第35話 予約はひと月先まで!
俺の部屋は当たり前だが単身者向けの賃貸アパートだ。
単身者向けアパートってのは一人で暮らす上で本当に最低限にしか備わってない。台所が狭いだとか、コンロが一口だとか、風呂トイレが同じ空間だとか、浴槽が狭くて真四角な為足を伸ばせないだとか。……と上げてはみたが、うちはありがたいことに風呂とトイレは別だ。浴槽は男の俺にとっては狭いことこの上ないが。
「あ~~、狭いけど久々に入ると気持ちいいな」
ほとんどしゃがむような恰好で浴槽に収まっているが、お湯に浸かるのは心地がいい。いつもは面倒に思ってシャワーで済ませてしまう。あと時々、本当に時々銭湯に行くことがある。あの広い風呂は格別だよな。近くにあるなら毎日通いたいところだが、うちからは微妙に通いにくい場所にある。前に行ったのは河原先生と飯を食べに行った帰りだったか。「ジムでシャワー浴びてくるより銭湯に行った方が満足度が段違いですよね~!」なんて言っていたが、軽く流して終わった。
「はあー……たまには、お湯入れて入った方が良いよな……」
──ガラッ!!!
「センセー、背中流してあげよっかー?」
突如開いた風呂場の扉、の隙間から覗き込んでいるエプロン姿の鬼村。
「ぎゃーーーーー!!!!!」
男が風呂場覗かれて叫ぶとか情けないにも程があるだろ……。
──仕事帰り、鬼村は(強引に)俺の部屋に上がった後「ご飯作っててあげるからその間にお風呂入っといでよ」なんて言うもんだから、俺も「待ってるだけで飯が食えるなら」と素直に従ってしまった。抵抗しておけばよかったか。
「──風呂を! 勝手に! 覗くな!!」
「いーじゃん裸見るくらい」
「良くねえだろ!!」
「それで、背中流す? 流さない?」
「流さない! 閉めろ!!」
思わず強く怒鳴ってしまったが、浴槽に反響する俺の声で頭がくらくらとした。
「ちぇーつまんない」
鬼村はそう言うと扉を閉めて行ってしまった。
せっかくゆっくり湯舟を満喫できる、と思っていたのにこれじゃゆっくりもしていられない。俺は再度鬼村がやってくる前に湯舟から上がるとすぐに頭を洗い始めた。
風呂から上がるとすぐさま着替えをする。また裸を見られてたまるかよ。焦りつつもシャツを被るとほっとして脱衣所を出ていけば、部屋中に漂ういい匂いに思わず鼻を鳴らした。
「……何の匂いだ?」
そっと台所の方を見れば、鬼村がコンロの前に立っていた。
「豚の生姜焼き~。お肉めっちゃ安くなってたから~」
「いいな、美味そう」
「でしょ!? あたしが作ったらめっちゃ美味しくなるよ~」
「なんで?」
「愛情効果♡」
「………」
そう言われると、食べた時に「美味い」と言いにくくなる。俺は返事をせずに冷蔵庫の中から水のペットボトルを取り出した。
「ふふふ~ん♪」
鬼村は鼻歌を歌いながらフライパンから皿へと肉を盛り付けている。俺は水を飲みながらその様子を見ていた。なんでそんな楽しそうなんだろ。飯作んのなんて大変だろうに。しかも二人分。……って、一人も二人もそんな変わんねーか。
──ぐうううう。
腹の虫が鳴った。当然、俺のだ。
鬼村はこっちを見てにやりとすると「早く食べたいでしょ」と言った。
俺はくるりと方向転換し、居間の方へと向かう。
決して照れ隠しなんかじゃない。腹ぐらい誰でも鳴るってーの。
「さー食べよ食べよ!」
狭いローテーブルの上に米に味噌汁、メインの生姜焼きにたっぷりのキャベツの千切りがどんと置かれた。こんなに次々用意されると申し訳なくなり、俺も箸ぐらいはと二膳用意して持ってくる。
「ねーあたし可愛い箸がいいー。今度買って置いといて良い?」
「当たり前に俺の部屋で飯食おうとか思ってんなよ」
「未来の奥さんなのに?」
「だから何なんだよそれ!」
パン、と強く手を合わせて「いただきます」とはっきり言う。礼儀はしっかりしなくちゃならない。いくら押しかけるようにして作られた夕飯だとしてもだ。
「はーい、いただきます♪」
鬼村も上機嫌でそう言うと食べ始めた。
「ん……生姜焼き、うま」
「美味し?」
「………」
つい言ってしまったことに少し後悔したが、ここはもう潔く諦める。
「美味いよ」
「あは、やった~。エ○ラのたれ様様じゃ~ん♪」
「なんだよ、お前が作ったんじゃないのか」
「だってセンセーのうちに調味料全然揃ってないじゃん? 市販の使った方がラクでしょ」
「ごもっとも……」
自分の家事スキル(主に料理)の低さを改めて突きつけられぐうの音も出ない。これでも大学生の頃までは飯ぐらい自分で作ってたんだぞ。……就職して時間に余裕がなくなってほとんどしなくなったが。
