第36話 ご報告ですにゃ
コーヒーの匂い漂う場所から、少し無機質な部屋へと移る。仕切りの為のカーテンを引くと、ポケットから鍵を取り出してロッカーを開けた。自分の服に手をかけ上から順番にボタンを外していくと、抹茶色のブラウスから袖を抜く。ロッカーの中から今日着てきたパーカーを取り出せばタンクトップの上にそのまま羽織った。忘れものなし、帰る準備よし。
「お先失礼しまーす」
更衣室から出てすぐのキッチンに立っている店長に声をかけた。
「ああ鬼村さんお疲れ! ごめんね急に出てもらってしかも遅くまで居てもらっちゃって」
「いーえー、お金もらえるならオッケーでーす」
「そう言ってくれると助かるよ~」
「それじゃー」
バイト先のカフェの店長に手を振ってあたしはお店を出た。昨日先輩に頼まれてシフト入ったわけだけど、そんな日に限ってお客さんぜーんぜん来なくて「あたしいなくていんじゃね?」とか思ったくらい。まー別にどれだけ来るかなんて前もってわかるわけじゃないし仕方ないけど~。
外に出れば真っ暗。さすがにもう九時だしそりゃそーだ。
センセー今日はちゃんとご飯食べたのかなー、もしかして夕方までずーっと寝てて食べ物もカップ麺とかで済ませてんじゃないのかなー。あー心配心配。人間すぐ死んじゃうから。
「……寿命で死ぬなら仕方ないけどさぁー」
ぼそ、と呟いてセンセーのうなされてる顔を思い出す。
胸のあたりがぎゅってなった。
痛い。
「早く帰ってセンセーの部屋遊びに行っちゃお~」
明るい街灯の下でくるんと回れば、駅までスキップで向かった。
***
──それは電車を降りて、駅から出てすぐのことだった。
あたしとセンセーが住んでるアパートの最寄駅は、そこまで古いわけじゃないんだけど周りに街灯が少なくって結構暗い。だから駅から歩けばぽつんぽつんと置かれてる薄暗い街灯までの間はほとんど真っ暗闇。人間だったらその道は慣れてないと怖いかも。あたしら妖怪は夜目が利くからどうってことないけど。
だから、人間だったら気づかない暗闇の中に佇む山猫にすぐ気が付いた。
山猫はあたしが近づいてくるのを見ると、二本足で立ちあがって器用にぺこりとお辞儀をした。
「どうもこんばんはですにゃ。こちら山猫調査会、担当のくろすけですにゃあ」
「はーいこんばんわ」
「この度は調査のご依頼ありがとうございますにゃ」
「いやー、あたしが依頼したわけじゃないんだけど」
山猫調査会は妖怪たちが時々使う……人間で言うところの興信所みたいなものかな。化け猫である山猫が中心になって、人間界に住んでる猫たちを使って活動してる。大体は人間についての調査とか、ちょっとおかしな行動してる妖怪の調査とか。なんで妖怪の調査かってゆーのは、あたしらの方でも人間と同じで、目に余る行動してる妖怪は天狗会が罰したりしてるわけ。天狗のおっちゃんたちは自警団、って感じなんだけど~……でも天は全然そんなんじゃないなぁ。
「そうでしたそうでした、今回来たのは依頼主さまより美鬼さまへのご報告をお願いされておりましてにゃあ」
「あー言ってたかも」
「お話しても?」
山猫のくろすけが首を傾げる。あたしは周りを確認して、「いいよ」と返事をした。
「まず狗谷木天さまのここ最近の動向を調査させていただきましたにゃ。狗谷木さま、朝は早くから筋トレをして、住んでいる駅前のマンションの周りをジョギングしまして、そのあとは部屋に戻り軽く朝食を取った後在籍している川下高校へご登校されておりますにゃ」
「めっちゃ爽やかな朝送ってんじゃん。てか駅前のマンションに一人で住んでんの? 家賃やばくない?」
「貯金額もお知りになりたいですにゃ?」
「別にいーって」
そうですか、と言って山猫のくろすけは頭をぽりぽりと掻いた。
「学校に行かれますと、授業は半分ほど聞いているものの、もう半分は居眠りをしていることが多い印象でございますにゃ。休み時間は同じクラスの男子数名と体育館にてバスケやバレーをして遊んでおられますにゃあ。また放課後は部活に打ち込んでるようですにゃ。大変楽し気なご様子」
「ほんとだね。あたしよりしっかり人間の高校生してんじゃん」
「そしてここからが気になる点ですが──」
