第49話 『株式会社 ミヤマ/カスタマーサービス』
──昼下がり、土御門に連れていかれたコラボカフェを出てから電車に乗って五分。駅を出たところで倉橋くんがにこやかに言った。
「もうすぐ着きますから!」
彼の笑顔は爽やかだが……俺の心は晴れない。
『──貴方の返答によっては対妖情報機関や国からの直接処分も有り得ること、覚えておいて!』
土御門の言葉が頭の中で蘇る。
もう一か月程前のことになるのか。
処分ってなんなんだよ……と奥歯を噛み締めそうになるが、隣を歩く鬼村を見て少しだけほっとする。急に連れていかれることになった時、鬼村は「なんかあればあたしが守ったげるから」と耳打ちしてきた。こいつにとっては対妖情報機関なんてのは然程脅威でもないってことだろう。こいつがいるからとりあえずは平静を保てているが……。
「はあ……」
ため息は出る。
面倒事は嫌いなんだ。
「桃間さん、どうしましたか? もしかしてお疲れでしたか?」
「まあ疲れてるっちゃ疲れてるよ。さっきのカフェでいっぱい飲み食いさせられたしな」
「あはは……すみません、本当は僕が一緒に行くはずだったんですけど」
倉橋くんが土御門の方を見ると、彼女はふいとそっぽを向いた。
「ハルくんは全然食べられないもの、戦力外よ」
「戦力外かぁー、ごめんごめん」
「それにこの人たちには借りがあったから。返してもらうのにちょうどいい機会だったわ。まさかお礼に仕事を手伝ってもらうなんてことできないし」
土御門が小さな肩を竦める様子を後ろから見ていた。確かにこいつの仕事を手伝う、なんてことよりは多少無理してでも飯を食わされる方がマシか。
「ご飯食べるお手伝いなら全然あたしヨユーだよ~」
「桃間さんがいたから貴女にもお願いせざるを得なかっただけであって、鬼一人に何かを頼むつもりなんてないわ!」
「もーナツメちゃんやっぱあたしのことめっちゃ嫌いじゃん~」
鬼村はむすっとして唇を尖らせたが、ふと思いついたように俺の方へ手を伸ばしてきた。俺の手に細い指が絡みついてこようとしたところで、振り払う。
「ちょっとー、手持無沙汰だから繋ごうとしただけじゃん」
「繋ぐか馬鹿! ったく、油断も隙もない」
俺は自分の身を守るように一歩鬼村から離れた。その時ふいに左側の視界が揺らぐ。何かと思ってそのまま鬼村を見ていると、色も無く炎のように揺らめいている何かが鬼村を取り囲んでいた。……もしかして、さっき土御門が言っていた命気ってのがこれか?
そこまで考えると両目を伏せ、目を開けたと同時に俺は眉間に皺を寄せた。
「倉橋くん、さっき俺たちを見て『人間じゃない』って言ってたよな」
「えっ? あーははは、すみません桃間さんまで。僕の勘違いで……」
「なんで俺も人間じゃないって思ったんだ?」
疑問を投げかけると、振り返った倉橋くんはきょとんとしたように瞬きをした。
「そう、ですねぇ……桃間さんの妖力は見えたんですが、その、どうも生きてるようには見えなくて」
「どういうことだよ」
「僕、目が悪いんですけど向こう側を視る視力は人よりかなり良いんです。桃間さんは妖力は視えたけれど、その下層の部分、本来の命気がほとんど視えなかった。だから生きてないと思ったんですよ。妖怪の類かな、と」
「いや……生きてるだろ……」
「あははは、そうですよねぇ~? こんな人もいるんだなぁ。もしかして体がすごく弱いとかですか?」
「そんなことはないと思うけどな……運動も普通にできるし」
「不思議ですねぇ。もしかして弱い部分を妖力がカバーしてるなんてことあるのかな……ごめんなさい、視えるだけでさすがに専門ってわけでもないなので僕には何もわからないですね。あ、このビルです」
言われてすぐ傍のビルを見上げた。看板には第一ビルとだけある。中に入っていくと入り口からすぐの場所にエレベーターと階段、各階に入っている会社の社名が書かれた案内板があり、廊下奥に扉が見えた。一階に入っている会社は『大堀不動産』とすりガラスの扉部分に看板が貼り付けられている。案内板も同様だ。
「……こんなテナントビルの中にあるのか?」
四人全員がエレベーターに乗ってすぐ俺は訊いた。土御門はため息を吐いていたが、倉橋くんは笑って肩を竦めている。
「階ごとに違う会社が入ってるように見えますが全てが対妖情報機関なんです。部署ごとに名前を分けてます」
「じゃあ一階の不動産ってのは?」
「大堀不動産は地域管理課です。忌地や神様の土地なんかを管理したり、廃墟や廃神社もそうですね。時々一般人や配信者なんかが肝試しに足を踏み入れたりしますが、そういうのに対処してます」
「対処?」
