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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第六章 災いと約束

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第117話 みうつし


 目も開けられない程の強い風が吹き荒れた。

 うっかりすれば体が吹き飛ばされていってしまいそうな程の。


「センセ!!」


 鬼村の叫び声に俺はどうにか目を開けた。俺達の周りを取り囲むように竜巻が起こっている。風に乗って飛んでいるのは、先程切った最古の鬼の身体。他の妖怪たちが攻撃した際に飛び散った肉片も一緒になって宙を舞っている。それが渦を巻くようにして、一直線に、刀へと飛び込んでくる。


「……!? なんだ、飲み込んでる……!?」


 光り輝く刀身が、

 鬼の肉片や大きな塊を一息に吸収していく。


 一体どうしてそんなことになっているのかわからないが、

 目の前の刀は先ほどまで暴れていた鬼をあっという間に平らげると、


 しん……と静まり返った。


 俺も、

 鬼村も、

 そしてその場にいるどの妖怪もその刀を見つめた。


 空は晴れ渡り、青々とした色が広がっている。

 この澄み切った空気の中──



 刀は一人でに浮き上がり、


 その刃の表面から手が飛び出してきた。



「!!」



 俺はすぐ傍でしゃがんでいた鬼村を庇いながら後ずさった。

 隣にいる犬《まろん》は唸り声こそ上げはしなかったが、全身の毛を逆立てている。


 飛び出してきた手の次にはもう片方の手が、

 そしてまるで狭い路地から這い出して来るように人間ひとりがそこから姿を現した。



 黒髪を高く一つに結った


 武士然とした格好をした時代錯誤な男が。



 ガシャン、と音を立てて刀が地面に落ちた。それを拾い上げ、男は確かめるように刀身を眺めると「うん」と一つ頷き……俺にその切先を向けた。


「よお、私のみ(・)う(・)つ(・)し(・)」

「み……うつ、し?」


 何のことかわからず俺がただ言葉を繰り返すと、鬼村が俺の前へと出た。


「その刀下ろしてよ! センセーをどうしようっての!?」

「ははっ、主人の身を案ずる家来《ペット》か? 鬼のくせに面白いものよ」


 男が瞬くと緋色の瞳が輝いた。

 俺は思わずごくりと喉を鳴らす。


 この男は──


「これまでに何度も話してはいるが、ちゃんと顔を合わせるのは初めてだろう。私は桃間《とうま》正義《まさよし》、お前の祖先であり……お前の新たな体の持ち主だ」

「は……? 体の、持ち主?」

「いや、だ(・)っ(・)た(・)、だな」


 そいつは鼻で笑ったように息を吐くと、しゃがみこんで鬼村の後ろにいる俺と目を合わせた。


「私はこれまで長い時間をかけ、力を蓄えてきた。たくさんの写《うつ》しによってだ。種が新たに増えれば増えるほど、吸い上げる力は私の糧となっていった」

「写し、ってのは子孫のことかよ。桃間がどこも兄弟が多かったり外でまで子ども作ってたのは、もしかしてお前が強制的にさせてたってことか!?」

「私が作った者たちだ。どう使おうと何の問題がある?」

「問題しかねーだろ!」

「活きの良いことよ、先程の攻撃を喰らって尚ここまで大声を上げることができるのならばこのままお前に入ってもよかったかもしれんな。……すでに用済みではあるが」

「どういうことだよ!?」

「お前はただの身移《みうつ》しよ」


 桃間正義の手が、俺の顔を掴んだ。


「!?」

「力を備えた私が入る為に用意した器。この体を手に入れれば全てが計画通りだった。だがしかし、今やその必要もない」

「何を、言って……」


 全身の力が抜けていく。


 何かが奪われていくみたいに。


 助けを求めようにも声は出ない。


 いや、傍に鬼村がいるってのに何で何も反応をしないんだ?


 まろんだって。すももにあんずも。


 ……それに、やけに静かだ。


 あれ


 俺とこいつ以外


 誰も動いてな────





 ──ドサッ……



「センセ!?」


 鬼村が慌てたように振り返った。その瞬間時計が動き出したかのように他の妖怪たちの声や風の音が聞こえ始める。俺は全身の力が抜け地面に倒れた。


 今のは、何だったんだ。


「……お前に集約していた力は全て返してもらったぞ。今や私にはこの強固な体がある。この、お前が今までに斬り、そして鬼の力を吸収したこの体が」

「……吸、収……?」

「もっといろいろとたくさん切ってくれれば良かったんだがなぁ。小さな寄せ集めの妖《あやかし》と、大したこともない化け狐の腕のみとは。何度か鬼の妖力も吸い取ってはいたが。しかし最後に大きなものを切ってくれたおかげで私一人の身体を得られる程十分なものとなった。そこは感謝しておいてやろう」


 桃間正義が立ち上がり誰もが次の挙動を警戒する中、そいつは深く息を吸って……吐いた。





 ────ドン!!!!!!!



