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鬼さんコチラ、桃なる方へ!  作者: 四辻十壱
第六章 災いと約束

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第102話 リサイクル


 嫌な視線を感じたのは、新幹線が東境《とうきょう》駅到着まであと一時間を切った時のことだった。

 ほとんどの生徒がうるさくしていた発車当初とは打って変わって、早起きで最早疲れてしまったのかいくらかの生徒はうとうととし、車内には静けさが漂っていた。俺はそんな中トイレに行きがてら見回りをして戻ろうとしていたのだが──


「……ッ!?」


 トイレから出てうちの生徒たちが乗っている四号車へと足を踏み入れた俺を、そ(・)れ(・)ら(・)はじっと見つめてきた。


 新幹線の窓という窓に張り付いている異形──妖怪だ。


 どれが何の妖怪だなんてのは俺にはわからないが、そのどれもが俺を食い入るように見つめている。


「なんっ……」


 思わず声を上げそうになった俺は、慌てて唇を噛んだ。何故なら今この車内にいる生徒たちは誰一人として声を上げていないからだ。

 妖怪がそこにいるせいで太陽の光が入ってこない車内は薄暗く不気味で、しかも視線が肌に突き刺さるように思えて俺は奥歯を噛み締めた。


 何なんだよこれは……。


 そう思って前を向いた時、狗谷木が通路に立ち誰かの席に寄り掛かって喋っているのが見えた。


「げっ、桃間先生戻ってきちゃった。タイミングわる」

「狗谷木この、馬鹿か! 自分の席戻れアホ!」

「先生~オレのこと馬鹿にしたいの? アホにしたいの?」

「どっちもだ!」


 俺が声を掛けると狗谷木は肩を落とした。ふと見ると、狗谷木が喋っていた相手は鬼村のようだった。まあ、わかっていたことではあるが。

 さっさと狗谷木を自分のクラスが固まっている前方の席へと戻すべきなのはわかっていたが、俺は二人に近づくと小声で「窓のは一体どうなってんだ!」と焦りを隠せないままに訊いた。


「いやー、野次馬じゃん?」

「はあ?」


 野次馬、と言った鬼村に俺は裏返った声を上げてしまった。


「センセーのことはほら、『めっちゃ美味しい人間、でも食べたらやばい』って評判だからとにかく気になるんだって。みんな有名人見に来てる感覚ーみたいな?」

「嫌な評判だなぁオイ」

「オレも外が気になってさっき他の車両も見てきたけどさぁ、どこもこんなん! 桃間先生の気を辿ってみんな探しまくり!」

「狗谷木はうろちょろしねぇで席にいろ……」


 そうは言うものの、新幹線の窓全部に妖怪が張り付いているっていうのは最悪な状況だ。これで一斉に攻撃なんてされたらどうなる。というか、視(・)え(・)る(・)奴がいたら車内はパニックになるんじゃ……


「まーそこまで敵意もないしさぁ、大丈夫じゃん? 鬼《あたし》も天狗《そら》もいるわけだしそうそう手出しなんてしてこないって」

「んなこと言っても……」

「……あ、もしセンセーが怖いならぁ~、ずっとあたしの隣にいたら気づかれないかもよん♪ あたしの気の方がおっきいわけだし♪」

「できると思ってんのか修学旅行中だぞ」


 とにかく、今すぐにどうこうする問題ではないとわかり俺はほっとした。が、もしかして新幹線から降りるまでずっとこれなのか? それはそれで気になって仕方ないが……。にしてもこないだから妖怪が見えるようになった三舟先生が三年担当でよかったな。これ見てたらさすがに卒倒してたかもしれない。


「あ!」


 と急に狗谷木が声を上げた為、俺は窓から視線を外してそっちを見た。


「オレ~自分の席わかんなくなっちゃったぁ~。先生席まで送ってぇ~」

「はあ?」


 わけのわからないことを言い出す狗谷木に俺は「馬鹿言ってないでさっさと戻れ」と言いかけたが……何やらこいつに意図があるように感じて俺は仕方なく狗谷木と共に車両前方へと歩き出した。狗谷木が前を歩き、俺はその後ろをついていく。何か話があるのか、どう切り出してくるのかと考えていると、何やら頭の奥にズキッと痛みを感じた。