「入っちゃだめですよ~って声かけたり、あとは……場合によってはお祓いの手配なんかも」
「ああ……」
実際に妖怪や神なんてものがいれば実害があるわけだもんな。お祓いも本当に必要なんだろう。
「ちなみに、課長の名前が大堀なので大堀不動産です」
「課長が変わったりした時いちいち看板も変えるのか?」
「はい、電話番号を変えたりもしますよ。稀に一般の人から問い合わせが、なんてことも時々あるので……」
「へぇー?」
看板が出ていれば普通の会社と思うのも無理はない。でも電話番号は外部に向けて公開していたりするんだろうか。
3階でエレベーターが止まり、下りてすぐの扉へ向かうと「ここです」と案内された。扉には『株式会社 ミヤマ/カスタマーサービス』とある。
「僕は事務兼調査員なんです」
「調査員って?」
その問いに答える間もなく、倉橋くんは扉を開けると中へと入っていった。土御門もそれに続き、俺と鬼村もついていく。パソコンの置かれたデスクがいくつかあり、席について普通に働いている人もいれば、電話で確認を取りながら慌てて部屋を出ていく人もいた。俺達はそのフロアを抜けると奥の仕切りで囲われた場所へと辿り着いた。デスクがあり、そこで今しがた電話を終えたであろう人が顔を上げた。
「ああ、倉橋くんお疲れ様。土御門くんもわざわざ休みにごめんね。後ろにいるのがー……桃間一樹さんかな?」
そう言ってスーツ姿の男性は少し伸びた黒髪を耳にかけると俺に向かって手を差し出した。握手を求めているのかもしれない。気が進まないながらも、手を差し出した。
「……どうも、川下高校教諭の桃間一樹です」
「私は総務事務・調査課の課長、深山千昌です。倉橋くんの上司で、土御門くんは外部提携先ってところだけど……そういえば桃間さんは土御門くんが調査を予定していた場所の重要参考人でしたね」
「っ……!」
早速本題に入られ、俺はたじろいだ。手はまだ離されていない。手汗をかきそうでひやりとした。
「ああ大丈夫ですよ、そう怖い顔しなくっても。今日はちょうどタイミングが良かった。倉橋くん、応接室で話すからお茶を用意してもらっていいかい? 三つだ」
「はい!」
何が何やら、と言った状況ながらも俺と鬼村はすぐ隣にあった応接室へと押し込められた。他三人は部屋の外で何か話をしているが聞こえてはこない。やけに座り心地の良い椅子に身の置き所がない感じがした。
「……あの人たち~全然強くなさそーだけどほんとにここがナツメちゃんが言ってる対なんとか機関ってやつなのかなぁ」
「対妖情報機関、な。でもそうだな……国を守る為の自衛隊のような感じってわけじゃないのかもな。名前も情報機関なわけだし」
「なんかちょっと拍子抜けって感じ~。センセのこと絶対守るとか思ってたのに~」
「戦うのは勘弁してくれ。平和が第一なんだよこっちは」
そんなことを言っていると再度扉が開いた。入ってきたのは先ほどの深山さんと……やたらと顎髭を蓄えた爺さんだ。何やらただならぬ雰囲気を感じて俺は立ち上がる。鬼村は座ったままだったが、その男をじっと見つめていた。
「桃間さん、こちらは対妖情報機関・丘山支部の支部長です」
「名前は小田舟耀という。初めまして、桃間さん。こうしてお話できることは大変光栄だ」
「はあ……桃間一樹です」
またもや手を差し出され、俺は小田と名乗った着物姿の男と握手をした。かなり老いていそうにみえるが、手はがっしりとしていて力強さを感じる。もっと若ければ更に威圧感を感じていたかもしれない。……今も十分威圧感は感じているけれど。
「いやあすごいな。あの桃間が、ははは、こうして相対する日が来ようとは思わなんだ。それにまさか鬼をこの目で見ようとは」
じろりとまるで睨みつけるかのような視線に、俺はぎょっとして鬼村を振り返った。鬼村は然程気にする様子もなく手をひらひらと振っている。
「さ、ひとまず座りましょう」
深山さんの声によって全員が椅子に腰を下ろした。小田さんは少し身を乗り出すようにして俺の方へと向く。
「本部は境都府にあるんだがな、そっちは息子に任せておるんだ」
「そうなんですね」
「がはは、そうかしこまらんでもよい。桃間は中の人間ほど桃間のことを知らんというからな、どうだ、今日は儂がひとつ歴史の講義でも──」
「支部長、桃間さんには川下高校での妖力の残痕のことをお聞きしようと思っていて……」
「ああ、そうかそうか」
小田さんは椅子に座り直すと背もたれに身を預けた。会話の手綱を深山さんへと渡したようだ。
「それでですね──」
「話をする前に一ついいですか!」
