第28話 デート、三人で。
──夕方五時半、高校最寄りの駅前のベンチに座りスマホの画面を見つめる。
17:11『仕事終わったぞ』
17:12『じゃーあたし今から行くね。駅でいい?』
17:15『ああ、待ってる』
17:15『やった♡ センセーがあたしのこと待っててくれるとかめずらしーじゃん♪』
──鬼村とのメッセージのやりとりだ。
少しすれば離れたところから「センセー!」という声が聞こえてきた。来たか、と思い顔を上げればもう目の前にいる。
「センセ待った? てか……」
視線は俺から、その隣へと移っていった。同じベンチに座る、満面の笑みを浮かべた狗谷木の方へ。
「なんで天がいんの」
「なんか先生と一緒にいたら美鬼ちゃんに会えるって聞いたから~♪」
「あたしセンセーとデートなんだけど」
「デートするなんて言ってねーからな。狗谷木も含めて少し話がしたいだけで──」
とは言え、このままここに三人でいるのもどうかと思う。少し場所を変えるか。どこがいいのか何も思い浮かばないが。家に行くのはちょっと控えたい。……狗谷木がいるとはいえ、鬼村と密室にいるのは危ない。
「っつってもこの二人どこ連れてきゃ……」
「え、先生オレらに奢ってくれんの!? オレお好み焼き食いたい!」
「は? 服臭くなるからあたしヤダ。カフェとかが良い」
「えー美鬼ちゃん、カフェって全然お腹いっぱいになんないの知ってる……?」
「お前ら何勝手なことを……でもお好み焼きか、カフェより仕切りがあっていいかもな」
隣駅あたりに、半個室になっているお好み焼き屋があった気がする。そこならいいか。
「よっしゃー! お好み焼きー!」
「ええ~センセーあたしデートだと思ってたのに~。おしゃれなカフェとか行こうよ~」
「うるせっ、あと奢ってやんねーからな! 金は自分で出せ!」
「美鬼ちゃん、これが教師の言う台詞ぅ?」
「センセー細かいからさぁ」
「行きたくないならいいんだぞ」
そう言い放ち、俺は駅へと一人入っていった。文句を垂れながらも二人は後ろからついてくる。こんなでかい子ども俺にはいないはずなんだけどな、なんだろうこの子育てのような感覚は。
──隣駅に着き、俺たちはすぐ傍の店へと入った。扉を開けた瞬間からお好み焼きの匂いが漂ってくる。昼は大して食べてないし、丁度良く腹も空いている。俺たちは奥の席へと案内され、腰を下ろした。俺と狗谷木は向かい合い、鬼村は当たり前のように俺の横に座ってきた。
「オレ何頼もっかな~♪ 先生、ビール頼んでいい?」
「いいわけねーだろ!」
「あれれぇ? だめだった?」
「天、あんた高校生になった自覚あんの? センセーあたしサワーがいい」
「サワーも酒なの知ってっか?」
この頭の悪い二人に注文を任せていたらどうなることやら。俺はメニュー表を取り上げて端から端まで見た。こいつらどうせ何でも食うだろ。すぐさま手を上げ店員を呼ぶと三種類のお好み焼きを注文した。
「えー先生飲み物は?」
「飲み物は水で十分!」
「センセーってちょっとケチなとこあるよね」
むすっとした二人の視線を散らすように、メニュー表をパン! と閉じる。すると狗谷木は鬼村の方へ前のめりになって話し始めた。
「美鬼ちゃん美鬼ちゃん、オレね、水泳部入ったの! って昨日写真送ったけど見てくれた!?」
「見てなーい」
「先輩が撮ってくれたオレの水着写真~、見てほしかったのに~」
「誰が野郎の水着写真見たがんの?」
──そう口にするこいつは今朝俺に無理矢理下着姿を見せていたが。
「水ん中ってさ~めっちゃ気持ちいいんだよね。なんか林ん中で木に囲まれてる時とはまた違った気持ち良さっつーかさぁ~。体全部溶けてっちゃいそうみたいな」
「ふーん。てかなんで水泳部?」
「なんかいろんな部活に誘われたんだけどさ~、サッカーとかバレーとか、なんか簡単すぎてつまんない……? んで、どれもいいやーってなってたんだけど最後に見に行った水泳がおもしろそー! ってなって! 見学してる時に副顧問って人がいろいろ教えてくれたんだけど、未経験でもきちんと教えれるって言うし!」
「へー」
俺は話を聞きながら、副顧問が誰だったかを思い出そうとした。が、答えはわからない。部活関係は全然覚えていないんだ。
「オレ水とかよくわかんねーけどどうにかなるかなーと思って、試しにプール入らせてもらったら思ったより難しくて~。でもやり方教わったら結構早く泳げるようになってさ! 今日から本格的に部活参加してきたってわけ!」
「そうなんだー」
鬼村はつまらなさそうな返事をしている。いや、こいつも本当は陸上部に所属してるはずなんだけどな。狗谷木がこんなに部活楽しんでるってことは、妖怪にもかなり個体差があるんだろう。
喋っていると店員がやってきて注文したものが次々と置かれた。ひとまず飯を食おう、と思い鳴りそうだった腹を宥める。
「……なあ、狗谷木」
俺は手順通りに材料を鉄板に載せながら、狗谷木に話しかけた。
「何?」
「今朝会っただろ。小さい女の子に。知り合いだったのか?」
「ん? あー、あのチビね! 別に知り合いってほどじゃないかな。前に会ったことがあるってだけ。名前も知らないし~。そういや何であそこにいたんだ?」
「調査に来たんだとよ。俺と鬼村が先週山神と戦ったってのがわかったらしくて」