『センセーにいいこと教えてあげる』

「!」


 途端に頭に狗谷木の声が響き、俺は目を丸くした。振り返った狗谷木は俺と目を合わせ、にこりと笑っている。口は開いていない。


『天狗ってのはこうやってテレパシー? みたいので話しかけることができんだぜ~。すごいだろ、見直した!?』

「………」


 俺は黙って見つめ返す。「はいはいすごいすごい」とでも言ってやればいいかもしれないが、こいつがそこまでして話そうとする内容の方が気になったからだ。


『んだよ、ちょっとぐらい褒めてくれてもいーじゃんね』

「成績には関係ないぞ」

『うっせ! ……あのさ、ここのところ<妖怪の人間化>が起きてんだけど』


 ──妖怪の人間化?

 なんだそりゃ、と思いつつ聞こえてくる狗谷木の念に意識を集中した。


『なーんか最近やたらと眠かったり腹減ったりっていう人間の三大欲求を抑えきれないんだよね』

「……三大欲求?」

『それって本来オレたち妖怪には無いものなんだけど、あ、オレらが自然現象から発生してる存在ってのは知ってる?』

「………」


 前に鬼村や尼野先生から聞いたことはある。同じように肉体を持ってるように見えて、こいつらは俺達人間とは明確に違う……んだよな。自然にある土だとか水だとかそういうのから力とかを得てる……とか何とかかんとか。


『だから例え死んでも、自然のエネルギーっつーのからまた自分の存在を作り直すことができんだよね。人間とはそもそもが違うってこと。なのに、人間が感じるような欲求を感じたり、最近は気にも留めてなかったけどー……なんか、人間みたいに感情を優先するようになったりしてる』

「感情を優先?」

『でさ、これってどういうことなんかなってずっと気になってたんだけど……老天狗(親父たち)に訊いたらどうやらオレら妖怪の魂って<リサイクル品>みたいなんだよね』

「……?」


 前を向いて喋っていた狗谷木はまた俺の方を振り返ったが、何か表情で訴えるようなこともなくまた前を向いた。


『妖怪ができる時に、オレたちの魂がぽんって作られるわけじゃないってこと』

「……誰かの魂が入るってことか?」

『そーそー。で、多分これって人間もそうだと思うんだけどね~。よく前世の記憶とかあるじゃん?』

「………」

『で、オレの魂も多分元は人間だったんだ』


 狗谷木がぴたりと立ち止まり、俺はうっかりその背にぶつかりそうになった。「おい」と声をかけようとしたが、振り返った狗谷木の無表情に……俺は唇を結んだ。


『オレの魂も元は人間、でもこれ、どうも俺が生まれるより過去に生きていた人間とは違うっぽいんだよね。前の世界にいたオレの魂、って感じ』

「前の──って?」

『うーん、具体的にはさぁ。現代の記憶とかが混じってたりすんだよ。なんつーかこう、ワックスいじる時とか、シャツの袖に手を通す時とか、だるい授業受けてる時の既視感? みたいな?』

「……最近死んだばっかの魂、とか」

『いやいやオレ妖怪として生まれてからもう百年以上経ってんのよ。それ無理あるくない?』

「その話し方も百歳超えにしちゃ無理あるだろうが」


 傍から見れば一方的に俺が狗谷木に話しかけているように見えるこの様は、おかしいことだろう。慌てて咳払いをして、また狗谷木を歩かせた。もう席に着く頃だろうか。


『こないだから世界が重なり始めて、今はまだ完全にってわけじゃないんだけど……。その影響なのか、この元人間の魂ってののせいで妖怪が人間くさくなってきてるのかもしんない、ってのが、親父たちの考え。まあかなり前からその兆候はどの妖怪にもあったっぽいんだけどね』

