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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第六章 災いと約束

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第104話 見つけて


「きみ、この辺の子?」


 その声は小さなあたしに問いかけていて、あたしは慌てて自分の角や顔を手で隠した。そっちを振り返らないように気を付けていると「かくれんぼしてるの?」とまた聞いてきて、それからその子は辺りを見回してたようだった。あたし以外に誰もここにいないことを確認して、それでまたあたしに話しかけてくる。


「具合悪い?」

「………」


 何にも返事しないあたしに、今度は足音が近づいてきた。

 怖い。

 怖くて、でもどうしていいかわからなくて、恐る恐る隣を見た。


「……わっ」

「!」


 丸い目が、あたしを見てた。

 背格好は小さなあたしと同じくらい、でもその子には角は生えてなかったし肌の色も違った。さっきあたしを見て悲鳴を上げた生き物と同じ色をしてる。

 だからまたあの恐ろしい悲鳴が聞こえてくるんじゃないかってあたしは身構えた。

 けど、

 違った。


「それ角!? かっけー!」

「……っ」


 何を言ってるのかよくわからなくて、あたしはまた自分の頭を押さえるように角を隠した。


「み、ないで」

「なんで? かっこいいじゃん」

「こ、こわいから」

「え! ごめん、俺こわい?」

「ち、ちが、こ、こわいって、なるでしょ?」


 あたしがそう言うと、その子はきょとんとした顔をして首を傾げた。


「……んー、角生えてるひとは初めて見たけど。でも漫画とかアニメならよく出てくるし! ねぇもっと見せて!」


 その子の言ってる意味はよくわからなかったけど、あたしはその子がさっきみたいな悲鳴をあげないってことがわかって手を下ろした。


「これ触ったら痛い?」

「? いたくない」

「触ってもいい?」

「………」


 返事に困ったけど、あたしは小さく頷いた。その子は丸い目を輝かせて、そっと手をあたしの額あたりに伸ばしてきた。生えたての小さな角の先っぽを触って、「うわぁ」って声を上げてる。


「硬くて、なんかすべすべしててすごくキレイ……。こんなのほんとに生えてくるんだぁ。すごいなぁ」

「………」

「ねえどうしたら生えてくんの? 俺も生える!?」

「……お、にだから」

「おに?」


 角を触っていた手が離れて、その子はずいっとあたしの目の前に顔を近づけてきた。なんでそうしたのかわかんなくて、あたしは息を止めちゃったんだけど、目が合うと、その子は驚いたみたいに「わっ」て言って、目をぱちぱちしながらゆっくり離れていった。


「……ほんとだ、肌の色真っ赤っか。暗いからよくわかんなかったけど」

「………」

「鬼ってほんとにいるんだぁ……俺、漫画とかだけなのかと思ってた」

「まんが、って?」

「えっとねー……あ、持ってきてるから見せてあげよっか! おじいちゃん家にあるから今持ってきて──」

「まって!」


 この変な洞窟から、その子が出て行っちゃいそうになってあたしは慌てて手を掴んだ。けど、ばちんって弾かれた。


「痛っ!」

「! ご、ごめん」

「何だろ今の……せーでんき?」


 その子は不思議そうに腕を摩った。あたしも、何かはわからないけどもうその子に触っちゃいけない気がして手を引っ込めた。


「それで何? どうしたの?」

「……あ、えっと……」


 ただ、行っちゃうのが不安で引き留めただけだった。でも、それを上手く言葉にできなくてあたしは口ごもった。その子は何を考えたのか出ていくのをやめて、またあたしの隣に腰を下ろした。


「………」

「……そういえば鬼さんの名前はなんていうの?」

「なまえ……?」

「あ。俺はとーまかずきっての!」

「と、ま」

「かずき」

「……なまえは」


 鬼の名は、自分の存在を表すもの。

 あたしはその時自分がどういうものかわかってはいたけど、はっきりとした名を持ってなかった。少し経てば名前も自然と定まったのかもしれないけど、その時はまだ生まれたてであやふやって感じだったの。だから──


