第68話 また会いに
──初めて祖父の墓参りに来た。母方の祖父母は健在の為墓参りという習慣はあまりない。
桃間のじいちゃんが眠る霊園は、桃農園がある桃間の家からそんなに遠くない場所にあった。ばあちゃんの家にも寄ってから向かおうかと思っていたものの、昨日電話で聞いてみたところ今日は叔父家族と出かけるらしかった。もう少し早めに予定を決めていれば会えたかもしれないが……まあ、仕方がない。
「センセー早く~」
俺より先にじいちゃんの墓へ辿り着いていた鬼村が手を振っている。その周りには煙を靡かせる犬、猿、雉。俺は近くの水汲み場で墓石の清掃用の水バケツを持ってから向かっていた。
『なんかここ、知ってる匂いがする!』
『わ、私はあんまり……』
『この辺りは随分と変わってしまったのですね』
まろんたちが昔この辺りに住んでいたかはわからないが、やはり昔とは違うんだろう。物珍しそうに辺りを見回して、三匹はそれぞれどこかへ行ってしまった。
俺が着く頃鬼村は、仏花を手に墓石の前でしゃがみこんでいた。
「もうおばーちゃんか誰かがお花置いてるっぽくないー? これ持ってきた意味なかったかなぁー」
「あー、かもな」
「でも隙間あるし、挿しちゃえ!」
俺が墓石を軽く拭いている間、鬼村は供えつけられた花瓶に花を飾って「良し!」と満足気に腰に手を当てていた。
清掃を終え、僅かながら持ってきた和菓子を供えると墓石の前で手を合わせる。
「──じいちゃん、遅くなってごめんな。じいちゃんが生きてる間に来てたら、もっと桃間のことについてわかったりしたのかな」
俺がそう独り言のように話しかけていると、鬼村は俺の方を見て首を傾げた。
「おじーちゃんはそこにいないよ」
「ん?」
「魂は循環してるから、死んだら全部あっちに行っちゃうんだよ。時々その魂が妖怪になったりもする。おじーちゃんも今頃何かの妖怪になってたりして」
冗談か、はたまた俺を励まそうとでもしているのか。鬼村はそう言うと小さく笑った。俺はふと湧いてきた疑問を、鬼村に投げかけた。
「お前も、元は人だったってことか?」
何気なく聞いただけだ。だが、鬼村は少しだけ開いた唇から何も言葉を発しようとはせず、ただ、俺を見ていた。
「聞いちゃいけなかったか?」
「……鬼は、鬼だから」
「え?」
あまりにも小さな声だった為、俺は聞き返した。けど、鬼村は俺から目を逸らして墓石の方を見つめた。
「人間は、鬼にはならないんだ」
「そうなのか?」
「……鬼は、妖怪じゃないから」
「え?」
──「鬼って妖怪なのか」
──「まあ何ってひとまとめにするならそれじゃん?」
出会ってすぐの頃、電車の中でした会話だ。ひとまとめにするなら、と、言っていたか。でもなんで鬼は妖怪じゃないんだ。答えが聞きたかったが、俺は鬼村の横顔を見て何も言えないでいる。
「センセー」
「……何だ?」
「このおまんじゅう食べていい? お腹減っちゃった♪」
いたずらっぽくはにかむ鬼村に「はいはい」と言って俺は頷く。鬼村は嬉しそうにお供え物の饅頭を手に取ると、フィルムを剥がし始めた。いつもと変わらない様子に思えたが、少し元気が無いようにも思えた。俺も同様に饅頭を一つ手に取ると、フィルムを剥がして口に運ぶ。
「ん、美味いな」
「普段こういうお高いの買わないもんね~」
「必要ないだろ」
「今度おいしースイーツ食べにデート行こうよ」
「………」
返事はしない。口の中に入った饅頭に口内の水分を吸われてるから。鬼村も俺の返事が返ってくることなど期待していなくて、立ち上がると手を組んで伸びをしていた。
「これあたしが返して来てあげる~」
そう言うと、鬼村は空になったバケツを持って水汲み場の方へと一人歩いて行ってしまった。俺は立ち上がり鬼村の背を見つめ、ようやく咀嚼し終えた饅頭を飲み込む。それから墓石の方を向いた。
「……ここにはいないってあいつは言うけど、まあ、また来るよ。じいちゃん」
今となってはどんな人かもわからないが、俺はそう別れを告げた。
***
霊園からの帰り道、歩いてバス停を目指していると鬼村が「あっ」と突然声を上げた。俺が問いかける隙もなく、鬼村は一人走り去っていく。
「おいコラ、どこ行くんだよ!」
追いかけようかと思ったが、俺の横を歩いていたまろんが『追いかけっこ? 待って~!』と鬼村を追って走っていった。どこへ行ったかはあいつにまかせるとするか。すももは俺の腕にしがみついていたが、あんずにはふたりの行方を上から見ていてもらう。
「……この辺、見覚えあるな」
ふと辺りを見回して呟いた。地図的にはそろそろばあちゃんの家が見えてくる頃だ。鬼村はばあちゃんの家に行ったのか?
