第122話 災害後
いつもは電車で通っていたバイト先までの道のりを、今日は歩いて進む。歩いて、って言ってもちょっと近道っていうか、災害の影響で通行止めになってるとこもあるから、屋根伝いに走ったりもするんだけど。
交通ルールってのには気を付けるけどさ、まあもうあんましあたしの正体とか気にしなくていっか、ってなってる。だってあっちにもこっちにも妖怪うじゃうじゃいるんだもん。向こう側で暮らしてた妖怪がこっちに引きずり出されて~ってのももちろんいるけど、なんだかんだ言って元々人間の傍で暮らしてた妖怪もいっぱいいるんだよね。
だから「あんた、妖怪だったのか!」なーんてことがいろんなとこで起こってるみたい。そーゆーの、迫害? されたりすんのかなって思ったけど、思ってるより人間って頭が柔らかいのか「何となくそんな気がしてた」なんて受け入れてたりして、ちょっとびっくり。そんな気がするとかある?
あ、でもどっかのめちゃくちゃ掃除行き届いてる銭湯の従業員に『垢嘗め』がいたらしいんだけど、経営者は大喜びだったとか。……でもそいつ一人に掃除任せて人件費削減~とかならないといいけどね。垢嘗めが他のもっと汚れてる施設に転職とか全然有り得るじゃん。そーゆー人間対妖怪の働き方問題とか結構いろいろ出てきそうだな~って夢子ちゃんとお喋りしたんだけど……
「あれ、店長だ」
バイト先のカフェに到着、と思ったところでお店の前に店長が出てきてるのが見えた。外に置いてる看板を拭いてる。
驚かせないように建物からストンと静かに降りたつもりだったけれど、突然後ろに現れたあたしに店長は「わ!」と大きな声を上げた。
「鬼村さん!」
「あーごめんなさい、驚かすつもりなかったんだけど」
「いや、大丈夫大丈夫!」
笑ってそう答える店長、でもその笑みはどこか硬い。それをわかっていながらも、あたしはバイトの制服が入った紙袋をそのまま店長に渡した。
「急ですみません、あたしバイトやめます」
「え……」
店長は紙袋の中身を上からじっと見つめた後、それを受け取った。そして何か言いたそうに「あー……」って、迷いながら苦笑いした。やっぱ急にやめるとか言ったから困ってんのかも。
「……お店って、もう開けるんですかー?」
あたしは地面に置かれてる明かりが点く看板を見て言った。今店長が拭いてたやつ。
「うん、うちの建物は被害そこまで出てなくてね。まあ店の中は物とか落ちて結構大変だったけど、あるもので営業はできるからちょっと開けてみようかなって」
「ふーん。バイトとか連絡取れたんです?」
「それはこれからかな。まあそこまでしっかり営業もできないだろうから、僕一人で回せる程度にね。コーヒー一杯飲んで落ち着きたい人もいるかもしれないし」
「へぇー」
「……あの、テレビで見たんだけどさ、鬼村さんってその……『鬼』だったんだねぇ」
店長は困ったような顔をして言った。テレビで、って言うのはあのヘリコプターから中継してたあれのことだと思う。夢子ちゃんも言ってたけど、最古の鬼と戦ってる最初の方はテレビ中継されてたって。あたしとか天とか、なんならセンセーもがっつりテレビに映ってたらしい。
「やっぱわかりました?」
「まあ……肌の色とか角とかは別にしても、顔でわかったよ。あと高校の制服着てたしね」
「えーなんかごめんなさーい」
「もしかして、だからバイトやめるの?」
「うんだって迷惑かかるかもだし。ヤじゃないです? 鬼が働いてるとか」
「う、うーん……」
店長はしばらく唸ってたけど、ちょっと笑って肩を竦めた。
「びっくりはしたんだけどさ、僕としてはバイト中の真面目に仕事してる鬼村さんしか知らないし。何だったら結構力仕事もしてくれたから助かってたわけでね」
「あー、ね」
「でもまあ、そっか。鬼っていうのを隠さなくて良くなるなら、もっと力のいるバイトにするってこと?」
「えー別にそれは決めてないですけどー。一応復興作業の手伝いとかお父さんからもやれって言われてて~」
