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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第五章 企みと解

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第82話 用務員の


 暗がりの中にうっすら浮かぶ蝋燭の明かり。ゆらゆらと揺らめいて、しばし()()()()()かと思えば──ふっと一時停止したかのように動きを止める。蝋燭の僅かな明かりに照らされた口元が火を消さない程度のため息を吐いた。


「……あなた、ここを自分の部屋か何かだと勘違いでもしているの?」


 少女の声がまるで反響するように空気を振動させる。繰り返されるその音が最後の一つまで消えるのに相当時間がかかったのを見るに、この空間はかなり広いことがうかがえる。少女は前から目を逸らさずに自分の持ってきた燭台をそうっと地面に下ろし、ゆっくりと立ち上がった。


 少女の見る先には、少女の持ってきた蝋燭の明かりとは比にならないくらいの光量がそこにあった。それは数えるのも億劫になる程の宙に浮かぶ狐火。赤々と燃え盛るそれらは中心に寝転ぶ主人を照らすようにしている。


「かなんわぁ、こないに冷たおして暗い場所誰住みたい思うん? はよううちに帰りたいに決まってるやん」

「じゃあ少しでも早く口を割ることね」

「お嬢ちゃんはそればっかりやなぁ。な、約束したやろ? もっとうちの話をしてや。昨日は『うちの作った銅像山崩れで消えてもうたのを配信で見とった』、ってとこまで話したやろ?」

「………」

「そうや、おもろいこと教えたる。実はあれ、狙うとったんやで」

「はっ?」

「あの山は少し前にあっち側で山崩れがあってな、そやさかいもしかするとそろそろこっちにも影響出るんとちがうかな~思うとったわけ。まさか配信中に起こるとは夢にも思わへんかったけど。あれのおかげさんで話題作りにもなったし、さらにうちの登録者増えてええことづくし。同情や野次馬で登録した人間たちも今やうちのファン。こないにおもろいことあらへんわ。……はあ、ほな、またお嬢ちゃんもなんか話してや。こないな裏話もおもろい思てくれるんやったら話したるし──」

「っ……もうそんなに悠長なこと言ってられないわよ!」


 少女が大声を上げると、足元の蝋燭がフッと消えた。それと同時に目の前の人物を囲んでいた狐火も連鎖するように明滅して消え、あっという間に辺りは真っ暗になる。

 少女のわずかな呼吸音だけが、暗闇に浮かんだ。


 ──土御門つちみかどナツメは毎夜とある場所へと通っていた。

 大きな大きな洞穴ほらあな、とでも言えばいいだろうか。それは対妖情報機関たい・あやかしじょうほうきかんが関わる国有地で、磁場の歪みによってとてつもない妖力が巡る場所なのだが、その中心地はまるで台風の目のごとくぽっかりと穴があるのだ。穴、と言っても窪みがあるわけではない。ただ、そこは妖力などは感じられず、そして、その一帯では唯一『転外界てんげかいとは繋がらない場所』と言われていた。


 九尾の狐、玉藻前たまものまえである大きな白狐はそこに囚われていた。


 囚われて、とは形式上言ったが実際に何かで縛られたりしているわけではない。が、周囲の岩壁にはびっしりと何事か書かれた札が貼られ、その白狐の妖力を封じているのである。妖力により力で圧すこともできず、転外界へと逃げることも敵わず、白狐はただそこにじっとしているのみ。


 そこでは先日起きた白狐による鬼と人間への襲撃と、使用された『鬼の妖力の結晶体』について尋問が行われていた。尋問するのは対妖情報機関の人間と、天狗会の長である。がしかし、白狐は何も口にしなかった。つまらなさそうにただ欠伸をし、硬い地面の上に寝転んではひらひらと手を払って「もう帰れ」という仕草までする。ただ唯一白狐が訪問を許した人間がいた。それが、土御門ナツメである。


「……あらあら、なんでそんなん言うの? ナツメちゃんがもっと『玉萌たまもえ杏狐あんこ』の話をしてくれたら楽しなって口を滑らすかも~て言うたやん? ほら、続きを聞かしてや」

