消えていく世界 ― 残されたのは、君だけ ―
違和感は、最初は小さなズレでしかない。
でも、それに気づいたときには――もう遅い。
少しずつ、確実に。
世界は“削られて”いく。
そして残るのは、たった一つの存在だけ。
朝。
目が覚めた瞬間、違和感があった。
いつもと同じ天井。
同じ部屋。
なのに――
何かが、少しだけ違う。
「……なんだ?」
体を起こしながら、周りを見渡す。
机。
カバン。
制服。
全部、ある。
……なのに。
「……」
名前が、出てこない。
昨日、何かを考えていたはずなのに。
誰かのことを――
「……誰だっけ」
思い出そうとすると、頭がぼやける。
まるで、そこだけ霧がかかっているみたいに。
そのとき。
スマホが震えた。
画面を見る。
《真白:おはよ、玲央くん》
《真白:ちゃんと起きれた?》
《真白:今日も一緒だね》
――安心する。
さっきまでの違和感が、少しだけ薄れる。
《起きたよ》
送信。
すぐに既読。
《えらいね》
その一言で、胸の奥がじんわり温かくなる。
……おかしい。
でも。
それを“おかしい”と思う感覚も、少しずつ薄れていた。
⸻
登校中。
周りには、クラスメイトがいる。
……はずなのに。
声が、遠い。
誰かが話しているのに、内容が頭に入ってこない。
まるで、自分だけ別の世界にいるみたいな感覚。
ポケットの中で、スマホが震える。
《真白:どこ?》
《真白:今、どのへん?》
《もうすぐ学校》
そう送ると、
《そっか》
《待ってるね》
それだけで、安心する。
他の音が、全部消える。
⸻
教室。
ドアを開けた瞬間。
「玲央くん」
名前を呼ばれる。
真白だった。
その顔を見た瞬間。
胸のざわつきが、全部消えた。
「……おはよ」
「おはよ」
自然と、隣に座る。
それが当たり前みたいに。
「今日もちゃんと来てくれて、嬉しい」
「……来るだろ、普通」
「うん」
にこっと笑う。
「でもね」
そのまま、手を重ねてくる。
「来なくなる可能性も、あったから」
「……は?」
意味が分からない。
でも。
その言葉を深く考える前に――
「大丈夫」
優しく、指が絡む。
「もう、そういうの全部消してるから」
「……消してる?」
「うん」
軽く頷く。
「玲央くんが迷う原因、全部」
心臓が、ドクンと跳ねる。
「だから安心して」
その笑顔は、変わらない。
「これからは、ずっと一緒だから」
⸻
授業中。
先生が何かを説明している。
……はずなのに。
言葉が、頭に残らない。
黒板を見る。
文字が書かれている。
……読める。
でも、意味が分からない。
「……なんだよ、これ」
小さく呟く。
その瞬間。
「大丈夫だよ」
横から声。
真白。
「分からなくてもいいの」
「……は?」
「必要ないから」
にこっと笑う。
「玲央くんが考えること、私が全部やってあげる」
ぞくっとする。
「だから――」
耳元で囁く。
「何も考えなくていいよ」
その瞬間。
頭の中が、少しだけ軽くなる。
……楽だ。
考えなくていい。
迷わなくていい。
「……ああ」
気づけば、頷いていた。
⸻
昼休み。
机に突っ伏していた。
眠い。
というより――
思考が、ぼやけている。
「玲央」
声。
まただ。
どこかで聞いたことがある声。
顔を上げる。
教室の入口。
誰かが立っている。
……誰だ?
ぼやけて見える。
「玲央、ちょっと……」
近づいてくる。
でも。
その途中で――
「ダメだよ」
真白の声。
ぴたり、とその人の動きが止まる。
「今、話しかけないで」
「……なんでだよ」
その人が言う。
声が、少しだけはっきりする。
でも――
名前が、出てこない。
「玲央、ちょっとだけでいいから――」
「必要ない」
真白が遮る。
「その人、もう関係ないから」
「……は?」
頭が、混乱する。
関係ない?
誰が?
「ねぇ」
真白が、優しく頬に触れる。
「その人のこと、覚えてる?」
「……」
考える。
思い出そうとする。
でも――
「……分かんない」
言葉が、自然と出た。
その瞬間。
「ほらね」
真白が、嬉しそうに笑う。
「もう、いらないでしょ?」
その人を見る。
確かに。
知らない人だ。
「……うん」
答えてしまう。
「そっか」
その人が、小さく笑う。
寂しそうに。
「……そっか」
そのまま、背を向ける。
教室から出ていく。
――何か、大事なものが離れていく感覚。
でも。
その“何か”が分からない。
⸻
「えらいね」
真白が、頭を撫でる。
「ちゃんと選べた」
「……選ぶ?」
「うん」
優しく微笑む。
「いらないもの、ちゃんと手放せたでしょ?」
胸の奥が、少しだけ痛む。
でも。
「……うん」
その痛みすら、すぐに薄れていく。
⸻
放課後。
帰り道。
空が、やけに赤い。
「ねぇ玲央くん」
真白が言う。
「今日、減ったね」
「……何が?」
「余計なもの」
当たり前みたいに言う。
「これで、もっと楽になるよ」
手を繋ぐ。
ぎゅっと、強く。
「あともう少しだから」
「……何が?」
その問いに。
真白は、少しだけ首を傾げて――
「“玲央くんだけの世界”になるまで」
にっこり笑った。
⸻
その夜。
スマホを見る。
連絡先。
……少ない。
昨日より、確実に少ない。
でも。
「……こんなもんだっけ」
違和感はあるのに。
深く考えられない。
そのとき。
通知。
《真白:今日もありがとう》
《真白:また一つ、綺麗になったね》
「……綺麗?」
意味が分からない。
でも――
《うん》
そう返していた。
すぐに既読。
《大好き》
⸻
その言葉で。
胸の奥の違和感が、全部消えた。
第4話、読んでくれてありがとう。
ついに“消える”だけじゃなく、
“認識できなくなる”ところまで来ました。
灯の存在も、玲央の中から消え始めています。
でも――
完全には、まだ消えていない。
次はさらに踏み込みます。
現実そのものが壊れ始める。
そして、玲央が初めて“違和感に抗う”瞬間へ。
ここからが本当の地獄です。




