第124話 離・Cycle
静まり返った室内。
私の前で動く世界。
透明な硝子玉の中に浮かび上がるそれ。
人差し指で突いてみたくなるがそれは禁止事項。
先ほどの決議内容を振り返ってため息を吐いた。
つまらん。
全くつまらん。
「はあ~~ああ~~」
「ため息吐いてる場合じゃないですよ、取り掛からなくていいんですか?」
「気が向かないんだよ。上は今回の終結目標を疫病ENDって勝手に決めてさ。<細菌・記憶保有庫>のON-1から引き剥がした細菌増殖体K-1をM-00保有体と駆け合わせてどかーん、なんてこと言うんだよ?」
「一番丸く収まるやりかたじゃないですか」
「丸く収まるだの手数が少なく済むだの全時間体制監視を行わなくて済むだの君も上もつまらん! もっと具合の悪くなるような体の使い方をしろ!」
「そんなこと言うの先輩だけです」
私の後ろに立つ後輩くんは同様に硝子玉の中を見つめると興味深そうに唸った。
「ここの量子の増え具合、異常じゃないですか」
「そうとも。それが上の悩みの種だ」
「これって最終的にどうなる計算なんです?」
「これが大部分の変態、異常化、並列化、多くの権限を持ってしまうんだな。内部から見れば、神様になるってことだ」
「偶発的に管理者権限を得るってことですか?」
「偶発的にねぇ……」
私は笑う。
後輩くんは珍妙な顔をしていた。
「何度も言ってるだろう、この世界の生物たちはちゃんと意識を持って動いているんだ。いくらここが<事象確定実験部署>だとしてもだ」
「今までは一切不具合は起きなかったじゃないですか」
「今まではね」
「はあ……先輩がうっかり世界を揺らしたから」
「そうそううっかり。君だってあるだろう? 世話する金魚の鉢に餌を入れようとしておっとうっかりどんとぶつかって水面を揺らすことが」
「金魚なんてものも鉢なんてものもここには存在しません」
「冗談の通じない奴だ」
肩をすくめる。
硝子玉を覗く。
悲鳴が聞こえた。
「上だって先輩の尻ぬぐいをするために即効薬の投入を決めたっていうのに」
「いやいや、そこで発生したイレギュラーはそれこそ私のせいではないんだよ?」
「元はといえば先輩が悪いんですからもう全部先輩が悪いんですよ」
「君は私にいつも辛辣だな。はあー……ま、どうせ壊れゆく運命の世界ならさ。ぱーっとおもしろいことしようじゃないの。ねぇ、後輩くん。君だって私の考えがわかるだろ?」
「わかりたくありません。僕はただの一般観察者です」
「私だって何の位も持たない一般観察者さ。でも──」
硝子玉の中に、溶け込むようにピンセットを突き刺す。
とある物質を摘まみ、一部を薄く剥がすようにした。
目視ではわからないが、数億倍に拡大されるレンズを通してそれが変形していく様子を捉える。
「──名もなき登場人物になることも、また、可だ」
ピンセットは硝子玉の世界から引き抜かれる。
正しい操作を終えた私に後輩はほっとしたようだった。
「とにかく、先輩は上が決定した指示通りに誘導・観察してくださいよ! じゃないと僕の方にまで仕事が押し付けられるんだから……」
「有能な後輩がいて嬉しいよ。私は好き勝手やれるんだもの」
「やらないでください」
「わかったわかった! もうあとは手を加えることはないさ! 君は自分の持ち場に行って結構!」
「厄介な方だよ本当」
後輩くんは悪態を吐きながらも私の元から去っていった。
そして私は硝子玉の中の世界を覗き込む。
引き剥がしたそれは想定通りに自立し動き始める。
あとは観察を進めるだけ。
でも、だ。
上が決めた世界を観測するだなんてつまらないもの私は見たくないのさ。
ハプニングでスリリングな先のわからない物語の方が誰だって楽しいだろう?
だから少しだけ決議には無かった誘導をする。
現在この中の時間から計算して、<即効薬>であったはずのM-00が必要とする化分子の大きさ、それを集めるのにかかる時間、それらを計算すればどの量子が当たりになるかはわかっている。
時間操作は禁忌だ。が、好奇心の前じゃそんなものは無意味だね。
ここにいる観察者の誰も彼もが全ての世界は我々の掌の上だとでも思っているだろうが、そんなもの糞食らえってやつさ。
世界はいつだって生ものだ。私達があずかり知らぬ間に成長や腐敗へと進んでいく。
私はこの世界が自分の意思によってどう成長するか、または腐っていくかが見たいのだ。
まだ誰も見たことのない世界を観測したいんだよ。
「さあさ、これからどんな世界へと変わっていくのか私に見せておくれ……」
この世界を恐れ、一人進む彼女に、希望か絶望どちらかとなる彼への道を示した。
「──鬼さんコチラ、桃なる方へ!」




