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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第四章 夏の問い

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第77話 九尾の狐


 九尾の狐火は一層強まるようにして俺達を襲って来た。土御門つちみかどは妖力で作ったという矢を放って炎を消しているが、どうやら


「狐火の核になる部分に当てれば消すことができるのよ」


  ──らしい。


 俺もその場で止まって集中して見ればその核とやらが見えたが、動きながらだとわかりにくい。経験不足ってことだ。



「おらぁ! 狐ごときが天狗様に勝とうなんざ百年早ぇぜ!!」



 人間の姿から天狗へと変化した狗谷木いぬやぎが、手に持つ羽団扇で強風を起こす──が、それはより炎を強める結果にしかならなかった。


「なんでぇ!?」

「お前が送った酸素で炎が強まってんだよ! さらに強い風じゃないとあの炎は消えねえってこと!」

「はー!? 全力強風なんですけどー!?」


 確かに狐火自体は見た目通りなら狗谷木が送った強い風で消えそうに思うが……見かけ通りのものじゃないってことだ。そりゃそうか、妖力で作られた火なわけだしな。


「でもこっちに向かってくる狐火を逸らすことはできるんでしょ? そら、あたし突っ込むから援護して!」

「美鬼ちゃんに頼られちゃったうれしー! オレが道作ったげるから安心して!!」


 そう言って勢いよく突っ込んでいく二人を見送り、俺と土御門がその場に残された。土御門は唇を噛むと暴れる九尾の狐を険しい顔で睨んだ。


「……九尾の狐なんて、長いこと歴史上でも見かけなかったのに」

「やっぱ強い奴なのか?」

「そうよ。『玉藻前たまものまえ』なんて名前聞いたことはない? まあ、出回っている話はかなり脚色されたものだから、貴方が知っていてもそれは事実とは異なるけれど……とにかく、かなり強い妖狐であることに違いないわ。大昔に封印したことにはなってるけれど今の姿を見れば意味なんて無かったようね」


 土御門の話を聞いた上で、もう一度九尾の狐を見る。燃え盛る炎を操って天狗と鬼を相手する姿は恐ろしさと同時に神々しさも感じる程だ。


「あっちは鬼と天狗に任せるにしても……私たちもここでぼうっと観戦はしていられないようね」

「……!」


 その言葉通り、一瞬にして俺達は無数の目に囲まれた。そこかしこに狐が数十匹はいる。それらは溶けるようにして真っ黒な霧になると、ぐるりと俺達の周りを一周して高く高く伸び上がり、あっという間に大きな鬼の形へと姿を変えた。


「……化け狐の集合幻体なんて初めて見たわ」

「へぇ、記念に写真でも撮っておいた方がいいか?」

「桃間さん、貴方随分余裕ができたみたいね。冗談を言ってると舌を噛むわよ」


 小学生に呆れられ、俺は「はは……」と苦笑いを漏らした。と、同時に鬼の大きな手が俺達を叩き潰そうと襲ってくる。



 ──ドスン!!!!!!



 咄嗟に避け、刀を構え直した。


「この化けた鬼は大したことないわ! ただ、九尾の方はアレを壊さないとどうにもならないわね!」

「アレってなんだ!?」



 化け狐の攻撃を躱しつつ三匹を向かわせて、俺は鞘のある状態で化け狐の<鬼の腕>を叩き切った。


 ぼとり、と落ちた腕はうぞうぞと蠢くと元の狐の姿へと戻っていく。


 脳裏に<切り落としてしまった狐の前足>が過ぎり、一瞬呼吸が乱れる。


 ……大丈夫だ、今回は、切ってない。



「あの九尾、手の辺りから強い妖力を感じるのよ! きっと天狗の時同様、妖力の結晶体を持ってるはずだわ!」

「妖力の結晶体?」


 聞き返してすぐに天狗の耳飾りを思い出した。あれみたいなのをあの九尾の狐も使ってるってことか。


 鬼村達の方を気にしつつも目の前の鬼に化けた狐の相手をする。一度変化の解けた狐は足早に逃げていく。どうやら妖力切れってことらしい。前に戦った時はもっと強かった気がしたが──その時から化ける為の妖力が回復しきってない、ってことなのかもしれない。


 まろんが鬼の脚に噛みつくと、ぶちぶちと音を立てて噛み千切った。散った脚の肉は投げ出された狐へと姿を変える。すももも同じく鬼の腕部分に攻撃をすると、ぼろぼろと落ちていくように化け狐が数体転がってきた。