「お父さんも鬼なの?」
「まあ~」
「そりゃそうか」
店長は何が面白かったのか「ははっ」と笑った。まあ親とか子どもがいる妖怪は珍しいもんなんだけど、その辺りは話すとややこしいし黙っておく。
「あーでもー、あたしお店のケーキとかめっちゃ好きだったんですよー」
「そっか、嬉しいな」
「だから、バイトはやめとくけど……また食べに来たいなとか」
「もちろんおいでよ! あ。……というか、制服も置いておくからいつでも戻ってきたらいいよ。確かに鬼村さんがここでこのまま働くと今後何か言われることもあるかもしれないけど……でも、別にテレビに映ってたのは化け物と必死に戦ってる姿だったし、鬼村さんを怖いと思うようなことじゃなかったよ。だから、いろいろ落ち着いたらまたおいで」
「マジ?」
「大マジ」
「あは、ありがと店長!」
あたしは一歩離れて店長に手を振ると、「んじゃーバイバイ」ってお別れをした。びっくりさせちゃいけないから、ちゃんと普通に歩いて元来た道を戻る。
──そう、テレビ中継されちゃってたんだよね。
だからあたしとかまあ多分天も? 学校の人とかが見たらフツーにバレちゃってんじゃないかなって。それ考えると、学校また通うとか厳しいんじゃないのかなーって思う。けど、どーなんだろ。たまたま会った高校転入手続き担当してくれた狢のおばちゃんからは「多分大丈夫よ~」なんて言われたけど。
「まーあたしら以外にもいろんなとこで学校通ってる妖怪いるだろうし、どこもみんな困ってそうだけど~……ん?」
何かが聴こえた気がして立ち止まる。よくよく耳を澄ませば、あたしの名前を呼ぶ声が聴こえた。
「ミキ~~!!」
振り返ると、そこにいたのはすっごい息切れしてる凛菜と、追っかけて走ってきた愛結。二人ともジャージと運動靴って格好なのは、多分まだそのへん瓦礫とかもあって危ないからだ。……愛結の家は確かこの辺だけど凛菜は違ったはず。なんでいるんだろ。
「ミキ、あんた大丈夫!?」
「え」
愛結はなんかすごい怖い顔であたしの肩を掴んだかと思うと、ぺたぺた体を触り始めた。何? 身体検査? かと思うと凛菜が泣きそうな顔であたしの腕を掴んだ。
「ミキたちがぁ、新幹線の中から急に消えちゃったあとにぃ! しばらくしてテレビに桃間先生とミキっぽい子が映ってるって騒ぎになってぇ~!!」
「……そっちでもテレビ中継見れた感じ?」
「停電で長いこと新幹線の中缶詰だったからさ、暇つぶしにネット見てた奴とかが見つけて」
「ネット繋がったん?」
「まあね」
騒いでる凛菜をよそに、なんかひとしきりあたしの身体を触り終えた愛結は「怪我ないの?」と聞いてきて「あたし頑丈だし」と返した。
「ミキ全然普通の人間じゃん、なんであんな鬼みたいなんになってたん?」
「ええ~あっちがほんとの姿っていうか、これは人間の姿に化けてるっていうか」
「すご、マジでどうやんの。特殊メイクみたいなもん?」
「全然違うって」
「ねぇ狗谷木くん! 狗谷木くんは!?」
「はあ?」
愛結との会話に割り込むようにして、凛菜が『鬼気迫る表情』みたいな顔で聞いてきた。あまりの食いつきっぷりにびっくりする。
「天? が、何? どしたの。あいつは元気だけど……あ、そっか」
──そうだった。
凛菜は一回天狗の姿になった天のこと見てるんだった。しかもすごく怖がってたはず。……なんだけど。
凛菜の表情はみるみるうちに輝き始めた。
「狗谷木くん! すごくない!? めっちゃ空飛ぶじゃん!! びゅんびゅんって!! てかなんか手に持ってるのでこうやったらさぁ、雷ばんばん落ちてくるし!? しかもいっつも学校じゃへらへらした感じなのに~、真剣な顔してるのとかほんと、無理! 何! ちょーかっこいいじゃん!!」
「かっこいい??」
真剣な顔ったってお面のせいで顔下半分しか見えなくね? ってツッコミはあたしじゃなくて隣にいる愛結がしてた。でも凛菜は「半分しか見えないからミステリアスでいいんじゃん!」って反論してた。何それ。