「なまえ、ない」

「無いの? えー、じゃあさ俺がつけたげよっか!」

「えっ?」


 目の前のその子が言ったことが、あたしにはわからなかった。

 けどその子は腕を組んで唸り始めると、独り言をつぶやき始めて。


「ペットにつける名前じゃだめだもんなぁ。えーっと、女の子の名前、女の子の名前……鬼、おにー……鬼ってなんて読むんだったっけ。き、でいいんだっけ? あ! 俺のいとこにね、みおちゃんっているんだ! こないだ生まれたばっか!」

「?」

「みおちゃんの字、かあさんがこの前教えてくれたんだけど難しくてさ~……でもみは『美しい』って意味なんだって!」

「うつ、くしい?」

「美しいって、キレイってことでしょ? その角キレイだし……きみの顔もキレイだと思う! あと真っ赤は強い証だし! 戦隊ものは絶対主人公がレッドなんだよ!」

「せんたい……れっど?」

「だからさ、きれいって意味の『美』を使うのはどう? それと鬼のき! み、き……みき! ほら、ちゃんと名前になった!」

「美(・)鬼(・)……?」


 あたしは初めての音を唱えて、それがすぅっと身体の中に溶け込んでいくような感じがした。あったかくて、ふわふわして、不思議な感覚だった。


「………」

「ね、あっちのブランコとかで遊ぼうよ。それともやっぱり漫画持ってこよっか?」

「あ……」

「とーさんが電車に乗る前に買ってくれたんだけど、鬼が出てくる話載ってるよ! あ、悪者役だけど……。おじーちゃんちすぐそこだから、待ってて!」

「っ……まって!」


 二度目は腕を掴まなかった。けど、洞窟から出て行ったその子を追って小さなあたしも陽の下に姿を現した。生まれたばかりのあたしは、服なんてもの身に着けてなくて、焼けるような真っ赤な体を長い黒髪で隠すように覆っていた。


「な、なまえ! もっかい、ちゃんとおしえて!」


 明るい場所ではっきりと見たあたしの姿に、その子は驚いたり悲鳴をあげたりしなかった。ただ、少し恥ずかしそうにして目を泳がせた。


「え……あ、名前? とーまかずき」

「ううん! ちゃんと、おしえて!」


 あたしの問いに、その子は首を傾げて戸惑ってたけど……それでも、もう一度口を開いた。


「……とうま(桃間)、かずき(一樹)?」


 その名前が、

 音が、

 意味が、

 耳に届いてあたしは胸が熱くなった。


「ありがと……ちゃんと、覚(・)え(・)た(・)」


 ──それから一樹は走って公園を出ていった。あたしも変な洞窟……ううん、ドーム型の遊具の中に戻って、自分の身体を抱えておまじないみたいに呟いたの。


「美鬼……きれいな、うつくしい、鬼……赤は強い証……」


 とびきりの宝物をもらったみたいであたしは嬉しかった。

 でも、それからすぐに意識が薄れていって──

 次に目を開けた時には、眩しい光の中に座り込んでた。



『──小さき鬼の子よ』



 聞き覚えのある声があたしを呼んだ。あの変な神様だった。


『僅かな時間旅行だったが、どうだい楽しめたかい? 君を恐れる人間がいたり、君に近づこうとする人間がいたり……まるでジェットコースターのような体験だったかな』

「じぇ……?」

『でも安心していい、彼らがいる世界と君のいる世界は違ってね。君から離れてしまえば都合のいいように解釈してくれるのさ』

「……どう、いう」

『君の居る世界は人間にとって理解の外側』

「……りかいのそとがわ?」

『理解できないことを、人間は根本的に嫌悪するんだ。だから事実を捻じ曲げて、勝手に理解した気になる。それが一般的な設定。……ってことで、今回君に出会ったことはきっと忘れてくれるさ。……いや、彼はまた、時が来たら思い出すだろうけど。本来は完全な分離じゃなくて表裏の関係だしねぇ』


 あたしはこの神様が何を言っているのかはわかんなかったけど、なんだか自分が寂しい気持ちになっているのはわかった。それからすぐ、見えない手のようなものがあたしの頭の上に載せられた。