「桃間さん! 今よ!」


 土御門の声と同時に放たれた攻撃は太い紐のように変わり、脚一本でまだ戦おうとする鬼の身体を拘束した。


「──っ!!」


 鬼の姿をした化け狐は倒れ込んでいき、俺はそこへ駆け寄ると息を呑んで刀を勢いよく振った。


 ──大きな鬼の頭が宙を舞う。


 地面にそれが落ちてくると、潰れたようになって、すぐに元の狐の姿へと戻った。



『桃様! 見つけました! 九尾の狐は右手中指に指輪の形をした妖力の結晶体を嵌めていますわ!』



 化けた鬼を倒して息をつく暇もなく、あんずの声が空から響いた。戦っている最中の鬼村と狗谷木にも聞こえたようで、二人は右手へと攻撃を集中させた。離れている俺の位置からじゃあの白い狐の手に指輪なんてものが収まっているようには見えないが……



「……ややわ、そないにあっさり種明かしされると萎えてまうやん」



 九尾の狐がゆったりした口調で言うと、白い狐の姿から髪の長い着物姿の人間へと変化した。細長い指に嵌められた怪しく光る指輪を見せつけるように、手を顔の前にかざしている。


「綺麗やろ? どっかの天狗は扱えへんかったようやけど……それだけ小物やったってことやろか」


 くすくすと笑うと、狗谷木は逆上したように九尾へと突っ込んでいった。


「たかが狐が調子乗ってんじゃねぇぞ!」


 握り拳が九尾の狐にぶつかる……寸前に、その華奢に見える手が狗谷木の拳を受け止めた。


「若いわぁ、すぐにおつむに血ぃ上って。それやさかいこの力に振り回されたんと違う?」

「っ……!! くそ、放せよ!!」

「言われんでも放したるわ」


 細い腕が、ビキビキと音を立て筋肉を膨張させて肥大化する。そして狗谷木の手を軽い玩具のように掴んだまま振りかぶると、遠くへぶん投げた。



 ──ドッ、ズサササササ……!!



 あまりの勢いに羽を動かすのが間に合わなかったのか、羽ばたいて受け身を取ることもできずに狗谷木は地面に激突した。

 それを見た九尾の狐は、甲高い笑い声を上げる。

 頭にキンと響く、

 嫌な音だ。





「……でもあんただって、その指輪が無けりゃ弱いんじゃないの?」





 ほんの一瞬静まり返った空間の中で、鬼村の声が僅かに響いた。



 その手に持つ馬鹿でかい金棒は重量だって相当あるはずだが、まるで紙程の軽さのように器用に振り回して九尾の狐へ攻撃を仕掛けた。先ほどまでと違う攻撃の手数に九尾の狐は押されているようだったが、上手くかわし続けるとニタリと笑った。



「あんた、知ってんで。桃間に付きまとうけったいな鬼や。

 

 人間と恋仲になろうとする妖怪は時々おる、そやけどあんたのは様子がちゃうね。


 だーれも知らへんあんたの()()であり()()


 うちは知ってんで」



 ──そこまでは聞こえた。


 だが、その後に鬼村の耳に口を寄せて何を話したかまでは聞こえなかった。鬼村は一瞬目を見開いたようにして、それから反論するように口を開いていたが……


 一瞬にして白い化け狐の姿になったそいつに大きな口で噛みつかれた。



「鬼村!!」



 攻撃に向かった三匹が一斉に九尾の狐に飛びかかった、が、突如として発生した炎の壁によって煙の身体は散り散りになった。



 ──鬼村の本質で、災厄。

 あの白い狐は一体何を知ってるというのか。

 鬼村を育てたという豪鬼さんと屠鬼さんも知らないそれを、何故あいつは知っているというのか。


「……さん、桃間さん!」

「!」


 土御門に名前を呼ばれ、はっとして振り返った。


「私が隙を作るわ。貴方は指輪を壊すのよ」


 真剣な表情の土御門に、俺はごくりと唾を呑むことしかできなかった。できるのかどうかはわからない。前回の狗谷木の時は、ほとんど無抵抗だったから妖力の結晶体であるピアスを壊せた。でも、今は嵌められた状態の指輪だぞ。


 不安は覚えたが、とにかく化け狐に向かって走っていった。


 その時だ。


 深く、深く、息を吸う音が背後で聞こえ、



 そして、




玉萌たまもえ杏狐あんこ様ーーーーー!!!!!!」




 なんでか、土御門の『推し』だというVテューバーの名前が盛大に叫ばれた。

 わけのわからなさに思わず振り返りそうになったが、前を見ればでかい化け狐が驚いたように土御門の方を見ていた。その途端、土御門の放った矢が、九尾の狐の手にぶつかる。



 バチィィン……!!



