第89話 空からの猛襲
「観客の皆さまは落ち着いてくださいまし! セバス! 兵たちをここへ! 総力を結集して会場の守護に当たらせます!」
ゴーシュやルインたちがグリフォンとの戦闘を繰り広げる中、大狩猟大会の配信会場ではメイシャが指揮を取っていた。
突如現れた超大型魔物により騒然となる会場。
その一方で、VIP席にいた大賢者エルミナは深い溜息を吐きながら立ち上がる。
「どれ、儂も少しは働くとするか。メルビス、お主はそのまま座っておれ」
「ゴーシュさんたちの所へ向かわれるのですか?」
「いんや。向かった隙に会場を狙われるのが一番マズいからの。――こうするんじゃ」
エルミナが両手をパチンと合わせると、まばゆい光が走った。
その光は外まで広がり、会場を覆うようにして「壁」を作り出す。
「これは……結界ですか?」
「かっかっか。儂がいてラッキーじゃったな。ほれ、さっき案内してくれた若いの。アルダン家の令嬢ちゃんに伝えてこい。観客たちを下手に会場から出さないようにとな。中にいれば安心じゃ」
「は、はいっ」
エルミナは平然と言ったが、これだけ大規模な結界を作り出せる者はそうはいまい。
いつも飄々とした態度を取ってはいるが、やはりエルミナは大賢者だ。
これが魔法を極めた者の姿かと、隣にいたメルビスも感心していた。
「くっく。これが終わったらアルダン家の令嬢ちゃんに馳走でも振る舞ってもらうとするかの」
***
「あらら、敵さんはまた上空に逃げちまったか」
「これは仕切り直しかしら」
グリフォンへの急襲を仕掛けたルインとシェリーは各々の武器を手に取りながら呟く。
二人は上空に警戒心を払いつつも、近づいてくるゴーシュたちに笑みを向けた。
「ルイン、シェリー! 二人も来たのか!」
「とんでもない化け物の気配を感じてなぁ。参戦させてもらうぜ」
「気配を感じた? 二人は離れた所に行ったと思っていたが」
「兄さんはそういうのが得意なのよ。昨日のゴーシュさんとの腕相撲勝負で使っていた肉体強化魔法と同じようなもので、五感を強化してるの」
「そんなこともできるのか」
ゴーシュはルインの方を見やり、腑に落ちた気分だった。
昨日の大狩猟大会で驚異的なポイントの伸ばし方をしていたが、ルインは五感強化により索敵をスムーズにしていたのだろう。
「本人は『裏技』とか格好つけて言ってるけどね。まあ、そういう言葉を使いたくなるお年頃なんでしょう」
「……マイシスターよ。もうちょっとマイルドな言い方はできませんかね? ただでさえゴーシュさんたちの前で奇襲しかしてねえし、俺への好感度ってもんが……」
「あら? 獲物を横取りするところなんて実に兄さんらしいと思うけど」
「はっはっは、この小悪魔め。あんまり辛辣だと兄さん泣いちゃうぞ?」
「はは……」
二人の独特なやり取りにゴーシュは乾いた笑みを浮かべる。
ゴーシュについてきていた他の三人も呆れ気味で、パルクゥなどは「緊張感ないわねぇ」と溜息を吐いていた。
「と、とにかく、今はみんなで力を合わせましょう! グリフォンを何としても倒さないと!」
ミズリーの言葉で切り替えることとなり、一同は構えを取る。
大狩猟大会の配信が繋がれたままになっており、その様子を視聴しているリスナーからはゴーシュたちに向けて声援が飛んでいた。
【共闘アツい!】
【大狩猟大会どころじゃなくなっちゃったか……】
【グリフォンを狩るという意味ではまだ続いてるかもな】
【しかし、飛行能力を持った相手とは手強いでござる】
【さっきは惜しかったぞ! いけるって!】
【って言ってもさっきのは奇襲だったからな】
【向こうも警戒してさっきより高い所に陣取ってるし。どうするか……】
【あの幻獣ハンパないって! ワイバーンより高く飛んでるやん!】
【でも向こうもこれじゃ攻撃できんでしょ】
【膠着状態か】
【ゴーシュさんたち頼む! こんなのが王都まで飛んできたりしたら精霊祭どころじゃねえよ!】
グリフォンも未だ上空におり、ゴーシュたちは有効な攻め手が見つけられない。
そんな中、最初に動き出したのはグリフォンの方だった。
――グェエエエッ!