意を決して口を開いた為、少し声が大きくなってしまった。それに驚いたように男二人は俺を見つめている。鬼村は何がおかしいのか、隣でくすくすと笑いを堪えるようにしていた。
「あー……いやその、ですね。以前土御門──さんと話した時に、俺の返答によっては、処分もありえる、って聞いていて」
「処分ですか」
深山さんはきょとんとしたような表情をしたが、すぐににこやかな笑顔へと変わった。
「大丈夫、外部の人間に対して処分などといったことはありませんよ」
「本当ですか? そりゃよかった……」
「ただ……」
「ただ?」
「少しお願いを聞いてほしいんです」
その時、倉橋くんが応接室へと入ってきた。盆の上に載せている湯飲みを三つ、小田さんと俺と鬼村の前へ出すと部屋を出ていった。それを見送ってから、俺は口を開く。
「お願い?」
「最近はうちも人手不足ですから……少し調べ事をしてもらえると助かります」
「調べ事……まあ、こちらも仕事があるんで、その合間で出来ることなら」
俺はちらりと横に座る鬼村と目を合わせた。多分調査ってなるとこいつと一緒に行動することにはなるよな。
「ええ、桃間さんは機関の職員ではないですし、長期の業務提携を結んでいるわけでもないですから……そう難しい調査はお願いしないですよ」
「それなら、まあ」
「ああよかった。では川下高校での戦闘についてですが──」
そのあとは深山さんに訊かれたことに素直に答えていった。山神が俺を狙って攻撃してきたこと、妖怪たちが俺を食べようと躍起になっているらしいこと。最後にはちゃんと山上さんが事務員として重要なことも伝えた。このことで仕事をやめられるのは困る。もちろん、鬼村のことも軽くは伝えた。何故か俺と行動したがり、付いて回っている、なんて程度だが。
「──それでは以上ですね、ご協力ありがとうございます。今度の天狗会で議題に上げなければいけないことが増えましたねぇ……」
「議題にですか」
「桃間さんを殺そうとする妖怪について、他の一般人や場所にまで影響を与えられては困りますから」
「あの……山上さんはどうなりますか?」
一番の心配事をぶつけると、深山さんは「うーん」と眉間に皺を寄せた。
「こちらとしても今落ち着いているのであれば事を荒げるようなことは特にしません。相手は神様ですし、やはり接触せずに済むのならそうした方がいいです。触らぬ神に何とやらですから」
「そうなんですね」
ほっとした。俺が話したことで山上さんが仕事をやめるといったことにならないのなら安心だ。まあ、俺はそうであるというだけで、この人たちがどう忙しくなるかはわからない、その為少しだけ申し訳なく思ったりもした。……いや、決して俺が悪いわけじゃないんだけど。
深山さんは俺の話が終わるとぶつぶつと独り言を言っていたが、俺は時計のないこの部屋の中で時間が気になり、口を挟むことにした。
「あのー……それで調査っていうのは」
「ああ、そう難しいものでもないですよ! ちょうど近場の調査がありますのでそれをお願いしようと思っています。やっていただけますよね?」
「え? ああ、まあ近場で難しくなければ」
「大丈夫、一件訪問していただきたいお店があるだけですよ。いやぁ、それにしてもここで断られたら、今後の安全を考えて桃間さんや高校近辺に見張りを数名付けるところでした」
「──はい?」
明るく笑う深山さんにつられて俺も笑ったが、口元が引きつった。
「あのー……安全って、誰の安全です?」
「そりゃもちろん市民の安全ですよ。話を聞く限りじゃ桃間さんの刀がどれほどの脅威かは未知数ですから。もちろん今後街中で使うようなことはないとは思いますが……ねぇ?」
「……それって暗に俺を危険人物認定するってことじゃ」
俺の呟きに、深山さんはにこりと笑った。
──ああ、
処分ってのはそれか。
そうなればいつまでかは知らないが、俺には保護観察が付くと。
俺は背中に冷や汗が伝うのを感じながら納得したのだった。
「安心してください。幸い桃間さんの勤務する高校の近くには土御門さんがいます。
何かがあればすぐに動くことはできますから。
見張りをすぐに付ける必要はないでしょう。
桃間さんも今の生活を保ち続けたいですよね?
大丈夫、そうする方法はあります。
定期的に私たちと接触してくださればいいだけです。
難しくはないでしょう?
そして時々、こうして調査を引き受けてくれればこちらとしてもありがたい。
いや、何も長期契約を結ぼうって話じゃないですよ。
桃間さんの手の空いた時にちょっとお願いできればいいだけです。
ね、私たちは
桃間さんを信用したいですから」
その視線の先は俺ではなく、鬼村へと向いている。
対妖情報機関が監視したいのは────鬼村か。




