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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第四章 夏休みの問い

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第75話 土御門ナツメの一日


 私の通う私立小学校、加間倉かまくら学園初等部も夏休みに入った。けれど忙しさは特段変わりはしない。


「ナツメさん、おはようございます」

「おはようございますお母様」


 ──毎朝起きてすぐ身支度を整えたら、決まった時間に母のいる茶室へと顔を出し、挨拶をする。これが私──土御門ナツメの朝の決まり事。その日の予定をお母様に伝えた後は朝食を済ませ、生け花を習い、茶会へ出て、長期休暇中は家庭教師から課せられる宿題をこなし、それからは……お仕事の時間よ。



 ***


 車係の樋渡ひわたりの運転で丘山おかやま県の端まで移動すること二時間半、最初にやってきたのは『声のうるさい野良猫がたくさん集まっている』と市に苦情が入っていた山中の空き家。空き家になってからもう五年が経つようで、その間に借り手も見つからず、挙句窓ガラスを割って侵入する輩も出てくるようになったとか。けど、修理するまで手が回らないみたい。放置された家。


「ひどい匂いね」


 力の無い樋渡は車で待たせて私は一人空き家へと入っていった。大丈夫、鍵は予め預かっているし、窓から不法侵入なんてしないわ。そして中から漂ってきた異臭は多分、獣の糞。靴のまま上がり込んだけれど正解だったわね。あらゆるところに落ちているもの。

 玄関から長い廊下を抜けて居間へ辿り着くと、そこにはたくさんの猫たちが我が物顔で座ってた。


「……貴方あなたたち、ここで何してるか言いなさい」


 あまりの激臭に袖で鼻を覆いながら私は訊いた。たくさんいる猫の内一匹がゆっくりと後ろ脚で立ち上がると──大きく、大きく体を膨らませていって、ついには天井に頭がついてしまった。ゆらゆら揺れる太い尻尾の先は二つに分かれている。そして頭をのっそりと私の方へと下ろしてきて、ニタリと笑った。


「おうおう、小さい人間一匹が何の用だい。ここは俺達猫股(ねこまた)の場所だ。痛い目見たくなかったらぁ……」

「痛い目なら私が見せてあげるわ」


 取り出した三枚の紙を宙に放つ。可愛らしい犬の形をしたその紙はふわりと舞うと、一瞬にして大きな狼へと姿を変えた。猫たちを取り囲み、式神たちは追い立てるように吠える。いくらかの猫は、驚いたのか普通の猫から猫股へと姿を変え、慌てて中心へと逃げた。


「んなぺらっぺらな紙で俺達をどうにかしようってのかぁ!?」


 先ほど威嚇してきた猫股は嘲笑うかのようにしている。このボス格の猫股が笑うと、他の猫股たちも気が大きくなったのか、自分が慌てていたことも忘れて笑い出した。私は大きなため息を吐いた。


「だから、痛い目なら見せてあげるって言ったじゃない」


 状況を飲み込めていない猫股たちに呆れながらも、私は式神に命令を下した。大きな狼の口には、何匹もの猫や猫股が飲み込まれていった──。


 空き家の猫股騒動は数か月前から始まったものらしいけれど、対妖情報機関たい・あやかしじょうほうきかんに連絡があったのはここ一か月の話。最初は民間人が普通の猫同様に対処しようとしたらしいけれど、猫股は悪知恵が働く妖怪だからかなり手こずったみたい。市の方でも途中でただの猫じゃないってわかったのか、ようやくこちらに連絡が来たってわけ。と言っても、ここの市長は替わったばかりで勝手がわかっていなかったようだけれど。


「っだー! いいから早くこの犬っころを放しやがれ!! 俺達の城をどうしようってんでぇ!!」


 最初に歯向かってきたボス格の猫股を見下ろして私は頭を抱えた。


「こんなに臭いところ、どうしたいもないわよ。それで、何故ここにいたの」

「そりゃあここが居心地がいいからで~……いででででで!!」


 しらばっくれようとした猫股の顔に式神が牙を突き立てた。ほんの少しの甘噛みでもその首をへし折ってしまいそうだわ。


「ああもう! わかったわかった! 話すからもう少し力を緩めてくれ」

「緩めたらその隙間から逃げてしまうじゃない」

「ちょっとくらい良いじゃねぇか!」


 式神がほんのわずかに牙を離すと、ボスの猫股は少し安心したようにほっと胸を撫で下ろした。


「何でってよぉー……急に男がやってきたんだよ」

「男? それは人間? 妖怪?」

「あ? あー……ありゃどっちだろうなぁ。得体の知れない感じがあったからな、多分妖怪だとは思うぞ」

「………」

「そいつがよぉ、探しもんしてるっつーからすこーし手伝ってやることになってなぁ。で、俺たちゃ猫股は方々に散って好き勝手生きてるもんだから根城っつーものがないわけよ。でもまあ情報を集めにゃならんつー話だったからここを拠点にしてやったっつーわけ。ここがいいって教えてくれたんはあちらさんだけどよ~」