 大きな音を立て、衝撃のせいかその手は鬼村を放した。

 そして何か光るものが指先から放物線を描くように落ちていく。


「……っ!」


 鞘を抜いて剥き身になった刀を地面に放り、走ることに集中し、両手を広げてその場に飛び込んだ。

 降ってきた鬼村の身体をどうにか受け止めると、悲鳴を上げる身体を無視し、右手の内に再度顕現させた刀を──地面に落ちた指輪の方角へと、ぶん投げた。



「刺され!!」



 刀の切っ先が、まるで磁石かのごとく指輪へと突き刺さった。


 それと同時に狗谷木の時同様、勢いよく真っ赤な火柱のようなものが上がる。


 ──それから、静寂が一帯を包み込んだ。



「……壊れた、のか?」



 ほっとしていると、白い九尾の狐が体を小さくして遠くで倒れ込んだ。そこへ土御門が駆け寄っていく。俺は腕の中にいる目を瞑ったままの鬼村をどうしようかと思っていると、ふと横に気配を感じた。慌てて見上げれば──赤ら顔で鼻の長い、山伏の格好をした……少し老いた見た目の天狗がいた。


「お前がそうか」


 見知らぬ天狗が俺を見下ろしてそう言った。

 軽々とその肩に抱えているのは、狗谷木だ。


「この馬鹿は力を使い切ったようだ。軟弱者め」


 天狗はそれ以上何も言わずただそこに立って、九尾の狐を捕縛している土御門を待っているようだった。




 どうやら、戦いは終わったようだ。




 ***


 ──静まり返った部屋の中、部屋の明かりも点けずに俺は鬼村をベッドの上に寝かせた。


 あの後突然現れた天狗のおかげでどうにか俺達は元の世界へと戻ってきた。土御門は迎えに来た他の機関の人たちと共に、九尾の狐を連れて行ったようだ。老天狗は俺達人間をこちら側に戻しただけで、すぐに姿を消した。そして俺と、弱い息をする鬼村がその場に取り残されたんだ。振り返ると自分たちの住むアパートがあり、ふらつく鬼村を支えながら階段を上った。そして今──こいつを部屋まで送り届けた、ってところ。


「大丈夫か」


 俺の声かけにも鬼村は目を開けず、ひゅうひゅうと音を立てて呼吸するのみ。思わずたじろいだ。こんなことは今までに無かった。どれだけ戦った後でも、鬼村は傍目には平然としていた。……俺は恐る恐る、左目に意識を集中させて鬼村を見た。


 前にこうして鬼村の妖力というものを見た時は、あまりのバカでかさに驚いた。揺らぐ炎のような中にいる鬼村からプレッシャーを感じた程だ。それが今はどうだ。小さく蝋燭の先についた火ぐらいのもの、フッと息を吹きかければ消えそうなくらい。


「……このままだと死ぬ、ってこと無いよな……?」


 笑ったつもりだった。

 でも、笑えてはいなかった。


 そっと頬に触れてみれば、真っ赤な肌からは何の温度も感じられなかった。温かさも、冷たさも。いつかそのまま空気に溶けて、何もかも消えていくような気さえした。


 そうだ、尼野先生のところに……病院に連れて行けばいいか?

 いや、結局俺は夜病院が閉まったあとどうやってあの診察室へ辿り着けばいいのか知らない。


 さっきの天狗は、これに気づいてなかったのか? どうして鬼村を助けてくれなかった?

 ……いや、鬼村に監視を付けるため狗谷木を作ったくらいだ。こいつがどうなろうと……気にならないってことかもしれない。


 土御門や対妖情報機関たい・あやかしじょうほうきかんは──助けることは、多分、しないよな。あいつらにとっても鬼村は警戒対象のはずだ。


 どうしたら助けられる。


 鬼村は、弱っていた時どうしたらいいと言っていた?


 ……妖力が足りないなら、増えれば回復する、のか。



「………」



 ──自分の中にある、熱を感じ取った。


 俺の中には、こないだ足した分も含めて、鬼村の妖力がある。

 これを戻せば。


 ……戻せば。



 一瞬目が泳ぎ、額を押さえた。

 が、覚悟を決める。




「……これは、人工呼吸と同じ。こいつを助ける為に、必要なことだ」




 全身がドッドッと音を立て始める。

 僅かに震える指先を鬼村の頬に添えると、


 小さな唇に、かさついた俺の唇を合わせた。



 妖力の戻し方、なんてのは知らない。でも、多分、鬼村がやったようにやればどうにかなるんじゃないかと思った。


 実際、開いた俺の口から元に戻ろうとするように妖力が溢れて鬼村の中へと流れていくのを感じた。やったことは、間違ってなかった。


 一体俺の中にどれだけの力が注ぎ込まれていたのかは知らないが、ゆっくり、ゆっくりと時間は流れていく。


 何分経ったのか、それとももっと多くの時間が過ぎたのか。


 俺の中から最後の一滴が鬼村へ落ちていったのを感じると、


 うっすらと、


 ──鬼村は目を開けた。



「……あは。センセーから、ちゅー……してもらっちゃった」



 か細い声が耳を撫でる。


 暗がりの中で、俺は自分の口元を手で覆った。



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