第48話 杏狐様カフェ
「席についたら注文は全て私がするわ。支払いは私よ。貴方たちは私が食べきれないものを食べてくれればいいわ。え? 残飯処理? 失礼な物言いはやめてちょうだい。それじゃあ行くわよ」
──休日、市内の某所へ呼び出された俺と鬼村は、そこへ現れたお嬢様然としたワンピース姿の土御門ナツメにそう言われると、案内されるがままに建物内のカフェレストランへと足を踏み入れた。店の前に置かれていた看板から分かってはいたが、中に入ると店内の壁にはでかでかとしたポスターが貼られ席にはひときわ目立つ特別なメニューが置かれ、ここが『玉萌杏狐』のコラボカフェとやらが行われている場所だというのが一目でわかった。
正直俺はVテューバーというものをよく知らない。最近はテレビのCMでさえそいつらが出てくることがある為『アニメキャラクターのようなもの』が『なんかアイドルのように喋ってる』ことはわかる。少し気になって配信というものを見てみたがゲームをやっていたりラジオのごとく喋っていたりと、特に活動に決まりがあるようには見えなかった。(素顔は一切見えないもんなんだなとわかった)
土御門はいつもの涼しい顔で席につくとメニューを見もせずに傍にいた店員に「注文いいかしら」と声をかけている。すでに何を頼むかは決めているらしい。終始堂々とした態度にやはりこいつは実は大人なのだろうかと勘繰ってしまうくらいだ。妖怪なんてものがいるんだから子どもの姿をした大人なんてものがいてもおかしくもないだろう。某漫画のごとく何かに巻き込まれて大人だったはずの身体が小さくなっただとか──
「ねーねー、センセ。さっきから眉間に皺寄せてだんまりだけど、煙草吸えなくてイライラしてんの?」
「はあ? ちげーっつの」
突然話しかけてきた鬼村は、俺の隣に座っていたずらっぽく笑っている。何が楽しいのか店内を見回しては「へー」とか「これがコラボカフェってやつかぁ~」など呟いていた。
「ナツメちゃんはいつから杏狐様推しなのー?」
背筋をピンと伸ばし椅子に座っている土御門に対し、鬼村はテーブルに肘をついて話しかけた。
「……杏狐様を初めて見たのは一昨年のことよ。その日は寒い中での仕事で疲れていて……いつもならすぐに寝てしまうのだけれど、たまたま……本当にたまたま動画サイトを開いたの。そうしたらトップに杏狐様が現れたのよ。今でもあの衝撃を覚えているわ」
「運命の出会い~ってやつだったんだ?」
「私はあまりその言葉を使いたくないけれど、そうね、まさに運命。この先こんな出会い一生ないと思うわ。だからこそ私はこの縁を大事にして杏狐様を応援していきたい……の、だけれど」
「?」
急に土御門は押し黙ると俺と鬼村を見た。
「それにしても、初めて見た時からわかってはいたけれど鬼の命気は馬鹿みたいに大きくて眩暈がしてくるわね」
「「命気??」」
思わず俺と鬼村の声がハモる。知らない単語が出てきたが、お得意の『対妖情報機関が決めた~』という用語かもしれない。
「命の気、命気というのは体から放出する生命エネルギーのことよ。生きるもの全てに備わっているわ。妖力はこの中に含まれるから、力の強い人間は肥大化して見えるの。だから桃間さんは妖力の分大きく見えても良さそうなものなんだけれど……」
土御門はしばし考えたように俺を眺めてから、頭を振った。
「とにかくその横の鬼の命気がとても大きくて周りのものを押しつぶしそうに見えるのよ。気分が悪いわ」
「あたしめっちゃ強い~って話? いぇーい」
鬼村は楽天的な笑顔でそう言うが、土御門は対照的に苦虫を噛み潰したような表情をしている。この二人はどうも相性が悪いらしい。
命気、か。鬼村が前に『気』と呼んでたものと同じだろうな。以前言っていたがこいつのがでかくて俺を隠しちまうくらいなんだから、やはり比べものにならないものなんだろう。鬼ってのはみんなそれくらい強い存在ってことなんだろうか。そんな強いやつを倒したご先祖さんってのは、一体どういう人間だったんだろうな。
「──お待たせしました」
全体的に白色で底の方がピンクがかった飲み物が入ったグラスを三つ持ってきた店員が、俺達の前にそれらを一つずつ置いていく。最後に何やら真四角の白い封筒のような薄っぺらいものを数えてテーブルに置く。店員の口ぶりからするに、注文したものの数によって貰える特典らしい。最初はそれを鬼村と俺の方を見て説明していたが、土御門が熱心に聞く様子に気が付いたのかそっちを向くようになった。「残りの品は少々お待ちください」と言い店員が去っていったあと、土御門は深呼吸して気持ちを落ち着けるように胸に手を当てた。