「……怖くないの?」
何かいつも通り騒いでる二人を見ながら、あたしは訊いた。
だって、そうじゃん。
学校でフツーに喋って遊んでた相手がさ、実は鬼や天狗でしたーって。ありえないだろうし、騙されたってならない? ムカつかない? なのに──
「いやめっちゃビビッたよ、ね?」
「ほんとほんと! でもさ!? あーミキってば鬼だからあんなに足速いとか握力激やばとかだったのかーって思ったらさぁ、なんかもう……だよね!? って!」
「だよねか~」
「んー凛菜の言うことにも同意だしさ、なんつーかもう、ミキ以外にもめっちゃいるじゃん。ほら」
愛結はそう言うと、道路の方に顔を向けた。普段だったら車の交通量が多い場所。今は災害後っていうのもあって、車の数自体は少ない……んだけど、その中に片方だけの車輪を回すようにして走っている『輪入道』や、燃え盛る火を纏いながら走る『火車』がいた。なんか普通に信号待ちしてる。
道路だけじゃなくて、道端を二足歩行で歩いてる狸の大家族がいたり、住んでた家が多分地震で壊れちゃったのか新しい家探しをしてるっぽい『家鳴り』なんかもいた。小さい妖怪はうっかり蹴とばしちゃいそうで危ない。
「もうさー、修学旅行の帰りから急に現れだして最初見た時みんなパニックだったけど。正直三日も経てば見慣れた」
「あー」
愛結の言うことももっともだと思う。どんだけ怖い見た目でもその辺に普通にいれば見慣れるか。
「あれと比べればむしろどんな奴かわかってるミキが鬼だった、なんてのは……まあ、そういうこともあんのかって感じ」
「そういうこともって…………あはは、なにそれ」
急に笑いが込み上げてきて、あたしはお腹を抱えて笑った。最初はきょとんとしてた二人も、そのうちあたしと一緒になって笑い始めた。なんでか涙が浮かんで、あたしは目尻に溜まった水分を指先で拭い取る。
「はあー……なんだ、心配して損した。あたし、どうせ学校やめればみんなに会わなくなるし、まー嫌われてもいっかなーとか思ってたんだけど……」
「「は!? 学校やめんの!?」」
愛結と凛菜の声が揃う。二人とも意味わかんないみたいな顔であたしを覗き込むようにしたから、うっかり後ずさりした。いつもより圧が強いんだもん。
「えーなんでなんでぇ!? やめるってあと一年ちょっとじゃん! 最後までいなよぉ」
「そうだよ、なんかやめなきゃいけない理由とかあんの?」
「理由ってか……むしろいていいわけ?」
あたしの問いに、二人は顔を見合わせて……首を傾げた。
「え、わかんない。ダメなのかな? てか鬼って卒業後何すんの? 就職?」
「つーか卒業したら桃間と結婚するとか言ってなかった?」
「そうだよ! え、てかてかぁ桃間先生は人間なんだよね? あれ!? もしかしてミキって鬼だけど人間と結婚するの!? じゃあ凛菜も狗谷木くんと結婚できる!?」
「ごめんミキ、凛菜ってばもうこないだからずっとこれで」
愛結が呆れた顔をしたら、凛菜はむっとして頬を膨らませた。それから腰に手を当てて仁王立ちのまま話し始めた。
「あのね、初めて狗谷木くんが変身したの見た時はわけわかんなくってほとんど一瞬だったし狗谷木くんって一体何なんだろうってぐるぐるしちゃったよ。それはほんと。でもさ、テレビ越しにしっかり狗谷木くんのこと見たらさ、こう、胸がぎゅーって、めっちゃくちゃ苦しくなったの。これ完全に恋でしょ!? せっかく好きって凛菜の中で確定したのに狗谷木くんに会えなくなったら困るのぉ! 狗谷木くんはミキ追っかけて転校してきたんだから、ミキがいなくなったら狗谷木くんもいなくなっちゃう~~!!」
凛菜の様子に愛結は頭を抱えた。隣でずっと狗谷木くん狗谷木くんって言い続ける凛菜に付き合わされてた愛結を想像して、あたしは苦笑いする。
「天はやめといた方よくない? あの子いろいろバカだよ?」
「いや、私も言ったんだけどマジで凛菜諦める気なさそうでさ」