『桃様!』
あんずの声が空から響く。そしてそのまま滑空していくと──とある公園へと降りて行った。俺も公園の入り口を探して入っていく。
「ここって……」
公園の中央にある、大きな遊具が目に入った。よくあるドーム型のものだ。穴がいくつか開いていて、そこから出入りしたり、中にこもって遊んだりする……。その入り口の一つを覗き込むようにしてまろんがしっぽを振っていた。
俺は何となく、外に出ていた三匹の召喚を全て解除する。
「──鬼村? 何隠れてんだ」
ドーム型遊具の中に頭を突っ込み、呼びかける。思った通り鬼村はその中で膝を抱えて座り込んでいた。そして俺の方を見るとこっちへ来いというように手招きする。
「……何だよ?」
俺はその横に腰を下ろし、ぐるりと中を見回した。大人が入るにはさすがに小さい。この中で立ち上がるのはちょっと厳しいだろう。それからまた、鬼村を見る。鬼村の横顔は垂れた髪に隠れてよく見えなかった。
「……そういや、昔ここで遊んだ記憶があるな。あれか、父さんに連れられて来た時だったか」
急に色づくように遠い過去が思い出される。
そうだ、父さんに連れられて祖父母の家にやってきた俺は……こないだの父さんの話と照らし合わせると、父さんとじいちゃんが喧嘩になったところでばあちゃんに家から連れ出されて公園にやってきたんだ。「落ち着いたら、迎えに来るからね」と言われて。
ブランコに乗り、
鉄棒にぶら下がり、
一人で遊ぶには少しつまらなくなってこのドーム型の遊具へとやってきた。
確かその時は、中に誰かがいて──
『きみ、この辺の子?』
──まだ幼い自分の声が、頭の中で再生される。
『かくれんぼしてるの?』
──誰かに問いかける声。
『具合悪い?』
──誰かを心配する声。
『えっ、すごいもっとよく見せて!』
──急に興奮したように大きくなる声。
『なんで? かっこいいじゃん』
──不思議そうに問う声。
『……俺はとーまかずきっての!』
──少し舌ったらずに名前を言う声。
『きみの名前は?』
日の当たらないこの中で
小さな角を生やし
真っ赤な肌をした幼い表情が
幼い俺を見た。
「──美鬼?」
俺が呟くように名前を呼ぶと、鬼村はわずかにこちらへ顔を向け、笑った。
じゃり、と砂を踏む音が足元で響く。
公園という環境のせいなのか、
自分がまるで子どもになったような気さえする。
心臓が暴れる音が全身を支配し、
鬼村の視線が俺を掴んで離さない。
唇がどんどん乾いていくのを感じた。
「──名前、やっと呼んでくれたじゃん」
嬉しそうに笑う声が聞こえた時、
うるさいはずの夏の蝉がやけに遠くにいるような気がした──。