「土御門さんはそれが欲しかったのか?」
俺の話しかけたタイミングが悪かったのか、土御門はこっちへ掌を向けると「黙って頂戴、あと『さん』付けはあまり好きじゃないわ」と言って店員が置いていった白い封筒のようなものを一つ手に取った。注文は飲み物と食べ物で計六つ頼んだ為、封筒の数も六つあるようだ。そっと中身を取り出して、確認している。一つ目、二つ目、三つ目、そして四つ目の中身を確認した時──
「……わっ」
小さな声を漏らしたかと思うと、目を大きく見開いて輝かせ、そうっと中に入っていたものを手に取った。
何が当たった、だとか自慢げにこちらへ見せてくるわけではない。
ただ
とても大切なもののように眺め、
緩んだ口角をいつもの一文字に戻すこともなく、
小さく震える指先でそっとそれをまた封筒に戻す様を見ると
思わず俺も微笑んでしまった。
「……ナツメちゃん、欲しいもん当たった感じ?」
そっと耳打ちするように鬼村が聞いてきた。
「多分な」
「えーめっちゃ喜んでて可愛すぎるんだけど~。こっちまで嬉しくなっちゃうね」
「ああ、やっぱ年相応で可愛いもんだな。いつもは大人びてて本当に子どもなのか疑問に思ってたが──」
ちゃんと子どもらしくて、俺は少しほっとした。まあこの年ならもっと大袈裟に喜んでも良さそうなもんだけど。そこはまあ高貴な家柄ってやつのせいか。
陰陽師の仕事、ってのがどんなんかは正直よく知らないけど(昔本で読んだ限りだと妖怪と戦うなんてよりは、占いだとか暦づくりだとかもっと地味な仕事だったと思うが)、土御門も少しでも子どもらしい時間を持てればいいんだけどな。
──いや、Vテューバーに課金をするのが子どもらしい時間かと言われるとちょっと微妙だな。
「─さん、桃間さん」
「あ、なんだ?」
ぼんやりしていたところに話しかけられ、慌てて返事をする。見ればテーブルの上には頼んでいた料理がすでに置かれていた。
「……土御門に飯を奢ってもらうのはさすがに悪いなぁ。帰りにちゃんと金払うよ」
「いいえ、心配には及ばないわ。それに……」
土御門は先ほどの愛らしかった子どもの表情から一変し、いつもの冷たいきりっとした顔つきになるとテーブルの上を睨みつけた。
「──ここからは、戦いの時間よ」
「……はい?」
俺はコラボカフェというものを、いや、何かを突き詰めようとする“オタク”という存在を理解せずにここへやってきたのだと今更気が付いた。
「私、この為のお休みは一日しか取れないの。
今日で特典のコースター、シークレット含めて全て手に入れて帰るわ」
目の前にいるのはただの幼い子どもではない。
普段休みも無く仕事をし、金を稼ぎ、そして推しの杏狐様とやらに課金をし続ける廃課金者……。
「──全て出るまで、料理、ドリンクの注文をやめないわよ」
隣の鬼村は二つ返事でオーケーしていたが、俺は冷や汗がだらりと背中を垂れていくのを感じた。
***
「センセー、だいじょうぶ~?」
店の外の廊下で青い顔でしゃがみ込む俺に、鬼村はそう問いかけた。
だが返事はできない。
俺の腹の中には
『杏狐特製まるで杏仁ひやこいまったりドリンク』や
『杏狐の大好きな鯖寿司と天ぷら弁当~ほんにおいしおすえ~』だの
『濃~いお抹茶のモンブランパフェ~ピリッとスパイス添えときましたわ~』が、
隙間なくぎっしり詰まっているからだ。
思っていた以上の三倍は食べた。いや、俺よりも鬼村の方が食べているが、こいつの胃は限界を知らないから心配はない。事実鬼村はけろりとした表情で俺の顔を覗き込んでいる。土御門の前で大人だからと見栄を張らず、全部鬼村に任せてしまえばよかった……。
「今日はとても感謝してるわ。鬼をこんなにも頼もしいと思ったのは初めてよ」
「またこーゆーのあったら言ってよ~。付き合ってあげるから♪」
「なるべくなら鬼の貴女に頼み事はしたくないけれど……でも、そうね。また次もよろしく頼むわ」
ドリンク一杯と料理一皿しか食べていない土御門は余裕そうな表情でそこに立っている。小学生をこれほどまでに恨めしいと思ったことはない。次はもっと食えよ、成長期。
「それじゃあ私はここでお暇するわね。このあとは用事が──」
「──ナツメちゃん!」
ふいに聞こえてきた声に、俺と鬼村は振り返った。エスカレーターがある方向から、誰かがこちらに向かって走ってきている。土御門の名前を呼んだのは、あの人だろうか?