「あー、はいはいはい! めちゃくちゃどえらいことになってたよな学校前! 美鬼ちゃんがやったん?」
「かるーく金棒振り回しただけでーす」
鉄板の上で肉や生地が焼けるジュウウという音が響いている。油が跳ねて一瞬目を細めた。
「狗谷木もわかってたのか」
「わかるに決まってんじゃん。でも別にそう変なことでもないしー、気にしてなかったってか」
「あの子は向こうでの攻撃がこっちに飛んでくるかもしれない、って言ってたんだ。お前ら知ってたのか?」
俺の問いに、狗谷木は鬼村の表情を伺っていた。
「まあ知ってたけどー、滅多にないし」
答えたのは鬼村だった。
「滅多に、って……」
「宝くじくらいの確立だって~。ほんと、ごくたまーにって感じ。でもさ、こっちのこと考えてたら戦えなくない? どうやれっての?」
「それは……まあ、そういうこともあるか」
──戦わなければいい話、ではあるが。それでも妖怪側から攻撃を仕掛けてくるのなら、こっちも身を守らざるを得ない。戦わないのは無理があるか。
「あとは向こうの世界のこと鬼村は反転世界って呼んでたけど、なんか御大層な機関が決めた名前じゃテンゲカイとか言うらしいな?」
「えー何それあたし知らない」
「オレ知ってる! 転外界、ね!」
そう言って狗谷木はテーブルに指で文字を書き始めた。なるほど、『転外界』って……そう書くのか。
「天はなんでそんなこと知ってんの?」
「オレこれでも大天狗! 人間と関わることもあるし、おつとめもしてんの!」
「えーなれたんだ。知らなかった」
「なった日にちゃんと報告したよね!?」
狗谷木は泣きまねをしながらまだ少し生焼けなお好み焼きに噛り付いた。妖怪って腹壊さないのか。
「オレ~、ちゃんと何個も山も谷も管理してるし~、結構がんばってんだよ~」
「すごーい。えらいね、天」
「でしょ!?」
狗谷木は満足したのかパクパクとお好み焼きを平らげた。鬼村はちょうど良い焼き頃になったお好み焼きを切り分けて皿に載せている。
「はいこれセンセーの♡」
「おう、サンキュ。……天狗ってなんか……偉い職業なんだな?」
「いや職業て! 生まれだから! 先生おもしれーこと言うね~。先生ももしかして生まれた時から先生だったのか?」
「いや、そりゃ違うけど」
「オレたちは~、自分の生まれに従って生きてるだけ~。それが誇りだし、楽しい。で、オレは強い大天狗様だから! いつか桃野郎、てめーをぶち殺っ……むぐ」
鬼村の手が伸びてきて、狗谷木の口にはしっかり焼けているお好み焼きが詰め込まれた。
「むっ、もっ、もぐっ、もぐもぐもぐ」
「天、おいし?」
「うん、美味しい♡」
「じゃあセンセーに殺すとか言っちゃだめだよ」
鬼村の口元は笑っているが、目は笑っていない。ひやりとしたものを背中に感じて俺は咳払いをした。話題を変えよう。
「それで、そのー……前に鬼村が言ってたろ。同時にあっちの景色も見える~とかなんとか。今朝あった女の子に、向こう側の見方ってのを教えてもらったんだよ」
「へー? センセーできたの?」
「いや、やっては見たけど、一部しか見えなくって」
俺は鬼村が切り分けてくれたお好み焼きに噛り付いた。美味い。たまにはお好み焼きもいいな。
「あー、そうなんだ。じゃあさ、これでどう?」
──突然、鬼村の手が俺の顔目掛けて伸びてきた。
「!?」
気を抜いて食事していた為、俺は咄嗟に動くこともできず、口の中にお好み焼きが入ってる為叫ぶこともできなかった。
鬼村の指先が、俺の左目上下の瞼を指で押さえ、無理矢理開こうとする。
「!! ~~~っ!!!」
俺は声にならない声を上げながら鬼村を押し返そうとした。だが、力で勝てるわけもなく。
俺の左目に、
鬼村の唇が近づいてくる。
「……っ!!!」
──ふうーっ……
息が吹きかけられる。
目が乾く、とかそんなことはなく。
ただそれだけで鬼村は俺から離れ、浮いていた腰を下ろした。
「……視える?」
鬼村に言われ、わけがわからないながらも今朝教えられたように辺りを見回してみた。左目で見える世界が、赤や紫色交じりに見える。それに、店もない。俺たちは何もない場所に座っていた。
「………」
「センセーが自分から視えるようになったって言うから、ちょっとお手伝いしてあげちゃった。良い感じ?」
「視える……けど、これ、もっと前からできるようにしてくれればよかったんじゃないのか?」
これがあれば、突然湧いて出てきたような敵も、前もってわかっていたかもしれないのに。
「あーだめだめ、センセーが自分で視えるように体使ってくんないと、あたしが何したって無駄だって~」
「そうなのか?」
「でもあんまし見てるときっと疲れちゃうよ~。慣れてないじゃん」
向こう側が見えていた視界に、鬼村の赤い掌が上から降りてくる。ゆっくりと俺の瞼が下ろされ、次に視界が開けた時には元のお好み焼き屋店内の中に、狗谷木と鬼村が見えた。
「……ずっと聞きたかったんだけど、お前らってあんなに毒々しい色の世界に住んでんの?」
ふと、疑問が口をついて出た。
妖怪はこんな世界に生まれるのか。
淀んでいそうな空気は、苦しくないのか。
いろいろと思うことはあったが──
「「何言ってんの?」」
二人の反応は、俺が思うものと違った。