「山猫調査会と違ってあんたたち猫股は滅多に誰かを手伝うなんてことないわ。利己的な妖怪だもの。それがどうして」

「何故どうしてってそればっかりうるさいなぁ人間は」


 式神が緩めた牙の隙間からにゅるりと這い出すと、猫股は私の眼前でまたもニヤリと笑いかけた。


「んなもん面白そうだったからに決まってんだろ」


 猫股は私に危害を加えようと爪の伸びた大きな手を振り下ろし──そして、追加で出した式神のオオカミたちによって押し潰された。


「っだあー!! おい! くそ! まだ他にもいたのかこいつら!」

「今から機関へ連絡するから、あと三十分程はこいつらを押さえておいてちょうだい」


 式神に簡単な命令を下して、うるさく喚く猫股たちを置いて私はこの臭い家屋から早々に撤退した。


「ふぅ、一件目はこれで終わりね」



 ***


 二件目は県境を通りながら山から海へと移動した。妖怪のように一瞬で移動ができればなんと楽なことだろうと思いつつ、そんなことができれば樋渡ひわたりの仕事が無くなってしまうわねとため息を吐いた。

 樋渡は私が本当に小さい頃から近くにいた車係で、父親のようにも思っているわ。……私の実の両親は、私の力にしか興味がないようで本当の肉親とは思えないのだけれど。いえ、この家での力関係は母の方が強くて父なんていないも同然。だから……


「ナツメ様、着きましたよ」


 眠りかけていた頭を起こして外を見る。確かに視線の先には水平線が見える。樋渡がドアを開け私は外へ出ると、端から端まで海を一望した。……と、同時に波打ち際の大岩の上に、妖怪がいるのが見えた。


 車を停めた場所からすぐの階段を降りて行き、砂浜を歩く。靴の中に砂が入るのが嫌だったけれど文句も今は言えない。そしてそこでバシャバシャと尾ひれで海の水面を叩く妖怪──人魚に声をかけた。


「ちょっと貴女あなた


 私が声をかけると、ぬうっとその人魚は振り返った。

 ──人魚と言うと、きっと誰もかれもが『美しい容姿で下半身が魚の女性』を想像するかもしれない。けど今私の目の前にいるのは下半身こそ魚の尾ひれを持ち一致しているものの、上半身はびっしりとしたウロコの肌、大きな水掻きのついた手、ぎょろりとした目玉の髪の長い化け物だった。私はこれに美しさなんて微塵も感じないわ。


「う~ん? なんだい、お前」


 振り返った人魚は虫でも見るみたいな目で私を見た。


「普段はもっと沖の方にいる貴女が一体ここで何をしているのかしら」

「どこで何してたっていいだろう、人間に指図される覚えはないよ」

「こちらは迷惑なの。貴女の歌声が夜な夜な響いて寝不足になる人間がたくさんいるのよ」

「下手だとでも言いたいのかい? 嫌な小娘だね」

「貴女の歌が上手いか下手かは関係ないのよ。人魚の歌は人間の精神に異常をきたすんだから」


 人魚は大きな目玉を薄い瞼で覆い隠すと、「はいはい」と返事をした。


「すぐにでも海に帰るよ。けどねぇ、この匂いが取れるまでは仲間のところへも戻れないんだよ」

「匂い?」


 どんな匂いなのかと鼻を鳴らしてみたけれどよくわからない。なんなら先ほどまでいた猫屋敷の臭いが自分の身体から香ってくるような気がして顔をしかめた。


「良い男がいたからねぇ、久々にこっちまで来て話をしてたんだけど……そいつやたらと川臭いのさ」

「川臭い?」

「海に住んでるこっちとしては気に食わないんだよ。この匂いがついたまんまじゃあ戻っても笑いものさ。海から川に引っ越したらどうだい、なんて言われちまう」


 そう言われて私は川で暮らす人魚の想像をした。そもそもの見た目が良くないのもあるけれど、それでも川暮らしの人魚はちょっと似合わないかもしれない。


「わかったわ。その匂いというのが取れたらさっさと帰ってちょうだいね。ただ、歌うのはやめて。ここにいるだけでも、うっかり見える人間が通れば噂になるんだから」


 ただその時は「人魚を見た」という噂じゃなくて「怪物を見た」っていう噂になりそうだけれど。


「──ちなみに良い男っていうのは、人間なのよね? 貴方を見て怖がらなかったの?」

「怖がるだって? 可愛いお嬢さん、って声を掛けられたからあたしゃ話をしてやったんだよ。笑顔を絶やさない良い男だったさぁ」


 うっとりとするような表情を浮かべる人魚に、ぞっとした。この辺りではその昔漁夫に恋をした人魚がその人間を海に沈めて殺しその魂を喰らった、なんていう言い伝えがある。この人魚も、きっとその男をり殺してもおかしくない。


