐりと口を開けてずれた眼鏡をかけ直した。
「ね、ダイジョブじゃん?」
「あっ……う、うん。ありがとう。先に教室、戻ってるね!」
ペンキの缶を二つ持って重そうにしてたけど、仲嶋さんは小走りで先に美術室を出ていった。あたしは一旦板を置いて、それから一個だけペンキの缶を手に持ち、もう一回板を抱え直した。
「美鬼ちゃん優しい~。オレ惚れちゃう」
「あんたは看板だけ?」
「だって看板だけ持ってこいって言われたから~」
「あーそ」
美術室の戸口に板をぶつけないようにしながら廊下に出ると、学祭の準備で騒がしい声がいろんなところから聞こえてきた。
「あんたのクラスは何やんの?」
「オレのクラスはかき氷とソフトクリーム~。暑いし必須でしょ」
「わかるー」
「美鬼ちゃんは!?」
「うちのクラスは和菓子とかお茶とかそーゆー系のカフェ。浴衣着て接客すんの~」
「え~絶対見に行こ~。美鬼ちゃんの浴衣姿とか見ないわけにいかないじゃん」
「天が見に来たらお金取るように言っとくね」
「なんで!? いくら!? 美鬼ちゃんに直接払うよ!?」
声でか。耳塞ぎたいけど、両手が塞がってるからできない。ムカつく。ちょっと何か言ってやりたくなったけど、ふと天が黙り込んだからあたしは隣を見た。廊下の先を見て、少し唇を尖らせて、ゆっくり瞬きをしてる。別に変な様子とかはないけど、何となく、天が何か話し始めるような気がしてあたしはそれを待った。
「……美鬼ちゃん、あのさー」
「ん?」
「オレ、なんでかわかんないけど──人間に近くなってる気がする」
あたしは天の横顔を見ながら、二、三回瞬きをした。
天の言葉をぼんやり頭に浮かべて目を細める。
「……は?」
天は持ってたベニヤ板が手の上を滑ったのか、「よっ」と持ち直す。それからあたしの方を見たかと思うと、少し困ったみたいな顔をした。
「最近部活のあととかすげー腹減ったり眠くなったりすんだよね」
「ふーん」
「前は寝ないでいることの方が多かったのにさぁ……最近じゃ寝ないと次の日つらかったり。おかしくない? 美鬼ちゃんはそゆことある?」
「……んー」
「あーあと! めっちゃ困ってんのがさ! ──人間の体のせいなのか夜ヌかないと朝やばい」
「それガチでいらない情報すぎんだけど」
「ねーオレどうしちゃったのかな!? もしかしてこのまま人間の姿でいたらいつか天狗に戻れなくなる!?」
天はぐっとあたしに近づいて、泣きそうな顔を向けてきた。今よりもっともっと小さい時、修行が上手くいかなくて泣きべそかいてた頃の天を思い出す。そう、天は、ちゃんと天狗。それが、人間に近くなるってどゆこと?
「……別にあたしら人間から生まれた正真正銘の人間ってわけでもないんだし、戻れなくなるなんてのはないんじゃない?」
「そっかなー、そうなのかなー。オレの考えすぎ?」
「考えすぎ……か、どうかはわかんないけど。でもその眠くなったりってのは、あたしも最近多いかも」
そう、なんでか最近は眠くなったら全然抗えない。寝ないとどうしようもない。
最近センセーの部屋でよく寝てるのも、自分の部屋で寝てる間にセンセーに何かあってもすぐに気づけないかもしれないから。すぐ近くにいれば気づけるかなって。でも、どーだろ。寝てる時のあたしって爆睡してる感じなのかな。だったらもしかして意味ない? って最近は一緒に寝るのも許してくんない感じだから、何か起こってもどうしようもないんだけど。
「そんでさー美鬼ちゃん~。オレ親父が変なこと話してんの聞いちゃったんだけどさぁ」
「変なこと?」
あたしが訊き返すと、天は持ってたベニヤ板を床に下ろして窓に寄り掛かった。あたしも休憩してるフリして同じように窓に寄り掛かる。
「うん、こないだ天狗の仕事とか報告の為に向こうに戻った時にさ、親父たち話してたのこっそり聞いたんだ。うちの親父と他の大天狗とかが集まってて」
「何? 面倒事起きたとか?」
「んー……面倒事には違いないかな。でもそれがどう面倒起こすかは全然わかんない。なんかこう──<世界が歪み始めてる>って。……ぐにゃって」
「……ぐにゃ??」
意味わかんなくて、首を傾げる。天もイマイチよくわかってないのか、あたしと同じ方向に首を傾げた。
「んーなんてーのかなー……美鬼ちゃん最近向こう側帰ってる?」
「えー、最近はずっとこっちだけど」
「そーなんだ。なんかね、向こうからこっちを見るとさぁ……変なんだって。オレもちゃんと見たわけじゃねーから説明できねーんだけど。んー……ブレてるっていうか、溶けそうっていうか? 境界が曖昧なんだってさ」
「……天がちゃんと見てないってのは、いつもそう見えるわけじゃないってこと?」
「あーそうそう。時々おかしくなるってだけで、いつもじゃなくて……。ま、オレも実際に見たら今度教えるからさ! 美鬼ちゃんもなんか変なことあったら教えてよ♪」
「変なことかぁ……」
センセーが急に腕掴んできたのは、多分、変なことなんだろーけど。でも天に言ったらセンセーのとこすっ飛んでって詰め寄りそうだし。何なら掴みかかってぶちギレそうだし。今は言わなくてもいっか。
ベニヤ板をまた持ち上げた天を見て、あたしもまた教室に向かって歩き出す。
「ねーそういや桃間先生最近オレのこと避けてる気がするんだけど~」
「えーなんで天を避けんの? てかあたしも避けられてんだけど」
「なんで!? オレらなんかした!? もしかして授業中寝てたから怒ってる!?」
「あー多分それじゃん?」
結局そのあと天とはどうでもいい話しかしなかった。
教室に看板を持って帰ったら仲嶋さんにはすごくお礼言われたけど、そのあとまた美術室まで戻ってペンキ缶を運ぶことになった。仲嶋さんってあんまし人に頼めないタイプっぽい。いろいろ損しそ~。まーでもそのおかげで廊下歩いてたセンセーを遠くから見れたし、万事オッケー、みたいな?
「あーん、でも間近で見たいしもっと触りたい~」
あたしの声が聞こえたのか、センセーはちらっと一瞬だけこっちを向いた。あたしはペンキの缶ごと手を振ったけど、センセーは何の反応もしてくれなくてぷいってそっぽ向いて行っちゃった。マジでさぁ、あたしなんかした? それとも、もしかしてあたしの手掴んだこと、何か思い当たる節あるとか?
「……相談してくれりゃいいじゃん」
あたし、センセーより全然強いのに。




