第2話 消えた通知
優しさは、ときに鎖になる。
気づいたときには、もう外せないほどに。
この頃の俺は、まだそれを「愛」だと思っていた。
朝、目が覚めると――
一番にスマホを確認するのが、いつの間にか癖になっていた。
画面を開く。
《真白:おはよ、玲央くん》
その一言で、安心する自分がいる。
さらにスクロールする。
《真白:ちゃんと寝れた?》
《真白:今日も学校で会えるの楽しみ》
《真白:大好き》
通知は、全部真白だった。
――いや。
違う。
“それしか残っていない”という感覚に、少しだけ引っかかる。
確か昨日、誰かからも連絡が来ていた気がする。
……灯?
思い出そうとするけど、履歴には残っていない。
「……気のせいか」
そう呟いて、スマホを閉じる。
⸻
教室に入ると、真白はもう席に座っていた。
俺を見るなり、ぱっと表情を明るくする。
「玲央くん、おはよう」
「おはよ」
席につこうとした瞬間、袖を引かれる。
「ねぇ、昨日ちゃんと寝れた?」
「うん、まぁ」
「そっか、よかった」
真白は安心したように笑う。
でも、その視線は一瞬だけ――
俺のポケットに向いていた。
スマホのある場所。
「……どうした?」
「ううん、なんでもないよ」
にこっと笑う。
けど、その笑顔はどこか作られている気がした。
⸻
昼休み。
トイレに立ったとき、スマホを取り出す。
ロック画面。
通知は、やっぱり真白だけ。
なんとなく違和感が拭えなくて、アプリを開く。
トーク一覧。
――灯の名前が、ない。
「……は?」
思わず声が漏れた。
昨日、確かにメッセージが来ていたはずだ。
見間違いなんかじゃない。
指先が少し震える。
履歴をスクロールする。
でも、どこにもない。
まるで最初から存在していなかったみたいに。
⸻
「何見てるの?」
背後から、声。
振り返ると、真白が立っていた。
「……っ、いや、別に」
反射的にスマホを伏せる。
その一瞬の動きすら、見逃さないように――
真白の目が細くなる。
「隠さなくていいよ?」
優しい声。
でも、その奥に何かがある。
「玲央くんは、私に隠し事なんてしないでしょ?」
言葉が、静かに刺さる。
責めているわけじゃない。
でも、逃げ道がない。
「……してないよ」
そう答えると、真白は嬉しそうに微笑む。
「よかった」
そのまま、俺の腕に絡みついてくる。
「玲央くんは、私だけのものだから」
――その言葉。
昨日よりも、ずっと重く感じた。
⸻
放課後。
帰ろうとしたとき、廊下の先に見覚えのある姿があった。
灯だ。
俺と目が合う。
一瞬だけ、安心したような顔をして――
すぐに、曇る。
「……玲央」
名前を呼ばれる。
でも、その声は少しだけ距離があった。
「昨日、連絡――」
そこまで言いかけて、灯は言葉を止める。
俺の隣にいる真白に気づいたからだ。
真白は、にこやかに微笑んでいた。
「誰?」
その一言。
軽いはずなのに、空気が一気に冷える。
灯は何も言わない。
ただ、俺を見ている。
「……幼なじみ」
そう答えると、真白は少しだけ首を傾げた。
「へぇ」
その笑顔は、やっぱり優しい。
――でも。
「玲央くん、帰ろ?」
腕を引かれる。
逃げるように、俺は歩き出す。
後ろを振り返ることはできなかった。
⸻
その日の夜。
スマホが震える。
《真白:今日は一緒に帰れて嬉しかった》
続けて、もう一通。
《真白:玲央くん、ちゃんと“選んでくれてる”よね?》
指が止まる。
その言葉の意味を、考えたくなくて。
「……選ぶって、何を」
小さく呟く。
でも返信は、決まっていた。
《もちろん》
送信。
すぐに既読がつく。
《よかった。安心した》
そのあとに来たメッセージ。
《だって、玲央くんは――》
⸻
《私が守らないと、すぐ誰かに取られちゃうから》
⸻
画面を見つめたまま、動けなくなる。
守られているのか。
閉じ込められているのか。
もう、わからなかった。
第2話、読んでくれてありがとう。
少しずつ違和感が形になってきました。
「優しさ」と「支配」の境界は、とても曖昧です。
そして、玲央はまだ気づいていません。
“何が失われ始めているのか”に。
次話では、さらに関係が歪んでいきます。
――もう、戻れないところまで。




