優先されるもの
気づいた違和感は、すぐには形にならない。
でも、確実に“何か”を奪っていく。
それは、音もなく。
ゆっくりと。
朝。
目が覚めた瞬間、胸の奥に重たいものが残っていた。
理由は、分かっている。
昨日の、あのメッセージ。
《守らないと、取られちゃうから》
「……はぁ」
小さくため息をついて、スマホを手に取る。
ロック画面。
通知は――
《真白:おはよ、玲央くん》
《真白:起きてる?》
《真白:返信ないと心配になるよ》
「……」
まだ朝の6時。
早すぎる。
けど――
無視する、という選択肢は頭に浮かばなかった。
《起きてるよ》
送る。
数秒後。
《よかった》
すぐに既読。
すぐに返信。
それだけで、なぜか少しだけ息が楽になる。
――おかしい。
そう思ったのに。
もう、その感覚に慣れ始めている自分がいた。
⸻
登校中。
ポケットの中でスマホが何度も震える。
全部、真白。
他の通知は、一つもない。
「……こんなもんだっけ」
前は、もう少し――
いや。
考えるのをやめた。
⸻
教室。
席に座ると、真白がすぐに顔を覗き込んでくる。
「今日、返信遅かったね」
笑っている。
でも、その目は笑っていない。
「ごめん、ちょっとぼーっとしてて」
「そっか」
すぐに納得したように頷く。
「でもね」
距離が、近づく。
「私、玲央くんのこと全部分かってたいの」
耳元で囁かれる。
逃げ場が、ない。
「……全部って」
「うん」
にこっと笑う。
「どこにいるかも、誰と話してるかも、何考えてるかも」
軽い口調。
でも。
「それくらい、好きってことでしょ?」
――それは、本当に“好き”なのか。
答えは、出なかった。
⸻
昼休み。
今日は、灯が教室にいなかった。
「……あいつ、どこ行ったんだ」
無意識に、そう呟く。
その瞬間。
「誰のこと?」
背後から声。
振り返ると、真白。
「いや、なんでもない」
「ふーん」
じっと見られる。
逃げるみたいに、視線を逸らす。
そのとき――
「……玲央」
教室のドアの方から、小さな声。
灯だった。
「ちょっと、いい?」
どこか、焦っているような顔。
「……ああ」
立ち上がろうとした、その瞬間。
ぎゅっ――
腕を掴まれる。
「どこ行くの?」
真白。
その手は、思ったより強かった。
「灯が……」
言いかけると。
「今じゃなきゃダメ?」
声のトーンが、少しだけ低くなる。
「昼休み終わっちゃうよ?」
「……」
灯を見る。
困ったような顔で、立っている。
――行かなきゃ。
そう思うのに。
「玲央くん」
もう一度、名前を呼ばれる。
「私といる方が、大事だよね?」
選択を、迫られる。
一瞬。
本当に、一瞬だけ迷って――
「……ごめん、灯。あとでいい?」
言ってしまった。
灯の表情が、固まる。
「……そっか」
小さく、それだけ。
そのまま、教室から出ていった。
⸻
その背中を見送ってから。
「よかった」
真白が、嬉しそうに笑う。
「ちゃんと選んでくれて」
腕に、さらに強く絡みつく。
「玲央くん、えらいね」
褒められているのに。
胸の奥が、少しだけ痛んだ。
⸻
放課後。
帰り道。
隣には、真白。
いつも通り。
……のはずなのに。
やけに静かだった。
「ねぇ」
ぽつりと、真白が言う。
「今日、楽しかった?」
「え?」
「私と一緒にいて」
「……ああ、楽しかったよ」
そう答えると。
「そっか」
満足そうに笑う。
でも。
「じゃあさ」
足を止める。
俺の前に回り込む。
「もう、他の人いらないよね?」
「……は?」
「だって、私がいるもん」
当たり前みたいに言う。
「玲央くんに必要なのは、私だけでしょ?」
夕焼けの中。
その笑顔だけが、妙にくっきり見えた。
⸻
その日の夜。
スマホを開く。
トーク一覧。
やっぱり、真白しかいない。
灯の名前は、どこにもない。
――消された?
そんな考えが、一瞬よぎる。
「……まさか」
ありえない。
……はずなのに。
背中に、ぞくっとした感覚が走る。
そのとき。
スマホが震える。
《真白:ねぇ玲央くん》
《真白:今日、ちゃんと選んでくれて嬉しかった》
続けて。
《真白:でもね》
指が止まる。
嫌な予感がする。
《真白:まだ“完全”じゃないよね?》
「……完全?」
意味が、分からない。
《真白:大丈夫》
《真白:いらないものは、全部消してあげるから》
――その一文。
心臓が、大きく跳ねる。
《真白:玲央くんには、私だけいればいい》
⸻
画面が、やけに明るく感じた。
逃げたいのに。
目が離せない。
気づけば、指が動いていた。
《……うん》
送信。
既読。
すぐに返ってくる。
《いい子》
⸻
その夜。
夢を見た。
真っ暗な中で。
誰かが、必死に何かを訴えている。
「……玲央……」
聞き覚えのある声。
でも。
その声は、どんどん遠ざかっていく。
代わりに――
「大丈夫」
耳元で囁く声。
「私がいるから」
優しくて。
逃げられない声。
⸻
目が覚めたとき。
スマホには、通知が一つだけ残っていた。
《真白:おはよ》
第3話、読んでくれてありがとう。
ここから一気に“支配”が強くなってきたね。
玲央は少しずつ、選ばされていることに慣れてきている。
そして――
“消されているもの”の正体にも、まだ気づいていない。
次はさらに怖くなります
現実が壊れ始める。
――もう、引き返せないところまで。