『君はいいものを持ってきたね、私に教えてくれるかい? 彼の名前は?』

「………」

『何、悪いようにはしないさ。君の為にもなることだもの。だからさぁ教えて』

「……桃間《とうま》、一樹《かずき》」

『ふむ。では君の為にも情報読み取り制限(ロック)をかけておいてあげよう』

「……?」

『そうしておけば、何人《なんぴと》も外部から彼に手出しできず、先に殺されることも使われることもなくなるんだ。まあ、君にも彼を探すのは難しくなるけれど……なーに、安心して。君は名前《パスワード》を持っているからね。彼を見つけて、名を呼んでしまえば解除されるさ。管理権限を持つ私と、一部権限を与えた君にしか解除はできない』


 神様の言うことは意味わかんなかった。てか今思い出しても「は?」って感じなんだけど、その時のあたしは大事なことを一つ聞くので精一杯だった。


「……名前を、呼ぶの?」

『そう。ちゃんと、彼の名をね。でも今は……彼のいない世界へと戻ってしまうから。その時が来るまでは忘れていてね、新しい災禍の子。──いや、とても美しい鬼さん』


 そう言われると、瞼が重くなって、身体も力が入らなくなって、ゆっくりと倒れていった。神様は一人でまだ何か言っていたけれど、その時のあたしにはもう、理解はできなかった。



『──この世界が崩れ去っていくか、それとも……何にせよ、全て君たち次第だ』



 ***



「新しく生まれた鬼か?」


 初めて聴く低い声に驚いて、あたしは目を開けた。あたしの目の前には大きな大きな赤鬼が座り込んでて、あたしを観察するみたいに見てた。あたしは見覚えのある川辺で眠ってたみたいで、身体を起こすとその大きな赤鬼を見つめ返した。


「お前は何の鬼だ」


 威嚇するみたいにその赤鬼は凄んであたしの顔を覗き込んだけど、あたしは軽く瞬きするくらいしかできなかった。

 あたしは自分が何の鬼か告げなかった。代わりに「美鬼」とだけ答えた。

 赤鬼は──ううん、今はあたしの“お父さん”である豪鬼は、あたしをじっと見るうちに首を傾げた。


「<美鬼>? その名前の本質は何だ」

「……?」


 本質。

 それを問われてあたしは口を開いたけど、何も答えられなかった。その時にはその名前の意味がわかんなくなってたから。

 今考えれば、そりゃそうだよね。

 だって元の時代に戻ったんだもん。あたしに名前を付けてくれた一樹は、その時いないから。


「……己《おれ》の元へ来るか、新たな鬼よ」

「………」

「……屠鬼《とき》も、喜ぶやもしれん」


 返事なんてろくにしなかったんだけど、だんまりでぼーっとしたあたしを見て豪鬼は勝手に合意したと思ったみたい。次の瞬間には大きな手に掴まれて、あたしは肩に乗せられた。

 その後に会ったお母さん──屠鬼は「あらあら可愛い鬼さん」って、あたしを抱きしめてくれたの。「こんなに可愛い子を拾ってくるなんて」って言ったお母さんに、お父さんは恥ずかしそうに背を向けてた。


 ……なんて、それがあたしの生まれた日の記憶。



 この記憶をはっきり思い出したのは、戦いの最中にあの狐……闇狐《あんこ》に言われてから。

 それまでは、断片的に覚えてるだけだった。

 あたしは大事な──いや、都合の悪いことだけ忘れたまま、センセーと一緒にいたってわけ。


 


***



「あたしね、一樹のこと忘れちゃってからずっと探してた。名前も顔も姿かたちも何もかも忘れてて、探す手立てなんてなかったけど。それでも一樹があたしの存在意義だったから、ずっと心に残ってたんだよ。一樹が生まれてすぐに『どこかにいる』『会いに行かなきゃ』ってなったのも、それが理由。


 一樹にもっかい出会うまでの間にたくさんの桃間ともすれ違ったけど、そんなの全然目にも入らなかった。だって桃間の血なんて引いてたって、あたしにとっては他の普通の人間たちと何にも変わんないんだよ。