山猫のくろすけはまた頭をぽりぽりと掻いた。癖みたい。それから腕を組むと、遠くを見るような恰好をする。
「──妙なモノと、時々会っているようでして」
「妙なモノ?」
「はい、なんと言いましょうか。まだそれが妖怪なのかヒトなのかの判断もついてないんですにゃ」
「何それ?」
妖怪かヒトかわからない、ってことは……上手く自分の気配を隠してるってこと? 天も人間の姿の時自分の妖力を隠してるっぽいからできないことじゃない。でもそれは人間が視た時の話であって、あたしら妖怪同士なら相手が妖怪かどうかなんてすぐわかる。あたしが高校に入ってすぐ事務の女の人が人間じゃないってわかったみたいに。……まあ、すぐわかる奴しか見てこなかった可能性もあるけど。
「まずはその妙なモノの見た目ですが、笠を深く被っていてよくわかりませんにゃ」
「笠ぁ? あのー……お坊さんとかが被ってるみたいな?」
「そうですにゃあ、あんな感じかと。ただ、顔をどうにか覗き込もうとしても、中が暗くてよく見えないんですにゃあ」
「見えないの?」
「狗谷木さまがその者と会うのは決まって夜でして、見えにくいのはそうにゃんですが、夜目が利く我々でもどうにも上手く見えないのですにゃ。こちらのことをわかってわざと隠している、とも思えますにゃあ」
「通りすがりの猫ですら気にするってことは、用心深いってことかぁ」
「ただ、危険性があるかは断定できないですにゃ。ほんのちょっと可笑しな友人、という可能性も否定しきれませんにゃあ」
「………」
可笑しな友人。まあいないこともないと思うけど、それにしたってこの現代で笠被って歩いてるとかそんな見ないでしょ。この辺にお寺とかあったっけ? 見かけないなー。
「──そしてそのモノと会ったのち、狗谷木さまは向こう側へ行っては何やら一人で攻撃の特訓でもしているようでしたにゃ」
「はー? 戦う訓練ってことぉ? そんなんしてどーすんの」
「ふーむ、我々山猫は化かすことはあっても戦うことはしませんからにゃあ。イマイチよくわかりませんにゃ。ただ、どうも慣らしているようには見えましたにゃ」
「はあ? 慣らしてる??」
わけわかんない。何に慣れようっての? あたしより年下とは言え百年以上天狗をやってきて、今更何をしたいのか見当もつかない。
「……それで夜間は戦闘訓練ののち、好きなコンビニ限定ポテチを三袋ほど食べ、お風呂に入り、就寝、またはそのまま朝のルーティーンに入っていますにゃ。いやあ、眠らなくても気にならない妖怪はいいですにゃあ。にゃあたち山猫は寝るのが趣味ですから、寝ない日なんてありませんにゃ」
「あー……そう」
山猫のくろすけは全部報告し終わったのか、「それではこの度はありがとうございましたにゃ」と言うとぺこりと頭を下げて上げていた前足を地面に付け、走って道路脇にある草の茂みの中へと消えていった。
あたしはというと、数メートル先の街灯に照らされた歩道を見つめながら腕を組んで唸ってる。どうしたもんかな。天、だいじょーぶなのかな。
正直天のこと、心配なんて別にしてない。
だって弱い子じゃないし。たまに学校で見かける様子も変なとこないし、すれ違えばあたしの名前呼んで寄っては来るし。(でもわざわざクラスまで押しかけてくることは無くなったなぁ……)
だから……今はただ、妙なことにならなきゃいいなぁーって思ってる。
「でもとりあえず、センセーには今日言わなくてもいっかな。心配かけちゃ悪いし」
よし、と頷くとあたしはまたアパートを目指して歩き始めた。
今から帰ったらセンセーまだ起きてるかな。起きてるよね。シャワー浴びてたらまた開けて驚かせちゃおっかな?
あ。
なんなら服脱いで入っちゃえばそのまま
『背中流してあげる~』
ってできんじゃないの?
あたし天才??
「狭い浴室で密着誘惑作戦~♪」
ルンルン気分で部屋に遊びに行ったら、
そこにはもうお風呂上がりのセンセーが
換気扇の下で煙草吸ってた。
「勝手に入ってくんなよ」
「センセー、最低ー!!」
「はあ!?」
せっかくのアイデアだったのに。
また今度にしよーっと。
あたしはセンセーを置いて自分の部屋に帰った。




