第67話 休みの予定
それは仕事から帰ってきて適当にテレビを見ながらコンビニ飯を食べていた時のことだった。バイトを終えた鬼村がさも当たり前のように俺の部屋へとやってきて、「あーまたコンビニ弁当食べてる!」と叱り口調で指を差す。
「あたしの作ったご飯の方が絶対おいしーじゃん!」
「たまにはこういうのが食いてぇんだよ」
「身体に悪すぎ! コンビニのご飯ばっか食べてると勃たないからね!?」
「んなわけあるか!!」
何情報だよ、つか非科学的すぎんだろ。……なんて、非科学的な妖怪に言っても仕方がない。俺はカップみそ汁を啜って食事を終えると「ごちそーさん」と手を合わせた。
「ねぇーセンセぇー、せっかくの夏休みなのにもう一週間もどこも行けてないんですけどぉー」
「友達と遊びに行けばいいだろ」
「それはたまに行ってんのー! あとは見回り? てゆーの? 変な妖怪とかいないかって天と一緒にやっててぇー。でもそんなんばっかつまんない!」
「つまんないってお前……見回りしてくれてんのはありがたいけどよ」
──鬼村曰く、以前俺や鬼村に襲い掛かってきた化け狐というのが群れを成していたが、そもそも化け狐は群れで行動する妖怪ではないらしい。となると、そいつらを操っている奴がいるということだ。それがあの、姿を見せずに声だけ話しかけてきた敵だろう。そいつがまた化け狐を寄こしてくるかもしれない、という懸念から鬼村や狗谷木、さらには他の天狗たちも調査をしているらしい。
「……ま、学生はせっかくの夏休みを謳歌しときゃいいんだよ」
そう言って空になった弁当のプラスチックケースを捨てに行こうとした時だった。スマホが小刻みに震えている。マナーモードにしていた為音は鳴らない。画面を見ると──
「あれ……母さんだ」
そう呟くと鬼村が何故か食いついてきた。
「えーお母さん? なになにどしたの? あたし結婚式の話とかした方いい?」
「急に何言ってんだお前は」
適当にあしらいつつ「はいはい」と電話に出ると隣で鬼村が「あたしも話聞きたーい」と騒ぎだした為、俺は空いている方の手で口を塞いでやった。
『……あら、誰かいるの? あとでかけ直す?』
「いや大丈夫。なんかあった?」
『今年のお盆帰ってくるか聞いてなかったから……どうするの?』
「あー……」
そういや明後日から一週間近く盆休みに入るんだった。いつもなら大体実家に帰ってるところだけど。
「………」
俺に口を塞がれて静かになった鬼村をちらりと見た。
「……今年は、帰らないでおくよ」
『忙しいの?』
「いやー……まあ、そう」
『ふぅん。ま、いいわ。四伸が来月籍を入れるっていうから、結婚式の日取り決まったらまた連絡するわね』
「結婚式……」
俺の呟きに、鬼村が急に目を輝かせた。
違う、俺とお前のじゃないぞ。
『それじゃ……』
「あ、待った! 父さんいる?」
急に声を上げた俺に母さんは少し驚いたのか『え?』と聞き返したが、すぐに『待ってね』と言って静かになった。しばらくすると──聞き慣れた声が『なんだ?』と耳に届いた。親父と電話で話すのは……多分、三ヶ月ぶり。桃間の祖父母について聞いた時以来だ。
「ああ、いやあのさ……」
──と言ったものの、俺は何から聞けばいいのかわからなくなった。
この四か月の間にいろいろありすぎたんだ。
まず何が重要だ?
桃間の蔵でいろいろ見つけた話とかすればいいのか?
うちの祖先って桃太郎って知ってた? ってか?
つーか今俺の隣に鬼がいて、なんて──
『……爺さんの話か?』
「え」
父さんの方から切り出され、俺は目を丸くした。鬼村の口を押えていた手も力が抜けてだらりと床に落ちた。
「あ……うん、そう」
『何が聞きたいんだ? ……答えられるかは、ちょっとわからんが』
「え……と、そうだな……」
俺は、妖怪のことは伏せつつも、少しずつ親父に話すことにした。
まず、祖母の家に行き亡き祖父から蔵の鍵を託されたこと。
そしてその蔵の中には手紙が置いてあったこと。
──桃間の当主になる人間は、夢を見るらしいという話を。
「……父さんはなんかその、変な夢って見たことあるのか?」
俺の問いに電話の向こうが静かになった。まずいことでも言っただろうか。わずかにため息が聞こえると、父さんは話し出した。
『親父……お前の爺さんがよく言っていた。きっといつか大事な夢を見る、と。でもな、俺はそんな夢何一つ覚えちゃいないんだ。夢を覚えてないなんてのは別におかしな話でもないだろ? それなのに親父は気が狂ったように怒るんだ。わけがわからんだろ』
「あ、ああ……」
至極もっともな話だ。が、現実問題そうとも言えないんだろう、うちの家系としては。俺も夢なんて見たことないからなんとも言えないが……桃間の家としては夢というのはかなり重要なものらしいし。
「……えーっとさ、そういや親父が昔、なんか蔵のもんどっかにやったとかって話は?」
『蔵のもん?』
「じいちゃんの日記に書いてたんだよ。なんか……代々伝わる大事な箱の中身を父さんがどっかにやったとか」
『………』
また電話の向こうが静かになり、俺は少し緊張した。そんなこと知らん、とでも怒られるかもしれない。父さんは結構短気だから。
『……知らない』
「あー……はは、そっかそれなら──」
『知らないんだよ、何も』
父さんの声色が変わる。
どこか、
怯えるように。