「でもだからって……なんだってんだよ? 何か困ることとかあんのか?」

『毎日ちょー眠い! ……ま、妖怪の姿に戻ればそんなの別に無くなる……と思うんだけど』

「……なんだよ?」


 俺の問いかけに狗谷木は首を傾げた。

 ようやく自分の席へと辿り着くと、隣の席の男子生徒が「狗谷木遅いぞー」と見上げた。狗谷木はそいつに「遊びに行ってきた~」とへらへら笑い、そして俺を振り返った。


「席まで送ってくれてありがと先生~♪」

「俺はお前の保護者じゃねーんだぞ」


 ここで話を続けるのは難しいか、と思い俺は踵を返した。が、立ち去ろうとする俺の背に狗谷木の声が──いや、思念が響いた。



『もしオレらが人間になれたら──妖怪の本質を全うしなくても良くなるんなら、美鬼ちゃんも……災厄を暴発せずに済むんかな』


 ──振り返ろうとして、踏みとどまる。

 こいつは鬼村の災厄とやらが、一体何なのか知っているんだろうか。

 俺は……思いもしない奴から聞かされて知ったけれど。


『オレ、美鬼ちゃんとも、桃間先生ともまだまだ遊びてーんだけど』


 振り返らなくてもわかる、狗谷木のしゅんとした様子。俺はため息を吐いて、まだ席に座ろうとしていない狗谷木と顔を合わせた。


「狗谷木」

「ん?」

「お前ら生徒が困ってる時は、教師に頼っとけ」


 それだけ言って、俺は背を向けてまた歩き始めた。

 全く、教師に頼っとけ……なーんて、たかがちっぽけな人間である俺に何ができるんだか。自分の浅はかさに項垂れる。顔色には出さないようにしつつ自分の席まで戻る間に鬼村の席の横を通ったが……隣の佐嶋と話しつつも窓に張り付いた妖怪を警戒してくれているようだった。



 ──鬼村《こいつ》とも、ちゃんと話せる時間があればいいんだけどな。



 ***



 東境《とうきょう》に着いてからは慌ただしかった。生徒たちそれぞれが選択した研修コースのバスへと乗り込み、施設への移動。研修を終えた後は昼食会場に移って、それから午後はまた別の場所へ。夕方ホテルへ辿り着いてからも生徒をしばし休めている間に打ち合わせを行い、それから夕食会場への誘導──ようやく一人で一息つけたのは、就寝時間後の見回りの時だった。


「男子は疲れて寝てる奴らばっかで助かったな。あとは女子だがー……」


 男子生徒の部屋は主に男性教員が、女子生徒の部屋は女性教員がちゃんと部屋にいるかチェックしに行っている。とはいえ男性教員の方が多いからな、こっちの手が空き次第女子部屋のチェックにも加わるけど。


 その時、ポケットの中のスマホが震えた。うちのクラスの女子部屋を担当してる二組の小川先生からだ。


「──はい、何かありました?」

『桃間先生、それが……鬼村さんが部屋にいないようで』

「は!?」


 詳しく聞いたところ、鬼村は就寝時間のほんの少し前に「自販機で飲み物買ってくるー」と言って部屋を出たんだとか。それでそのまま帰ってないらしい。


「あんっの馬鹿……!」


 とにかく、俺は飲み物の自動販売機のある階を全て見て回ることにした。鬼村の部屋がある階にも設置はされているはずだが、そのあたりでは誰も見かけていないらしい。とりあえず俺がいる階から順に下がっていくことにしたが────結局、どこにもいなかった。


「何なんだよ……まさか、妖怪か何かに狙われたとかか……!?」


 そう警戒して左目で辺りを見渡すが、鬼村の姿はおろか、妙な動きをしている妖怪なんてものも一切視えはしなかった。しかしホテルの中と限らないかもしれない。俺は他の先生に「外を少し探してきます!」と電話で伝えながら外に出た……が、呆気なくも、鬼村はホテル傍の植え込みに座り込んでいた。