「ハルくん?」
土御門の口から小さく名前が呼ばれた。知り合いなのだろう。俺は一息吐いて立ち上がり、やってきた人物に向き直った。
「はあ、はあ……ナ、ナツメちゃん、もうコラボカフェは終わったの? それにこの人たちは一体……」
俺達の前で息を荒げ、ずれた眼鏡をかけ直そうとした青年は俺と鬼村を見てぎょっとした。
「なっ……ナツメちゃん!!」
突然大きな声を出したかと思うと、青年は優しそうな表情を険しく変え、土御門の手を引いて自分の後ろに立たせると俺達を睨みつけた。
「こいつら、人間じゃないよね!?」
「ハルくん、この人たちは……」
「ナツメちゃん、すぐに機関に連絡して!!」
「だからハルくん」
「ぼ、僕は盾くらいにはなれるから!!」
「ハルくん……」
ハルくんと何度も呼ばれた青年は何やら両手を組み合わせている。もしかするとこの男も陰陽師……?
「ハルくん、その二人は前に話した桃間さんと鬼よ」
「前に話し…………え!?」
「まず彼は人間だし、その鬼に敵意はないわ。桃間さんが飼い主よ」
土御門の説明に、青年は戸惑ったようにしてから手を下ろし、そしてすごい勢いで直角に腰を折り曲げた。
「す、すみませんでした!! 僕の早とちりです!!!」
「え~、あたしが人間じゃないのは間違いじゃないし早とちりじゃなくない?」
「いや俺は人間だからな。早とちりだろ」
俺達の返答に青年は少し表情を和らげた。緊張が解けたらしい。とにかく攻撃されずにこちらもほっとした。
「ええと、僕は倉橋知春──ナツメちゃんの従兄です」
「先月22歳になったわ」
「ちょっ……ナツメちゃん、別に歳は言わなくたって……」
「土御門の従兄、ってことはさっき『機関』って言ってたし、もしかしてあなたも陰陽師とかいうやつなのか?」
「ああいえ、僕は陰陽師ではないですが……対妖情報機関の職員で、事務調査員をやっています!」
にこやかで優し気な雰囲気だが、この人も妖怪に関わる人なのか。不思議だな。というか、妖怪のことを知ってる人間に会うのはこれで二人目になるのか。
「ねえハルくん」
「え?」
土御門が倉橋くんに耳打ちをする。何を話しているのかは聞こえない為、それが終わるのをしばし待とうかと壁にもたれる。鬼村も同様に俺の隣で壁に寄り掛かっている。
「あの男の子、センセーとおんなじで眼鏡かけてるのに全然雰囲気違うね~。爽やか~って感じ?」
「俺が爽やかじゃないって言いたいのか」
「爽やかってセンセーの対極にある言葉じゃん?」
「………」
「ってかぁ~、センセーがあたしの飼い主だって♪ 首輪付けちゃう?」
「首輪ごときでお前を飼いならせるわけねーだろ……」
俺達がどうでもいい話をしている間に、土御門は話が終わったのか倉橋くんから離れて俺達の方へと近づいてきた。
「……今日はもう帰るんだろ? 気を付けて帰れよ」
「いいえ、私とハルくんはこのあと対妖情報機関の叉々山支部へと向かうわ」
「え? あー、そうか。お仕事お疲れさん」
「仕事ではないけれど……そこへ桃間さんと鬼を連れて行こうと思うのだけれど、このあと時間はあるかしら?」
「……え」
そういや長らく忘れていたが──こいつはうちの高校で戦闘があったことについて調査していた。俺が関わっていたら確か、処分とか、なんとか……
「──時間、あるわよね?」
俺が逃げようかと視線を逸らした時、小さな手がぎゅっと、力強く、俺の服の裾を握った。
「あのう……悪いようにはしませんから、安心してください」
倉橋くんはそう笑っていたが……俺は早く打ち始める鼓動に不安を覚えずにはいられなかった──。




