第69話 試供品
──ピンポーン
──ピンポンピンポンピンポーン
「あーもう、聞こえてるってば!!」
うるさい音に苛立ちながら、あたしは急いで玄関ドアを開けた。その先にいたのはやけに晴れやかな顔。
「あ、どうもー! いつも御贔屓にありがとうございます! 夢鑑定サービスに参りました、夢子です♪」
……急に来て呼鈴押しまくるの、最悪すぎるでしょ。
呼んだのあたしですけど。
***
「美鬼さんのお部屋入るの生まれて初めてです~!」
夢子ちゃんはあたしの部屋に入るなり探検するみたいに歩き回り始めた。
「美鬼さんこっちでお部屋借りたのは何度目ですかぁ?」
「初めてだよ。ここ来るまでご飯作ったこともなかったし」
「うふ、一人暮らしスキルはあたしの方が上だったんですね♪」
「かもね~。でも今めっちゃ料理するから。センセーマジで食生活悪すぎだからあたしが立て直す」
「人間の為にそこまでするなんてえらすぎますよぉ~。それにしてもアクセサリーやお洋服がいっぱいの可愛いお部屋ですね! 私のには劣るかもしれませんが!」
「ほんとはもっと増やしたいんだけど〜。でもいーの、どうせそのうちここは出てくんだから」
「ええ~? どうしてですか?」
夢子ちゃんは狭いお風呂場まで覗き込むと、ようやくソファの上に座った。あたしはその向かい側に座って、さっきシャワーから上がったばっかで濡れてる髪をドライヤーで乾かし始めた。
「だってあたしがセンセーと結ばれたら~、きっとセンセーと住むわけじゃん? じゃあここ出てくんだからそこまで気にする必要ないっしょ」
「とか言ってー、この荷物全部今の桃間さんのお部屋に持っていくと邪魔って言われちゃうのでは??」
「あのねー、あたしはセンセーといっぱい子ども作るんだよ? それって絶対今の部屋じゃ手狭じゃん。一軒家だよ一軒家」
「このご時世一軒家を建てるにはかなりのお金がかかるって聞きますけどねぇ」
「じゃあそん時は<あっち側>に家建てればいんじゃん?」
「ああ~、それもそうかもしれませんね! でも人間には行き来できないのでは?」
真剣な表情で夢子ちゃんに聞かれて、あたしはちょっと考えた素振りをする。
「ま、それはなんとかなるんじゃん~。あたしが仕事帰り毎日お迎え行くとか」
「美鬼さんほんとにベタ惚れすぎてまるで性格が変わっちゃいましたね~。初めて会った時なんてもっとクールでかっこいい鬼だと思ったのに」
ああー憧れの美鬼さん像がぁ~、なんて夢子ちゃんは泣き真似をした。何言ってんだろこの子。
あたしが夢子ちゃんに初めて会ったのは、たまたまだったなぁ。あの時は確かめっちゃお腹空かしてた夢子ちゃんがその辺に落ちてて、通りがかった人間に『珍しい動物』だと思われて連れて行かれそうになってたんだよね。小型のゾウみたいな見た目してるもん、珍しがられるよそりゃ。で、あたしが飼い主ってことにして拾ってあげたんだっけ。そのあとは……あんまりお腹減ったってうるさいから夜中に片っ端から寝てる人間のとこ連れてって夢食べさせたんだったかな。
「え、あたしめちゃくちゃ優しかったよね? 今と何も変わんなくない?」
「優しかったですけどぉー! そうじゃなくてもっと軽くあしらわれる感じだったというかぁー! そんな冷たいとこも好き♪ って思ってたんですぅー」
「はあ?」
あたしが冷たく返すと、夢子ちゃんは「えへ」と作り笑いをしてきた。それからすぐ「あ、そうだ!」って夢子ちゃんは両手を合わせて話し始めた。
「前に言ってた桃間と関わりのある獏の話! 覚えてます?」
「え?」
何の話だったっけ、って思って少し考える。センセーがうなされてて夢子ちゃんに何とかしてもらおーと思って電話した時だったっけ。
──『え? 今美鬼さんなんておっしゃいました? 桃間?』
──『とーま、とーま……あーいや私は桃間の夢は食べたことないんですけどね? そういえば前に「桃間の夢をたらふく食べてる」っていう奴がいましたよ! あいつ今どこで何してんのかな~』
──『なんでも小さい頃からの遊び相手で、夢を食べさせてもらってたんだとか』
「……ああ~、言ってたね」
「その獏、どうやら今は東境の方にいるらしいですよ~」
「東境? えー遠~。気軽に探しに行けないじゃん」
「まあでも見かけたって話だけですから、今行ってもいないとか有り得ますけど~」
「ふぅん……」
「あ、それでそれで! これが今日桃間さんにおすすめする為に持ってきた夢子特製グッズです!」
「……何それ?」
夢子ちゃんが鞄から出してきたのは、ぺらぺらの一枚のお札。いや、お札って一応呼んではみるけど、なんか……だいぶカラフルだし絵とか描いてるし……何?