『……高校を卒業する直前くらいだったか、親父が俺に蔵を任せると言ってきた。昔から言われていたんだ、いつかお前に託すって。俺はあんな古臭いもんを受け継ぐのが嫌だった。大体管理なんてめんどくさいだろ。でも結局その日は来た。俺ははいはいわかった、なんて簡単にあしらったよ。それで……蔵の中に入った時、親父に「これだけは絶対に粗末に扱うな」って言われた』
「それが、その箱?」
『………』
父さんはまた黙り込んだが、今度は呼吸を整えるような深いため息が聞こえてきた。
俺もそっと耳に神経を集中させる。
『箱のことは覚えてる。でも、そのあとどうしたかは覚えてないんだ。……いや、夜に親父に内緒で蔵に忍び込んだとこまでは覚えてる。……でもそのあとから一日か二日くらいの記憶がすっぽり抜けてる。それに、なんで忍び込んだのかも覚えちゃいない。……だから蔵の箱のことは、俺は何も知らないんだよ』
意気消沈したような親父の声。電話口で一体どんな表情をしているのかはあまり想像できない。俺はなんと声をかけようか考えあぐねていたが、そのうちまた父さんの方から話し始めた。
『一樹は覚えてるか。昔爺さんの家に行ったこと』
「え? あー……うん、なんか一回行ったのは覚えてるよ。って言っても、家に行ったってことくらいしか覚えてねーけど」
『あの時は、親父に呼ばれて行ったんだ。その時には実家には寄り付かなくなってたんだが……久しぶりに電話から聞こえてきた親父の声は随分と神妙で、家のことに関わるから一樹を必ず連れてこいって言われてな』
「そうだったんだ……?」
確か、小学校に入った頃だったか。急に父さんに連れられて行った記憶がある。あの時の父さんは妙に苛立っていて、俺は話しかけるのも怖かったんだ。でも、そうか。あの時は俺一人だけを連れて行ったのか。いやでも……誰かと遊んでた記憶が。
『──久しぶりに会ったかと思えば、親父はお前のことベタベタ触ってなんかわけのわからん独り言言ってたよ。それだけでもどうしちまったんだ、って思ったけど……。そのあと一樹が横にいるその場で、親父が言ったんだ。
<一樹は種無しか、何らかの要因で子を成せないかもしれない>
ってな』
「……は?」
頬が、引き攣った。
『いやー、はははは。わけわかんねーだろ? しかもそれをどうにかするには蔵を守らないとならないとか、刀を大事にしろとか、夢の言うとおりにしろとか頭のおかしなこと立て続けに言っててなぁ。ああ、この親父はもう頭どうかしちまったんだな、って思ったよ。そっからは言い合いになって、確かその時はお袋がお前を公園に行かせてたみたいで──』
前に、鬼村が見つけた日記にも書いてあった。
桃間の最後に力を受け継ぐ人間に呪いをかけるとか。
爺ちゃんも言ってたってことは、本当にEDが家系に関わるなんらかの呪いだった、ってことだ。
ああいや、
でも病院でアマビコの尼野先生に言われたのは……これは別に誰かがかけた呪いじゃ、ないんだっけ……?
「……はー、わけわかんねぇな」
『一樹は盆帰って来ないのか?』
「え? ああ、まあ今年はやめとく」
『じゃあ代わりに爺さんの墓参り行っといてくれないか。死人はごちゃごちゃ言わねーからさ』
「父さんが行けばいいだろ」
『俺はもういいんだよ。というかお前、結局蔵の鍵なんてもの今でも持ってんのか?』
「ああ、持ってるけど」
『あれも見たのか』
「あれって?」
『書類がたくさんあっただろ』
父さんに言われて、しばらく考える。が、すぐに思い至った。
蔵の中に置かれていた──養育費の記録。
というか、
浮気や不倫の記録だ。
「あ、あー……まあ見たには、見たけど……」
『俺はよそに子どもなんて作ってないからな、くれぐれも母さんには面倒なこと話すなよ』
「ああそう……父さんがそう言うなら信じるよ」
『大体、あんなによそに子どもなんて作ってどうやって養育費払ってるんだって話だよなぁ。そんなに金持ちの家じゃないはずなのにな。ははは!』
父さんのガサツな笑い声を聞き、俺は引き攣った笑みを浮かべつつ、挨拶もそこそこに電話を切った。
隣を見ると、鬼村はまるで俺の言葉を待つように大人しくそこで正座している。
「……なんだよ」
「次のお休み、実家に帰らないの?」
「帰んねーよ」
「なーんだ。あたしもついてって挨拶しようかと思ったのに~」
「なんの挨拶だよ!」
俺は思い出したように目の前の空になったコンビニ弁当を手に取ると、ゴミ箱へ捨てに行った。ついでに煙草を吸おうかと箱を手に取ろうとして、振り返る。
「次の金曜辺りにでもじいちゃんの墓参り行くけど……お前も行くか?」
「お墓参り? あたしも連れてってくれんの~? 誘ってくれるなんていつものセンセーらしくないね♪」
「何だよそれ……行きたくないなら別にいっての」
「行くってばぁ~。あ、おばーちゃんのおうち寄るの? また桃くれるかなー」
「食い物目当てで行くなよ」
「えーだっておいしーじゃん」
そう言うと鬼村は足を投げ出して座り、テレビ番組を見始めた。俺は手の中にある煙草の箱を元あった場所に戻し、なんとなくそのまま鬼村を見つめていた。
盆休みは、いつも通り実家に帰っても良かったんだが──こいつを置いてくのはちょっと気が進まなかったんだよな。……こいつの方が強いのに俺が心配してどーすんだって話だけど。それでも、尼野先生の話が忘れられない。弱っているところにこいつが襲われたら、と思ってしまうくらいには……。
「………」
まあ心配くらい、普通するだろ。




