第112話 緊急停車
「あれ、桃間先生も朝飯食べてる!」
ホテルの朝食会場で俺が座っている席を通りがかった狗谷木が声を上げた。いつもどおりでかい声だが、朝からお喋りに夢中な生徒たちが充満しているこの空間じゃ然程気にもならない。
「しかも美鬼ちゃんと!」
「……先生方だって交代で飯食うっつの」
「美鬼ちゃんと食べてるのは何で!? 無視!?」
狗谷木は大量にパンやらおかずやらフルーツやらを盛り付けた皿を載せたトレーを俺の前の席に置くと勝手に座り始めた。
「なんで天まで座んのー。せっかくあたしら二人きりでご飯食べてたのに」
「お前も勝手に隣座っただけだろ」
鬼村の文句にすかさず俺が口を挟むがこっちを見向きもしない。昨夜のこともあってさらには普通に引率としての仕事もあり寝不足の俺は、少しばかりの飯を食いながら欠伸を噛み殺した。
「センセーもっと野菜食べた方がいいよ~」
「え! 先生もしかして野菜嫌いなん!? 子ども~!」
「食ってるだろうがよ!」
皿の上に乗っているサラダを一口で食べきると、クロワッサンを口の中に突っ込んでコーヒーで流し込んだ。なんでいちいちこいつらに見られながら飯食わにゃいかんのだ。
「あーねぇねぇオレ桃間先生に訊きたいことあってぇ」
葉物の生野菜とウインナーソーセージを大量に口に含んだ狗谷木が二、三度噛んだだけで飲み込んだあと、俺をじっと見つめた。
「なんで桃間先生って妖怪が攻撃できんの?」
簡潔な問い。
別に難しい言葉は使われていないが、俺は首を傾げた。
「攻撃、できる?」
少し考えるように目を伏せ、思い返してみる。なんで攻撃できるか。どういう意図で聞かれているのか何もわからない。
「どういうことだ?」
「桃間の人間たちってさぁ、なんかすげー力で守られてんだよ。ずっと昔からさぁ。すんげー良い匂いがしてふらふら~っと近づきたくなるんだけど、そうそう近づけないっていうか。で、基本攻撃もできないんだよ。桃間を食べれば強くなる~みたいな噂が流れた時に桃間の一族があっちこっちで襲われた! なんてこともなかっただろ? ほら、センセーの親とか兄弟だって元気なわけじゃん? でしょ?」
「え……ああ……そういやそうか。本来は俺だけが狙われるってことでも、ないわけか」
今更かもしれない当たり前なことを気づかされ、俺は眉間に皺を寄せた。前に、最古の鬼が封印されたことで鬼は桃間を攻撃できない、みたいな話は聞かされたけど……他の妖怪については何も聞いてなかったな。それに今は多分、鬼の封印がいくつも解かれて鬼も俺を攻撃できるんじゃ? あれ? 鬼って封印何個あんだっけ?
「そーいやあたし小さい時のセンセーの腕掴んだ時、バチって痛み感じたから……あの時はセンセーも守られてたってことだよね」
「そうなん? てか小さい時先生に会ってんのどーゆー状況? オレ聞いてない」
「あーでもあん時は多分最古の鬼もまだ全部封印されてた時だろうし、あたしの攻撃が入らないってのは別かぁ……」
「ねぇ美鬼ちゃん無視!? オレ聞いてない!」
唸り考え込む鬼村と、話が飲み込めずに必死に話しかけている狗谷木。どちらも気づけば皿の上の食べ物は無くすっからかんになっている。こいつら喋りながらいつの間に食べたんだ。
鬼村はジュースの入ったコップを片手にため息を吐いた。
「桃間の一族ってめちゃくちゃ強い力に守られてる一方で、センセーだけめっちゃ殺される確率高くて、でもセンセーに一番力が継承されてるわけだよね。それって結局どゆこと? しかもセンセーだけ他の桃間の人間と違って気の形が違ってちょーわかりやすくなってるわけだし。マジ見つけてくださいって言わんばかりじゃん」
「なんか桃間先生ってー……めんどくさいんだな!」
「めんどくさいって何だ!」
俺は怒りながらトレー片手に立ち上がった。のんびりしている場合じゃない。こう見えても俺は仕事中だ。まだ何か言っている鬼村と狗谷木を放っておいて、俺は食べ終わった食器を片づけてその場を後にした。
***
──帰りの新幹線の中、疲れ切った生徒たちの眠気が広がるのを感じつつ俺は窓の外を眺めていた。行きは妖怪たちが窓を埋め尽くしていたため景色を見ることは叶わなかったが、帰りの今は何も問題なく遠くに見える山を見つめられる。ミーハーな妖怪ももう俺に飽きたってか。
朝食の時に鬼村が整理してくれて改めて俺についての状況を把握したが……確かに面倒くさいしわけがわからん。なんで俺ばっかり。……でも、弟たちや父さんが狙われるようなことにはなってないようで良かった。そればっかりは心底ほっとしてる。俺の周りには鬼村や狗谷木、あとは土御門のような陰陽師とか対妖情報機関ってのが一応いるが……何も知らない弟たちが急に命を狙われるなんてことになったら助かりようがないからな。
「はあ……自分より人の心配かよ」
ぼそりと呟く。
ただ、一つ気になることもあった。俺にかけられている呪いとやらのことだ。桃間を衰退させる為の呪いだと最初は思っていたが、でも今では──
ぐらり、と急に眩暈が起きた気がして肘置きにつかまった。
物凄い速さで流れていたはずの景色が、段々とゆっくりになっていく。
減速している?