「……違うの、これが最後なのよ杏狐様──!」


 土御門ナツメが、暗闇の中悲痛な面持ちで目の前の白狐にそう呼ぶ。すると一つの狐火が真っ暗闇の中にようやく明かりを灯した。浮かび上がったのは白狐ではなく、人間の姿。地面に寝転び、肘を付いて頭を支え、長い脚はゆったりと交差している。


 ──白狐の正体はあのVテューバーと呼ばれる活動者、玉萌杏狐。

 玉萌杏狐は長い髪と大きな狐耳に、和装姿で美しい女性のキャラクター像をしている。だが今目の前にいるのは、その面影を感じるものの、落ち着いた黒の着物に、男性の体つきをした人物だ。


 闇狐あんこは言った。


「何? 痺れを切らして桃間の刀でも使うて存在自体を消したるぞって脅しでも仕掛けようとしてるん? お嬢ちゃんの上司たちは」

「! どうしてわかったの」

「桃間を完全に掌握してるわけでもあらへんのにそないなカードをチラつかすなんてほんまに汚い人間たちやねぇ。浅ましいとも言えるわ」

「でも実際に動き出す寸前よ。貴方が何一つ結晶体の提供者について話さないから……。貴方だって嫌でしょう!? だってこれまで正体を隠して頑張って活動してきたわけじゃない! 杏狐様はまだまだ活動をやめるべき時じゃないわ! これからもっといろんなメディアに露出して今よりもさらに世界に存在を知らしめて──!」

「はあ……お嬢ちゃんはほんまに玉萌杏狐が好きやねぇ」


 闇狐は体を起こしそこに胡坐を掻くと、背筋を伸ばして立つ土御門ナツメを見上げた。



「うちとしては嬉しいけど。こんなふうに目の前でうちのこと語ってくれる子ぉ今までおらんかったわけやし」


 ふぅ、と吹きかけるように息を吐くと闇狐の周りに先ほどと同じ数の狐火が再度燃え盛った。


「そやけど話すのんは別やで」

「なんで……!」

「それやさかい、一つ、交換条件がある」


 ゆらゆらと浮いていた狐火がスーッと闇狐の元へと近づいてきた。そして吸い寄せられるように人差し指の上で止まる。


 闇狐が唇を動かすと、そこから発せられた言葉に土御門ナツメは首を傾げた。


「……なんでそんなこと」

「あ、嘘やわ。もう一個条件付けな」

「はあ?」

「ナツメちゃんがこれからもうちのこと応援してくれたら、玉萌杏狐の活動は辞めへんで」


 闇狐は立ち上がると裸足のままゆっくりと土御門ナツメへと近づいてき、少し屈むようにして彼女と目を合わせた。


「……『いつもほんまにお疲れやす、<なつめ>ちゃん』」


 にこりと笑う彼の顔に、土御門ナツメは動揺したように瞳を揺らした。




 ***


「って感じで陰陽師の女の子には上に取り計ろうてもろうて、うちはここに来たってわけやで」

「いや、何一つわからん」


 ──昼休み、化学準備室へと突然やってきた用務員の男に桃間とうま一樹かずきは辟易とした表情を向けて見せた。


「ってことは何か? あんたは秘密を話す代わりにこんなとこで労働するようにお願いしたってのか?」

「労働がしたかったわけやないで。それに用務員なんて全く思いもしいひん仕事やったわぁ。うちなら保健室の先生とかの方が似合うやん?」

「何だよ似合うって。仕事はファッションじゃねーんだぞ」


 むっとしながらも、目の前の男が脅威となるかそうでないのか測ることができずに桃間一樹は昼食の弁当の蓋を開けられずにいた。無情にも休み時間は刻一刻と過ぎていく。彼の空腹はそろそろ耐えかねていた。



 ──コンコン



 ノックの音が響き渡ったかと思うと、返事を待たずにその人物はドアを開けて中へと入ってきた。


「……あ、山上さん」


 入ってきた人物に気づいた桃間一樹は目を丸くした。まさかここでこの人物が来るとは思わなかったのだ。事務員の山上恵子は静かに頭を下げると、すぐさま長い髪を束ねた用務員の男を見上げた。