そこからは黙々と食べた。時々鬼村がこっちを伺うのを感じたが、俺は知らないフリをする。
普段ならコンビニかスーパーで買った弁当をレンジで温めて、食べて、ちょっと足りねぇなと思いながら食事を終える。けど今日はたっぷりと皿の上に盛られた料理に俺はついバクバクと食べてしまった。
「……センセ、美味し?」
「美味いって、さっき言ったろ」
「えへへ、うれしーからもっかい聞いちゃった」
「………」
──鬼村が小さく笑っているのが、視界に映った。
***
「ただいまーっ」
──センセーと一緒にご飯を食べたあと、あたしは一旦自分の部屋に戻ってシャワーを浴びてきた。「上がったら戻ってくるね~」って言ったら「戻ってくんな!」ってセンセーは言ってたけど……
「……?」
いつもだったら「帰れ!」とか言ってきそうなものだけど。ぜーんぜん声は聞こえてこない。部屋の奥まで行ってみると、センセーはテレビを付けたまま床に転がって寝てた。
「あれー、寝てんじゃんセンセー」
仕方がないからこないだみたいに布団まで運んであげよーかなぁとも思ったけど、しばらく隣に座ってセンセーの顔を眺めてみる。
「センセーって……目の下のクマひどいよねぇ」
──センセーを見つけたあの日、振り返ったセンセーの顔を見てあたしちょっとびっくりしたもん。すっごい疲れてそうで、っていうか、今にも死んじゃいそーみたいな顔で。
センセーと一緒にいるようになって、確かにセンセーはずーっと仕事してるし、健康的な暮らしって感じにも見えないし、疲れる理由はありそうだったけど……でもちょっと、ほんとにそこまで? って感じ。
「センセー死んじゃうのは、あたしヤダなぁー……」
呟いて、センセーが死んじゃう想像をする。
息絶えて、
目を開けなくなって、
触ったら冷たくって、
体が硬くなってって。
「……えー、本気で嫌すぎるんだけど」
ため息が出た。
センセーにはまだまだ長生きしてもらわないと。あたしこれからもーっとセンセーと楽しいことしたいし。
「やっぱ布団に連れてってあげるかー。ここで寝てたら寿命縮まっちゃうよね」
よっ、と先生を持ち上げる。すぐ近くにある敷きっぱなしの布団にセンセーを寝かせた。ってかいっつも布団敷いてあるじゃん。万年床ってやつ? カビるんじゃなかったっけ?
「……う」
「ん??」
センセーが呻いた。
何か喋ったのかと思って近づいてみたけど、どうやらうなされてるみたいだった。
「……悪い夢でも見てんのかな~」
かわいそーと思って肩をそっと揺らして起こそうとする。けど、ぜーんぜん起きない。センセーはすごく苦しそうに顔をしかめてて、息を荒げてた。
「……でもあたしは夢の中にまで助けに行けないしな~。あ、そだ」
うなされているセンセーを置いて、あたしは寝室の扉を閉めて居間のテーブルに寄り掛かって座った。スマホを弄って、メッセージアプリを開く。どこにいたっけ、あの子。
「見っけ」
ようやく見つけた子に、電話をかける。
一度、二度、コールが鳴ったらすぐに声が聞こえてきた。
『──はいはいこちら夢鑑定サービス~! 今なら悪夢食べ放題キャンペーン実施中です~!』
「……ん? 夢子ちゃんだよね?」
『あれ!? 美鬼さんです~!? ありゃりゃつい営業モードで出ちゃった。はーいこちら夢子ですよ~!』
声がでかくてついスマホから耳を離す。本当はスピーカーにして話したいところだけどセンセーが寝てるからそれもできない。仕方なくもっかいスマホに耳を当てた。
「夢子ちゃんにさぁ、ちょっと頼みたいことがあって~」
『おや? 美鬼さんが私にご依頼!? 珍しいですね~鬼って夢見ましたっけ?』
「見ないよ、人間じゃないんだから」
──通話の相手は夢子ちゃん。悪夢を食べる妖怪の『獏』だ。十五年くらい前に知り合ってそこからちょいちょい話す関係。
「あたしじゃなくってー、夢見てうなされてる人間がいるの~。見に来れる?」
『あちゃー、すみませんちょっと今動ける状態じゃなくてですね~。予約なら受け付けますよ!』
「予約ねぇ~……できれば今なんの夢見てるか知りたかったんだよねー。代々桃間が見る夢ってのが、これかもだし」
『え? 今美鬼さんなんておっしゃいました? 桃間?』
夢子ちゃんが妙に食いついて聞いてきた。なんでだろ。
「そー。今一緒にいるの」
『とーま、とーま……あーいや私は桃間の夢は食べたことないんですけどね? そういえば前に「桃間の夢をたらふく食べてる」っていう奴がいましたよ! あいつ今どこで何してんのかな~』
「桃間の夢をたらふく……? 何それ」
──桃間に関わる妖怪がいたってこと?