次の駅まではまだまだ時間がある。通り過ぎるだけのはずだった駅が見えてきて、そこを通過したあたりからさらに減速したように車体はゆっくりと停止した。
「……何だ?」
よくわからないまま腰を上げ、車内を見回す。寝ていたはずの生徒たちも異常を察知したのか窓の外を見ては口々に何か言っていた。
他の先生が「静かにー!」と声を上げた辺りで、車内にアナウンスが響き渡った。
『えー緊急停車申し訳ございません。ただいま地震による停電の為、緊急停車しております。繰り返します、ただいま地震による停電の為──』
地震、か。
そう思った次の瞬間、車体が突き上げるように縦に大きく揺れた。
「わあああああああ!?」
「きゃーーーー!!!!」
生徒たちの悲鳴。
生徒たちだけではない、他の車両からも一般客の声が聞こえる。
急に始まった異常事態に誰もがパニックに陥った。
「静かに! 慌てないで席から動くな! 体勢は低く! 荷物が落ちてくるかもしれないから頭は抱えて!」
俺や他の先生が声をかけつつ生徒を宥める。こんな時に大地震が来るなんて、そう思ってふと窓の外へと目をやると──辺りはまるで夜かのように真っ暗になっていた。
「なんで……」
うまく頭が働かない中、ポケットの中でスマホが震えた。こんな時に、そう思ったが画面を見るとそこには土御門の名前があった。
『桃間さん、今はまだ移動中かしら!?』
受話ボタンを押すや否や聞こえてきた声。俺が「急にどうした」と返事をしたところで土御門の金切り声のような叫びが聴こえた。
『鬼ヶ島に異変が起きたのよ! 全ての封印が解かれたからだわ!』
──揺れが収まらない中、『とにかく急いで』という声が聞こえたところで通話は切れてしまった。急ぐって、どうやって。大体鬼ヶ島ってなんだ。どこへ行けってんだ。
乗客全員が自分の席で必死に体を丸める中、揺れによって上の棚からドサドサと荷物が落ちてくる。その度に上がる悲鳴。この揺れは一体いつ収まる。
「センセ!」
声が聞こえて顔を上げると、鬼村と狗谷木が立っていた。
他の先生が二人を見て「席に戻りなさい!」と叫ぶものの俺はじっと二人を見上げる。
「センセ、これただの地震じゃないよ!」
「ああ……今土御門から連絡があった。鬼ヶ島がどうとかって……」
俺が返事をすると、鬼村はその答えが元々わかってたかのように頷いた。
そして──いつも金棒を隠している場所の──引き戸を開けるような動作をすると、その中に片足を突っ込んだ。
「……これ、鬼ヶ島直通便」
「はあ!?」
「早く!」
鬼村はそう言うとそのまま中へと姿を消した。狗谷木もその後ろをついて入っていってしまう。
急にその場から姿を消した二人に、彼らを見ていた誰もがぽかんとした表情をしていた。
俺はその光景に戸惑いつつも……意を決して同じ車両内にいる先生方に頭を下げた。
「すみません! 終わったらちゃんと戻りますので! 説明も、できる限りします……!」
慌てて鬼村たちを追い、何もないはずの空間へと体を滑り込ませる。
俺が入ると、後ろに見えていた新幹線の車内は、
引き戸が勝手に閉じていくようにして次第に見えなくなった──。