「桃間先生のお仕事の邪魔になっていますよ、白井しらい狐太郎こたろうさん」

「白井……?」


 桃間一樹がきょとんとした顔をしていると、名前を呼ばれた用務員の男──もとい、闇狐が人間に化けた姿の『白井狐太郎』は顔を赤らめて少し焦ったようにした。


「ちょお、その名前で呼ばんとおくれやす……!」

「良い名前じゃないですか」

「全然良うないわ! はあ……こないなもっさい名前なんで人間に付けられなあかんの」


 がっくりと肩を落とす様子に桃間一樹は苦笑いをした。山上恵子は表情を変えないままに首を傾げている。


「人間たちからすれば番号を振るのと同じようなものでしょう。何か他に付けてほしい名があったのですか?」

「ぎょうさんあんで」


 恨めしそうに目を細める白井狐太郎だったが、それを見ていた桃間一樹は話を遮るようにして話しかけた。


「それで、結局お前は誰から鬼の妖力の結晶体をもらったんだ? 狗谷木の時と同じで黒幕が後ろにいるんだろ? お前はそいつが誰か知ってんのか」

「誰かは知らへんよ」

「お前も知らないのかよ」


 桃間一樹はがっくりと肩を落とし、山上恵子が来たことで少し安心したのかコンビニ弁当の蓋を開けた。


「……それにしても、あんたら知り合いだったんだな」


 割り箸を割っておかずを摘まんだタイミングで、桃間一樹は二人を見上げた。どことなく距離の近い……いや、山上の方へと体を寄せて立つ白井狐太郎に、そう結論付けたのである。


「昔、私の山に暮らしていた狐です。いつの間にか化け狐から妖狐になっていましたが。見た目は大きくはなりましたが、まだまだ赤子のようなものですね」

「手痛いわぁ。それで恵子ちゃんは何時まで仕事やの? 終わったらうちと遊びに行かへん?」

「行きません。……では桃間先生、お騒がせしました。この方は仕事に戻らせますので」


 そう言う山神恵子を見つめ、桃間一樹は納得いったような表情をした。


(そう言えば土御門が三人で監視しろって言ってたんだったか。山神と闇狐が知り合いだってことを知ってて……ってことだったんだな)


 部屋から出ていこうとしていた白井狐太郎が、「あ!」と思い出したように桃間一樹を振り返った。


「そうそう、言い忘れるとこやったわ」

「ん?」

「あの美鬼って子ぉ、


 桃間あんたとは絶対に結ばれたらあかん()やで」


「…………は?」



 唐突に突きつけられた言葉に、桃間一樹は目を丸くした。

 つばのある帽子を目深に被った白井狐太郎は、冷たく突き刺さるような視線を彼に向けている。

 桃間一樹は口を開いたものの、何を言っていいのかわからずにいた。ただ、ドッドッと鼓動がいやに逸るのを全身で感じていた。

 白井狐太郎は口元に笑みを浮かべると、ひらひらと手を振って山上恵子の開ける扉の向こうへと歩き出した。


「あとは()()()に気ぃつけなはれ~」

「はあ? かっぱ!?」



 ──バタン、と勢いよく扉が閉じる。

 部屋に残された桃間一樹はまだ半分も食べ終えていない弁当を前に手を止め、さらには息を止めていた。


「……わけわかんねーことばっか言い残していきやがって」


 大きくため息を吐き、目元を掌で覆った。

 瞼の裏側に浮かぶ人物を見つめる。

 ()()は屈託のない笑みを浮かべていた。


「結ばれちゃいけない、って……何の話だよ」


 彼はぎゅっと心臓を掴まれるような思いがし、唇を噛んだ──その時。



 ──バタン!!



「センセー! 来るの遅れちゃった! なんか放送で名前呼ばれて~夏休みの宿題出てないみたいな~。ってか宿題とか全然記憶ないんだけど? そんなんあった?」

「………」

「あれ? センセー?」


 まるで台風のごとくやってきた鬼村ミキに、桃間一樹は再度ため息を吐いた──。



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