 一瞬にして風圧が襲う。

 桃間正義を中心とした広範囲へだ。

 近くにいた妖怪たちが風に煽られる。

 島の周りにある水が急激に外側へと波打っていく。

 空を飛んでいたヘリコプターは回転しながら弾き飛ばされていった。


 唖然としながら俺はそいつを見上げる。


「長い、長い、長い間私はこの刀に身を預け息を潜めてきた。しかし体は脆くなっていく一方。ほとんど魂だけと成り果てたが、ようやく今が祝すべき時だ。この世に正義《せいぎ》が戻ったのだから」




 ***


「──鬼が消えたわ」


 静まり返った鬼ヶ島を見つめて、私や攻撃待機している陰陽師、そして機関の職員たちは黙り込んだ。


 最古の鬼が体の再構築を終え暴れ始めた頃、急に妖《あやかし》たちが集まって一斉に攻撃を始めた。あまりにも急だった為に私たちは最初見ていることしかできなかった。大天狗たちは攻撃にこそ加わっていなかったけれど、妖怪たちのサポートをするような動きを見せ始めた。私達人間はただ、何もできずに見ているだけ。


 動きの鈍っていた桃間さんがある時を境に最古の鬼をあの刀で切ったのは見えていたわ。妖怪を消滅させるという刀だもの、理にかなった行動よね。そして大昔の封印と同様に両脚、両腕、そして胴体、頭と切り離していったのち──大風によって巻き上げられた最古の鬼の身体すべてが、何かに引き寄せられるようにして、そして消えた。見てはいたものの、それが一体どういうことだったのかわからない。離れているせいもあるけれど……。


 それに、

 今はもう一人、人間がそこに立っている。


 刀が光ったと思ったら、気づけばそこに人間がいたのよ。しかも、かなり古い時代に生きているような人間が……。


「あれはまさか、桃間の一代目だっていうの?」


 私の疑問に、誰も答えようとはしなかった。ただ、息を呑んで鬼ヶ島の様子を見守っているだけ。ただ一人、呆れたような声だけが私に答えた。


「せやね、あれがみーんなが知っとるももたろさん。そやけどあれじゃあ……鬼と変わらんねぇ」


 人の姿をしていた闇狐が、一瞬にして炎に包まれたかと思うと大きな化け狐へと変化した。表情はまだ笑っているように見えるものの、喉の奥はグルルルルと唸っている。

 私は桃間の一代目を見つめた。確かに、あの男には狂暴なまでの妖力が宿っている。ただ、妖の持つ力とは少し違うようにも見えるけれど。


「──あの人は、一体何になろうとしてるんだ」

「……ハルくん?」


 隣に立つハルくんは眼鏡を外して、青ざめた顔で桃間の一代目を見ていた。私にはわからないものが、ハルくんのその眼には見えてるのかもしれない。


「警戒対象だった最古の鬼は今はいない。これからどうするべきなのかしら。何か機関からの指示は?」

「それが……さっきから電波が通じないんだ」

「え?」


 遠くの方にいた深山さんがこっちに向かって走ってきた。他の職員もいるみたい。


「倉橋くん! だめだ、天狗たちでさえ他と連絡が取れないらしい……」

「そんな」

「どういうことよ、電波の次はテレパシーも使えないって……今何が起きているの!?」


 冷や汗を流す深山さんに、私は苛立ちから声を荒げてしまった。感情のぶつけどころがわからずに彼へと詰め寄ろうとした時──ぐらぐらと足元が揺れ始めた。


「……っ、また地震!? 鬼が消えたんだから地震も収まったんじゃなかったの!?」


 苛立ち──いえ、今度は不安感から私は大声を張り上げた。怖いという感覚が全身を支配していたのよ。その時、視界の端で捉えたものによって地震の原因がわかった。鬼ヶ島が、崩れ、水の中に少しずつ沈み始めていた。


 島の方から何かが聴こえる。

 何か、そう、

 人の声……。


 まるで高らかに笑うような。



 全身に鳥肌が立つ。

 桃太郎と……『鬼を討った正義《せいぎ》』と呼ばれる人間と目が合った気がしたの。


 その、狂乱に満ちた瞳と──。








「……ん、しょっと! お、鬼ヶ島ってぇ、ここで合ってますかー!?」


 若い女性の声が聞こえてハッとした。私が振り返ったのと同時に、他の陰陽師や機関職員たちも振り返る。そこにいたのは……丸眼鏡をかけ、頭や服にたくさん葉っぱをくっつけている、どんくさそうな女性だった。


「あ! 今どんくさそうって思いました!? そりゃそうですよう、私運動できるタイプの妖怪じゃないんですから~」

「妖怪?」


 言われてよくよく見てみれば、確かに彼女は妖だった。悪夢を食べるという妖──その名も獏《ばく》。


「テレビ中継が見れなくなったんで、やっぱり私も役に立ちたくて急いで来たんです! 戦える妖怪じゃないですが、私だってもっと役に立つとこ美鬼さんや大天狗さんたちに知らしめてあげたいですからね! そんでもって、平穏なこの世でまだまだお金儲けさせていただきます!!」


 女性の周りを紫色の怪しい煙が取り囲んだかと思うと、その姿は膨れ上がった風船のように丸い獏へと形を変えていった──。



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