「これで今日こそ桃間の夢を暴いてやりましょう!!」
「……だから何それ」
***
髪も乾かし終わってキャミの上にお気に入りのパーカーを羽織ったら、センセーの部屋の呼鈴を押した。なかなか出てこないからもっかい押そっかなーとも思ったけど、さっき夢子ちゃんにめっちゃ鳴らされたの思い出してやめといた。
──ガチャ
ようやく開いたドアの隙間からセンセーの顔が見えた。煙草の匂いがしたから、多分吸ってたんだと思う。センセーはちらってあたしを見て……それから隣にいる夢子ちゃんの方を見た。
「……何?」
「どうも桃間さんお久しぶりです! 実は今日是非とも試していただきたいものがありまして、持ってきました! 中に入っても?」
「拒否してもどうせ入って来るんだろ」
「よくわかってるじゃないですかー! それではお邪魔しまーす!」
夢子ちゃんが元気に中に入っていくと、センセーはまたあたしの方を見た。
「………」
「……?」
「何してんだ、お前も入れよ」
「え、あー……うん、お邪魔しまーす」
促されて、あたしはセンセーの横をすり抜けて部屋に入った。後ろでガチャンとドアが閉まる音がする。なんとなく振り返りたかったけど、やめといた。
──昨日、おじーちゃんのお墓参りの帰り道から……実はあんまりセンセーと喋ってない。
帰りに見つけた公園、あれは<あたしとセンセーの出会いの場所>だったから嬉しくなって走って行ったんだよね。あそこに行けばきっとセンセーもちょっとは思い出してくれるかもーなんて思って……
でも、あれから全然喋ってくれなくなっちゃった。
話しかけたら返事はしてくれるんだけど、なんていうか、上の空っていうか。
……あの顔は、絶対思い出した顔だと思うんだけどなぁ。
思い出したくない記憶だったのかな。
「──桃間さん、前回の安眠キーホルダーはよく効きました!?」
夢子ちゃんはそう言いながら、鞄の中からいろんなグッズをテーブルの上に並べ始めた。こないだ使ったキーホルダーから、枕、ブレスレット、パワーストーンっぽいのとか。ほんといろいろ。あたしは横に座ってそれを眺めた。
「ああ、よく眠れたし疲れも取れた。あれならまぁ……高いけどたまになら買ってもいいかもな」
センセーは回ってた換気扇を止めると、こっちへ来て床に座った。センセーもグッズが気になったのかテーブルの上を眺めてる。
「それはよかったです~! いやぁ前回は桃間さんが眠ってしまったので商品のおすすめが直接できなかったんですが、今日はしっかりプレゼンさせていただきますので!」
そう言って夢子ちゃんはテーブルの上のものを手に取っては、「これはどんな人間でも呼吸が楽になる枕で~」「こっちは夢をコントロールできるようになるブレスレット~」「そんでもってこの石は~」と話し始めた。あたしは別に自分のことじゃないしって思ってテキトーに聞いてたんだけど……まあ、センセーも結構めんどくさそうにしてた。買う気絶対ないわあれ。
「それでそれで、これが大本命なんですが!」
そう言うと夢子ちゃんはさっきのカラフルなお札を取り出した。
「こちらは試供品です」
「試供品?」
「あまり需要があるかわからないので商品化はまだなんですが、桃間さんには何か手助けになるかもしれないと思いまして」
夢子ちゃんはそう言うと、センセーにそのお札を渡した。センセーもそれをひっくり返してはまじまじと眺めてる。
「これでまた悪夢を視なくなるのか?」