「……一応その人間の顔を教えてもらえないかしら」

「おや、紙とペンはあるかい? あたしゃちょいと絵心があるんだよ」


 ──私は肩に掛けた鞄の中からメモ帳とボールペンを差し出した。人魚は器用に右肘から手先までを人間に化け、さらさらと絵を描き始めた。絵心がある、というのは嘘じゃなかったみたいで実際に『少し古い少女漫画』のような絵柄で美しい男の絵を描き上げた。


「ま、ざっとこんなもんだねぇ」

「顔が良すぎて特徴があまり掴めないわね……髪型はこれで合ってるのね? もっと風になびいてない絵にならないのかしら?」

「描き直せって言うの?」


 私は首を振った。仕方なくこの絵から特徴を導き出す。分けた前髪、切れ長の目、ほくろは……見当たらないわね。整った顔っていうのはわかったわ。実際にこの男が目の前に現れたとして気付けるかはわからないけど。


「早く海へ帰ってちょうだいね」

「あたしだってさっさと帰りたいんだよ」


 ──人魚は不貞腐れたようにそう言うと、海の中へと消えていった。


 ***


 三件目は街中で見かける狐が増えたことについてだったけれど、今日はどこを探しても僅かな妖力すらも感知できなかった。化け狐の出没は昨日まで頻繁だったのだけれど、急に影も見えなくなるなんてどうしてかしら。とにかく仕事を終えた私は家へと戻ってきた。時刻はもう夜の八時半。

 夜ご飯と入浴を済ませた私は、慌てて布団へ潜り込んでスマホの動画アプリを開きドキドキとした面持ちでそれを待った。


 表示されている時計が21:00になるのを今か今かと待ち、そして──



『皆さんこんばんは~』



 耳馴染みの良い柔らかい低音ボイスが独特の抑揚でスマホから流れた。


『毎日お疲れさん~、学生さんは夏休み楽しんどる~?』


 私は自然と笑みが零れて、画面に見入ってしまう。


杏狐あんこはなぁ、今日ぎょうさん人がおるとこ行ってきてな~』


 私の疲れを癒してくれる推し──杏狐様。

 玉萌たまもえ杏狐あんこ様はほとんど毎日この時間に配信をしてくれる。週の半分以上は軽い雑談で終わるんだけど、週末だと長時間配信もある。歌を歌ってたり、カジュアルゲームのプレイをしたり。でも歌よりゲームより、私はやっぱりこの雑談配信が一番好き。コメントもたくさん拾ってくれて、私たちと会話をしてくれて、たくさん優しい言葉をくれるんだもの。私はいつも見るだけなんだけれども、前に一度だけ、コメントをしたことがある。


<毎日疲れました、杏狐様私を褒めてください>


 って。

 そうしたら杏狐様はにっこり笑って


『いつもほんまにお疲れやす、<なつめ>ちゃん』


 って言ってくれたの。

 それを聞いてから私は毎日投げ銭を欠かさなくなったわ。


 雑談配信はいつも一時間くらいで終わる。今日もあと三十分程で終わるかしら、と時計を確認した時だった。


『あんなぁ、今日はみんなに聞きたいことがあるんやけど』


 そんな風に切り出したから私は画面に釘付けになった。もしかして、何かのリクエスト募集かしら。歌? ゲーム? それとも○○買ってみました系の何か? 杏狐様のお願いは絶対に聞きたい。助けてあげたい。私が杏狐様の力になれるんだったら何でもしたい、私はそう思って──







桃間とーまって苗字の人間知っとる?』







「……へ?」


 驚きのあまり、声にならない音が口から出た。


『何でもええの、少しでも情報があったら全部杏狐に教えてほしおすなぁ』


 何でも

 何でも?

 情報?

 ()()の??


 わけがわからない。どうして杏狐様の口から<桃間>という言葉が出てくるのか。私は聞き間違いなんじゃないか、もう一度聞き直そうか、そう思った時だった。



「……何よ、これ」


 チャット欄が、異常なまでの速さで流れていく。


<丘山県の一部地域でとても多い苗字>

<桃農家やってるよね>

叉々山(ささやま)市にたくさんいるのを知っている>

<先生でいたかも~>

<うちの店に来たことある>

<××町でよく見るよ>

<△△アパートに住んでない?>


 必死に目で追う。

 これ、通常のコメント欄じゃない。

 転外界と同じように()()()()()()()()()()()()()()



「何よこれ……一体何なのよ!!!!!!!!!!」



 画面の中の3Dモデルである杏狐様が、私を見た気がした。




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