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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第四章 夏の問い

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第70話 夢を見た


 煙を吸って、

 ため息のように吐いた。

 口から溢れ出た紫煙が吸い込まれるようにして換気扇へと近づき、消えていく。その煙は今頃外で再度形を作ってあんずの元へと向かうんだろう。ここしばらくは山神戦対策の時のようにあんずに偵察を任せている。ちょっと気を抜いていると付け込まれる、ってのがわかったから。……<何度も電車に撥ねられたこと>はしばらくは思い出したくない。それに、海の時みたいに煙草の吸えない状況ってのもいくらだってあるしな。


 ふかしながら静かな室内に目を向ける。今は俺一人だ。


「………」


 墓参りの帰り道に寄った公園で、俺はあることを思い出した。


 その昔、公園で不安そうにしている女の子と会ったこと。

 その子が他の子とは明らかに()()()こと。

 それでも自分は驚かなくて、隣に居続けたこと。

 正直覚えてなんていなかったし、幼い頃の記憶の為おぼろげな部分はまああるが……あれは鬼村だったんだ。そして俺はあの時──



「……あちっ」


 火のついた煙草が持てないほどに小さくなっていることに気が付かず、俺は慌てて灰皿の上に落とした。火傷になっているかはわからないが、手を水で冷やす。



 ──鬼村と昔会ってた、って話は……正直なところ、納得していない。だってそうだろ、俺が小さい時ったってたかだか25年くらい前の話だ。あいつの年齢を考えれば……あの幼い見た目が年齢と合致してるのかわからない。鬼の成長速度ってのがどうなのかはよくわかんねーけど。だからあいつから当時の話を聞かないとよくわからない……が。


 ……あまり、話したくない。

 一秒だって目を合わせられない。

 だって思い出したんだ。


 あれが、生まれて初めての一目惚れだったって。



「……はぁー」


 まあ別に小さい頃の話なわけだし、少し時間が経てばきっと今まで通りの態度に戻れる。だからこうして部屋に一人なことにほっとしているわけなんだが──




 ──ピンポーン



 このタイミングで鳴る呼び鈴に、嫌な予感を感じない奴はいないだろ。




 ***


 唐突にやってきた獏から『見た夢を忘れない』というおふだを渡された。

 最初こそまた胡散臭いものを、と思ったが……前回の安眠キーホルダーの効果は実証済みなわけで、今回もきっと効くんだろう。試供品とか言っていたが。

 ──俺が見ている悪夢とやらは誰かが侵入し、そして睡眠不足により俺の体力を奪っているかもしれないという、なんとも迷惑な話だ。それの犯人が突き止められるのであれば、試してみる価値はある。しかもお札はタダだし。

 だけど……鬼村と顔を合わせにくいと思った途端にこれだ。少々気が引ける。


「センセーそれ使うの?」

「え、ああ……まあ、悩みの種はさっさと取り除いといた方がいいだろ」


 一瞬鬼村と目が合ったものの、すぐに逸らしてしまった。失礼な態度だ、と自分でも思うが……まあ普段からそこまで優しくしていたわけでもない。きっと鬼村だって気にしないはずだ。


 寝ている俺の横にいてもらうことを言葉少なにお願いし、俺は布団の上に体を横たえた。まあまだ眠れるような状態ではなかったんだが……お札効果なのかすぐに眠気はやってきた。


 うつらうつらとしてきた中で、うっすら開けた瞼の隙間から鬼村が見える。妙に心配そうな顔をこちらに向けていて、俺はつい「悪いな」と声を出した。

 そのあと鬼村は俺に声をかけていたが……あまりよく聞き取れない程には眠気に襲われていた。


 ただ

 そんなぼんやりした中でまたあの幼い記憶の情景が頭に浮かぶ。


 あの子の


 あの名前は




「美鬼」






 ──俺が付けた名前だったんだ。




 ***


 はっと目を開ければ、そこはいつもの化学準備室だった。窓が開いている。俺は自分の席についていて、背もたれに寄り掛かると椅子がギシッと鳴った。


「……なんだ? これ、夢なのか?」


 明晰夢、というものはあまり見ない。というか夢自体そんなに覚えていることもないし……。開いた窓の隙間から風が流れ込んできて、気持ちがいいなと思った。現実では夏真っ盛りだが──それよりは随分と快適な気温だ。

 ふと、窓際に置いてあるソファの上に誰かがいる気がした。

 なんとなくその場所を注視して──息を呑む。


「……よう、今日はやけにはっきりした顔してるな」


 そこにいる人物が俺を見据えて喋りかけてきた。


「お前……一体何なんだ」


 俺は、

 そこに座っている『俺』に問いかけた。


 髪型も顔も眼鏡をかけているのもジャージもスーツも来客用スリッパも、頭の先から足の先まで俺と一緒。というか、今この夢の中での俺と、一緒。鏡映しのようにすら思える。そいつはソファの上で足を組み替えると、にたりと笑った。


「今までに何度も教えてやっただろ。今更何で誰か、なんて聞くんだよ」

「俺はお前なんて知るか! 夢なんて覚えちゃいない!」

「今日は随分と威勢がいいな」


 そいつはソファから立ち上がると、振り返って窓の外を眺めていた。別に何かが見えるわけじゃない。むしろ、何もないように見えた。グラウンドも、空すらも。


「どこか妙だな、少し手短にしておくか」

「おい、だからお前は一体なんなんだよ!?」

「それにしても最近のお前の行動を見てると鳥肌が立ってくるな……でもあれはやめといた方が良い、人の形をしていても人じゃねーんだから」

「はあ!?」


「……お前、あの鬼に惚れてるんだろ」


 そいつは俺の方を振り返って笑った。俺はその言葉と、表情に、ぎくりとする。


「なら尚更やめておけ」


 そいつは俺の方へと、スリッパのあの擦れる音を立てながら近づいてくる。そして目の前で立ち止まると俺を見下ろし、顔を近づけてきた。


「……あれは殺せ」

「…………は?」


 瞳孔の開いた瞳が、俺を見る。

 俺の見た目をしているのに、

 それはもう全然俺には見えなかった。


「破邪の力がこもった刀は持っているだろ、何、一振りですぐに終わるさ。あれは一番無視のできない災厄なんだから」

「災厄……何言ってんだ。あいつは俺に付きまとってるだけの、鬼だ。何も害になるようなことはしてない」

「何言ってんだよ、お前も最初にあの鬼を見た時に感じたんじゃないのか? 呼吸を忘れるほどの恐れを。それは間違いなんかじゃない」

「………」



 



「早くしろ、


 さっさと刀を抜け、


 そうしないって言うんなら






 俺があの鬼を殺してやるよ」




 息を止めている俺を見下ろして、『俺』は満足そうに笑う。


 次の瞬間にはもう俺の目の前からその姿は消えていて──唇を震わせる俺だけが一人取り残されていた。






「……鬼村を殺せって、どういうことだよ」



 どうやら、夢の中でも喉は乾くらしい。



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