『桃間の力によって鬼を増やす』


 ってのは、抜け落ちた記憶のせいか本来の意図からはちょっとズレて認識してたわけだけどー……、それでも、それすらあたしにとっては<一樹じゃないとダメ>になったの。


 あたしに関わること、全部一樹がいい。

 一樹じゃないと、あたしが今存在してる意味がない。



 わがままかな。

 多分わがままなんだろーね。


 あたしが一樹に出会えたのはあの変な神様の導きだったのかもしんないけど、

 でもさ、一樹を選んだのは、

 あたしが一樹を選ぶようにし(・)て(・)く(・)れ(・)た(・)のは、一樹自身だよ。



 あたしは、一樹の為に美しい鬼でありたかった。

 ただそれだけの為に生きてきた。

 だから……教えてほしいの」


 急に車通りが減って、静かになった暗がりで、私は立ち上がるとセンセーと目を合わせた。


「……ただ名前をくれただけじゃ、あたしはこんな風に存在が出来上がることなんてなかったと思う。ねぇ、あの時どんなこと考えてたの? どんなふうに思ってあたしに名前をくれたの? 美しいには、どんな意味が込められてるの?」


 あたしの問いかけに、

 センセーはしばらく黙ってて、

 視線を泳がせて、

 瞼を閉じて、

 また車がうるさく通るようになった時にようやく口を開いた。


「……ひ」

「ひ?」



「一目惚れ、だったんだよ……ッ」




 真っ赤な顔に、照れ隠しのでかい声。

 いつもだったら揶揄《からか》ってたと思う。

 けど、なんでかな。

 あたし、




「……な、に泣いてんだよ……?」

「へっ?」


 頬っぺたを冷たいものが流れてく。

 センセーはすごくびっくりしたみたいな顔をして、あたしの顔を親指で拭ってくれた。

 あたしの目から落ちていったのは涙ってやつみたいで。

 涙なんて


「……あは、こんなの百五十年で(生まれて)初めて」


 あたしの涙を拭ってくれたセンセーの手を取って、それをセンセーの唇に押し付けた。


「修学旅行中だかんね、ちゅーは我慢しといたげる」

「っ……」


 そっと手を下ろすとあたしはホテルの方へと歩き出して、センセーも慌てたようについてきた。


「てかてかー、美ってマジなんだろうなーってずっと思ってたんだよね。一樹に会う時までにちゃんとしたあたしでいたかったから、いろんな流行りの服とかメイクしてみたり、人が美しく感じるものを見てみたり聴いてみたり、髪染めたりー、なーんでもやって、ま、今あたしがこれ! って思った服着たりメイクしたりしてるわけだけどー……でもセンセーはギャル嫌いじゃんね~」

「うっ」

「あははー、めっちゃ空回りじゃんあたし~」

「……ギャルは、うるせーし嫌いだよ」

「わかってるってばぁー」

「…………でも」


 ホテルの自動ドアまでもうちょっと、ってとこで、センセーの足音が止まった。

 あたしが振り返ると、まだ赤らんだ顔のまんまのセンセーが、ちょっと笑った。


「別にだからってお前まで嫌いなわけじゃねーだろ」

「……か」




 その時自動ドアが開いた。


「あー! ミキいた~! 外にいたのー!?」

「帰ってくんの遅すぎじゃん。桃間は何して……って一緒だったんだ」


 出てきたのは凛菜《りんな》と愛結《あゆ》。二人の姿を見たセンセーは声を荒げて近づいてきた。


「こら! お前らまで部屋抜け出しやがって! 就寝時間とっくに過ぎてるだろ!!」

「うーわ、桃間ってば今ミキといちゃいちゃしてたくせにマジ棚上げすぎない?」

「先生ぇ~、凛菜たちはミキを探しに来ただけなんですけどぉ~」

「お前らが探さんでいい! 俺が連れて帰る!!」

「うわ俺の物アピール」

「きゃ~! 桃間先生もそーゆー男らしいとこあったんだ~♪」

「引率教師としての責務だ馬鹿もん!!」


 騒ぐ二人とあたしを連れて部屋に戻るセンセーはまたいつもの『先生の顔』になっちゃった。まー、いっか。修学旅行から帰ったら、また恋人の顔見せてもらうし。

 早くぜーんぶ片付いたらいいのになぁ~って、思うだけでどうしたらいいかとかはわかんないけど……今はただ、感謝だけさせてね。



 ──センセ、あたし、ちゃんと見つけられたよ。

 そして、

 あたしを見つけてくれてありがと、一樹。



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