『なんでも小さい頃からの遊び相手で、夢を食べさせてもらってたんだとか』
「……その桃間って、桃間一樹?」
『えーわかりませんよう。人間の名前、ましてや桃間の人間なんていちいち覚えてられませんってぇ。あいつらゴキブリ並みにいるじゃないですかぁ』
「………」
『ありゃ? 美鬼さーん? 電波おかしくなったのかな』
──センセーに、獏の知り合いがいる?
でもセンセーは妖怪なんて初めて見るーって感じだったし元々知ってたっぽくないんだよなぁ。あ、人間に化けてたとか? どっかに潜んでる獏がいるってこと? でも全然そんな気配感じたことないし……。
「……あ、ごめん考え事してた」
『もー切れちゃったのかと思いましたよぉ! それでそれで、予約していきます? 実は今予約がひと月先まで埋まっててぇ~』
「夢子ちゃん今なんの仕事してんの?」
『夢鑑定サービスです! 人間って、夢にどんな意味があるのか~とか暗示なのか~とかそーゆーのが気になるらしいんですよ! めっちゃくちゃ私に合うお仕事じゃないですかぁ。一年前から始めたんですけど、結構人気あって!』
「へぇー? 儲かってんの?」
『儲かってます♪』
「そりゃ良かったね。でもあたしからお金取るの? 人間に捕まえられそうだったとこ助けてあげたのに?」
『ああー…………じゃあ、三割引き、でどうでしょ?』
「夢子ちゃ~ん」
ため息がちに名前を呼んだら、スマホの向こうで慌てた声がした。
『あーではでは! 半額! これ以上は譲れませんよぉ! なるべく早くにお伺いしますが、それでも二、三週間は待ってほしいです~』
「まーいいよ。本気でヤバそうならあたしの方でもどうにかするし。ってか、人間って夢で殺されることってあんの?」
『夢で殺される……ですかぁ?』
うーん……と悩むような声が聞こえてきた。私はテーブルの上をコツコツと指で叩く。少しして夢子ちゃんが話し出した。
『──直接夢で死ぬことは無いですね! ただ、夢だと思ったらこっち側に引き込まれてて直接殺されたーとか、あとは連日の悪夢による体力の消耗で憔悴して死亡~とかはあったりします。いやあどっちも稀ですけどね!』
「連日の悪夢……ふぅん」
ちら、と背後を見る。扉の向こうにいるセンセーはもううなされている様子はなかった。
「わかった、ありがと。来れるようになったら連絡してね」
『りょーかいです! ではではまたのご利用をお待ちしてまーす♪』
スマホから耳を離して見れば、もう通話は切れてた。夢子ちゃんほんとに忙しーんだろうなぁ。めっちゃ稼いでそ~。あたしもフツーのバイトだけじゃなくて稼げるバイトしよっかな。
「……でも今は学校もあるしー、センセーとの時間も大切だし~」
隣の部屋までちょっと這って、静かに戸を開けた。
暗がりの中に見えるセンセーの顔はさっきよりも少し苦しそうじゃなくなってる。良かった。
「……あたしがセンセーのこと、守ってあげるからね」
そう言って、戸を閉めた──。