「は……?」

『どうしました桃間先生!』


 まだ通話が繋がったままだった崎田先生の心配する声がスマホから響いた。


「あ、いや……すみません、見つけました。すぐ部屋に戻します」


 緊張の糸が一気に切れ、俺は通話を切ると植え込みへと近づいて行った。鬼村は何も気にした様子もなく、ペットボトルのジュースを飲んでいる。


「……おい」

「あ、センセー」

「あ、じゃねーんだよ。何やってんだ」


 俺が睨みつけると、鬼村はにこりと笑って「センセーとおしゃべりしたくて」と言ってのけた。怒りと同時に、呆れがため息となって出てくる。俺は気が抜けてその場にしゃがみ込んだ。


「今は修学旅行中だぞ、目立つ行動は慎めアホ」

「アホじゃないし~」

「はあー……狗谷木は遊び疲れてとっとと寝たっつーのにお前は」

「天《そら》と一緒にしないでよ。まあ多少は? 疲れたかも? って感じだけど」


 俺が顔を上げると、植え込みに座っている鬼村を見上げる形になった。鬼村は隣を指差して「座れば?」なんて言ったが、そんなことしてる場合じゃない。というか、さすがに怒られるだろ俺が。


「久しぶりに二人きりじゃん?」

「は? ……あ」


 鬼村に言われて気が付いたが、そうかもしれない。ここ最近は俺が鬼村と二人になるのを避けていた。俺がまたいつ桃太郎《あいつ》に乗っ取られるかわからないからだ。けどしばらく獏が作ったっていう安眠キーホルダーを使ってたおかげか……今は、大丈夫な気がする。


「……いや、こうやって気抜くと何あるかわかんねーからな。ほら、さっさと戻るぞ」


 俺は立ち上がるとホテルの方へと戻ろうとした──が、ぐいっとジャージの裾を鬼村に引っ張られて後ろへとよろけた。


「おいっ」

「センセーは二人で話したいこととか無いの?」


 振り返って、目が合う。

 至って真剣な表情だ。

 俺は……目を逸らさなかった。


 こうやって見つめ合っていればいつもならば鬼村が調子に乗ってなんか言ってきそうだったが、今日に限ってそうはしなかった。

 だから、

 俺もはぐらかすのはやめた。


「……闇狐《あんこ》から聞いた。お前が俺に近づいたのは、<災厄を増やす為>だって。いや、元々俺も直接お前から言われてたよな、鬼を増やしたいってのは……。でも、それがこの世界を壊す要因になるってことは知らなかった。お前は、世界を崩壊させる為にいる……って、ことなのか?」

「………」

「こう言うのは、なんつーか……嫌な言い方しちまうけど、お前は俺を騙してた、ってことなのか」


 すぐ傍の道路を車が何台も走り去っていく。通り過ぎていくライトが鬼村の瞳を煌めかせた。口元は一文字に結ばれて、そこから次に何が飛び出してくるのか……俺は少し、緊張した。


「……いや、悪い。騙してたわけじゃ、ねーんだよな。俺が勝手にお前を無害だと勘違いし──」

「あたし、センセーのこと大好きだよ」


 ジャージの裾を握る鬼村の手に、力が入った。

 真剣な表情は変わらない。

 俺は、言葉に詰まった。


「好き、大好き、毎日ぎゅってしたいしちゅーもしたい、一緒にいるだけで今までのどんなことよりサイコーに幸せだし、これからもハッピーでいたい。だからこの先も──」

「………」

「でも、あたしの中には存(・)在(・)の(・)核(・)が(・)二(・)つ(・)あ(・)る(・)」

「存在の、核?」


 思いもしなかった言葉が飛び出してきて、俺は目を丸くした。鬼村は少し言いにくそうに目を伏せると、また俺を見上げた。


「一つは、最初に生まれた理由──災厄を増殖させるっていう核」

「………」

「もう一つは、一樹が作ってくれたあたしって言う核」

「俺が、作った?」


 数秒頭を働かせるも何のことかわからずにいると、そこで鬼村はようやく笑みを零した。


「前、お墓参りの帰り道に公園行ったじゃん。そこでセンセーも思い出したんでしょ? あたしと小さい時に会ってるって」


 鬼村に言われて思い出した。そう、俺は幼い頃祖父母の家の近くにある公園で、赤い小さな鬼と会った。綺麗な鬼だった。俺はその子に……




「センセーはあたしに、<美鬼>って生き方(名前)をくれた」




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