「いえいえ、夢を忘れなくなります」
「は?」
意味わかんない、って感じで言ったセンセーに、夢子ちゃんはすんごい自信たっぷりに腕組みして見せた。
「いやー、この間桃間さんの夢を覗かせてもらったんですけど、どうも視たものを理解しようとすると上手く言語化できなかったり、所々記憶が抜け落ちたりするんですよ。どう考えても何かの妨害じゃないですか~。なので、桃間さん自身が夢を忘れなければいいんじゃないかな、と」
「……?」
「外から覗いた私ではなく、実際に夢を体験した桃間さんならどんな夢だったかを起きた後に美鬼さんなり他のひとに伝えられるかもしれません! もしくは誰が出てきたかがわかれば、現実での対処のしようもあるでしょう? あいつだ! 逃げよう! みたいな」
「ああ……そういうことか」
センセーは理解したのかまたお札を観察するみたいに見てた。なんて書いてあるのか解読したいんだと思うけど、人間の字じゃないから多分わかんないと思う。
「ってことで、是非試してみてください! あーでもでも! 覚えてられる時間がどれくらいかは定かじゃないんです! 起きて数分で忘れてしまうこともあるかも……なので、これを使う時は美鬼さんが必ず隣にいてくださいね♪」
夢子ちゃんがぱちんとウィンクをする。『添い寝のチャンスですよ!』なんて声が聞こえてきそうだけど、あたし添い寝くらい別にフツーにしたことあるから。
でもセンセーが拒否ったらどうしよー、ってちょっと不安になって顔色を伺ってみる。そうしたら……目が合ってすぐ、顔逸らされた。
は?
「──それじゃ、ご感想お待ちしてますね♪」
***
結局その夜、お札を使うことになった。
「悪いな」
ってセンセーはなんか言ってたけど、正直その顔はめっちゃ気が進まないみたいな感じだった。何、あたしが隣にいたら寝られないっての? 段々ムカついてきたんですけど。
夢子ちゃんに言われた通り、センセーは枕にお札を置いてその上に頭を載せて寝た。てか寝てる間に寝がえりでずれない? って言おうかと思ったけど別に気にするとこじゃないか。
「あたし、横にいるから起きたらいつでも言ってね~」
「ああ」
「寝てる間にー、ちゅーとかしても怒んないでね♪」
「………」
「ちょっと、無視しないでよ」
センセーはもう目を瞑ってて、今にも寝ちゃいそうな顔してる。それが夢子ちゃんのお札のせいなのかなんなのかは知らないけど……
……ちょっと、寂しいな。
「──美鬼」
「へっ?」
あたしの名前を呼んだかと思うと、
あっという間にセンセーは寝息を立て始めた。
わけわかんない。ずーっと鬼村鬼村って言ってたくせに、急に名前呼び始めるじゃん? そーゆーの女の子はグッとくるって知らないわけ? なんか逆に腹立ってきたわ。寝てる間にほんとにちゅーしちゃおうかな、なんて思ってセンセーの顔に唇を寄せる。……けど、やめた。
「いーもん。そのうちセンセーの方からキスさせてやるし」
むすっとした気持ちはなかなか晴れなかった。
──それから二時間もしない時だった。
真っ暗な部屋の中でセンセーが急にがばっと起き上がって、
汗だくになって肩で息をしてた。
少し目を瞑ってたあたしはびっくりして、
でもすぐに聞いた。
「夢に出てきた奴、どんな顔かわかった?」
センセーはごくんって唾を呑み込んだかと思うと、掠れる声で言った。
「……だった」
「ん?」
「……俺だったんだよ」