「もー二人とも狗谷木くんバカにするのやめてぇ~!! 狗谷木くんはちょー優しくて強くてかっこいいの~!!」
それ半分妄想じゃん、って感じだけど凛菜が楽しそうだからもういいや。
で、なんであたしがたまたま二人と会ったのかってゆーのは……災害が起きてとりあえず学校も休みになってどうしたらいいか全然わかんない中で、二人であたしに会いに来ようとしてたんだって。アパートの住所は一応教えてたから。
──「会って確認したかった」って。
あたしがちゃんとあたしか、って。
意味わかんなかったけど、多分、「悪い奴じゃないか」とかそういうのかな。見てわかるもん? って思ったけど……きっと、わかるのかも。高校に行くようになってから、なんだかんだあたしら三人ずっと一緒にいたし。だから、そこでようやくわかったんだ。
そっか。
友達ってこんな感じなんだって。
***
「……それで言ったらオレもじゃないの? ずっと一緒にいるじゃん」
「あんたはほぼ弟」
──二人と「また学校で」って別れた後に線路沿いを歩いてたら、太陽が少し傾き始めた空から「タクシー乗ってく~!?」と声を掛けられた。見上げれば天。もう少し早く会ってれば凛菜が喜んだのに。タクシーなんて言うから乗れる系の妖怪でも連れてくるかと思ったら天があたしを抱えて飛ぶって言いだしたから、却下した。で、さっさと帰ればいいのに人間の姿に化けてあたしの横を歩いてる。もういちいち化ける必要も無いのにさ。
「美鬼ちゃんはさぁ~」
「んー?」
「災厄っていう役目が無くなったわけじゃん」
「うん」
そう、桃太郎が消え去ってからあたしはあたしの本質である災厄が身体の内側から消えていくのを感じ取った。そして、今後災厄の象徴として鬼が生まれることもなくなることを、直感的に理解した。なんで、っていうのは何もわからないけど。ただ、あたしら鬼はそういうものを背負わなくてもよくなったみたい。
「だからさ、オレも最初は美鬼ちゃんを監視するって目的で作られたわけだけどー……それが無くなったわけ」
「そっか」
「あ、でもね!? 親父たちと話したんだけど、そもそもオレって<天狗>じゃん!? だから役割が一つ消えても、オレの存在意義ってのは残るっぽいんだよね。だからー……もうこれからは、オレの好きにしていいってわけ」
天は少し小走りで、あたしの前に来て立ち止まった。
あたしを見下ろして、どこかほっとしたような笑い方をしてる。
そんな表情を見上げながらあたしも頬が緩んだ。
「……じゃああたしの近くにいる必要ないわけだ。学校やめんの?」
「ううん、やめない! 勉強はまあめんどっちいけどさ~、それでも友達とか部活とか、やっぱおもしれーし。言うてどうせあと一年っしょ? んなの一瞬じゃん! 親父からも戻ってこいとは言われなかったし~最後まで高校生ってのしてみるよ。まーあと、やっぱ人間と同じ学校通ってみたいって妖怪もまだまだいるっぽいし、今までそういう経験ある奴らからいろいろ情報まとめて、狐狸狢界変サービスの方でも大っぴらに人間の学校入学コースなんての作ろうとしてるらしーよ」
「変なこと考えるの好きだねーあいつら」
「あ! てか今話逸らそうとしたっしょ!? オレが言いたいのはぁ~……
このあとオレがちゃんと美鬼ちゃんのことすっげー好きになる可能性あるから!
そこんとこ覚悟しててよねってこと! じゃーね!」
──バサッ!! と黒い翼が天の背中から生えた。
大きな手で顔を覆えば、目元を覆う天狗の面が現れる。
羽を動かしてあっという間に飛び立つと、天はあたしに手を振って行っちゃった。
「……覚悟ね~。覚悟しとかなきゃなのは、あんたの方だったりするかもよ~」
もう聴こえないとは思うけど、小さくなってく天を見上げて呟いた。
てかあたし、センセ一筋って何回も言ってんじゃん。
凛菜の恋の方応援するに決まってるよ。
「てかそっちの方が全然面白そうだし~」
周りに知り合いがいないのを確認して、あたしも地面を蹴って青い空へと飛び出した──。