豪快に開かれた翼。
それは単なる威嚇行動ではなく、攻撃のスイッチだった。
「――っ! みんな避けろ!」
ゴーシュが声を上げると、他の面々は反射的にその場を離れようとする。
そしてその反応は間違っていなかった。
直後、グリフォンが翼を勢いよく閉じたことで大旋風が発生し、地上を襲ったのである。
「きゃあ!」
「あぶねっ!」
ゴーシュたちは散り散りになって回避を試みたが、完全に避けきることはできなかった。
グリフォンの放った攻撃は、先程パルクゥの火炎魔法を相殺した時のものとは異なっていたのだ。
「痛っ!」
嵐にも似た攻撃が止んだ後で。
大腿の辺りに鋭い痛みを感じたミズリーが視線を下げる。
すると、何か鋭利なもので大腿部を裂かれた跡があり、微かに鮮血が滲んでいた。
「これは……」
幸いにも傷は浅かったが、近くの地面に刺さっている物体を見てミズリーはぎょっとする。
それはグリフォンが旋風に乗せて飛ばしてきた羽だった。
【ミズリーちゃん!?】
【アイツ、羽を飛ばしてきたのか!】
【マジかよ、めちゃくちゃ斬れ味鋭いぞ】
【掠った程度で良かった……】
【直撃していたらと思うとゾッとする】
【むしろよく反応したな】
【大剣オジサンの気づきが早くて助かったか】
【ゴーシュさんナイス!】
【でも、このまま一方的に攻撃されたらマズいぞ】
すぐに体勢を整えようとするゴーシュたち。
しかし、グリフォンの追撃の方が先だった。
再び瞬速の羽が降り注ぎ、標的となったパルクゥが逃げ惑う。
「いやぁあああ! 何で私の方を狙うのよ!」
「もっと速く走れってパルクゥ! オレ様までブッ刺されちまうだろうが!」
「そんなこと言ったって私こういうの苦手なんだってばぁ!」
「クッソ、敵ながら頭いいぜ。運動音痴のパルクゥを狙ってきやがるなんて」
「お助けぇええええ!」
涙目になりながら逃げるパルクゥだったが、徐々にグリフォンの攻撃が迫ってくる。
と、そこへ助けに駆け付けたのはゴーシュだった。
「パルクゥ、掴まれ!」
「えっ? ――きゃあっ!?」
ゴーシュはパルクゥを横向きに抱え上げ、辛うじて羽の雨から抜け出すことに成功した。
「良かった。何とか間に合ったな」
「ゴーシュざぁあああん!」
「やれやれ、助かったぜゴーシュの旦那。オレ様まで穴空きにされるところだった」
グリフォンの死角となる岩場の影まで来て、ゴーシュはパルクゥを地面に下ろす。
相当な恐怖だったのか、パルクゥの顔はくしゃくしゃになっていた。
「羨まし――じゃなかった。大丈夫ですか、パルクゥさん!」
「ミズリー、本音もれてる。というかミズリーこそ足だいじょぶ?」
「あ、はい。私は少し掠ったくらいなので」
「ひゅ~。お姫様抱っこで救出とは、やるねえゴーシュさん」
「フフ、さすがゴーシュさんね。でも、やっぱりあの魔物も相当手強いわね」
ミズリーやルインたちも駆け付けてきて、一行は岩場の影からグリフォンの様子を伺う。
グリフォンはやはり地上に近づくつもりはないようで、バサバサと翼を羽ばたかせていた。
と――。
「ふ、ふふ……。プッツンきたわ。あの鳥野郎、私を泣かすなんて良い度胸してるじゃない」
パルクゥが何やら不気味な笑いを浮かべている。
同時に先程の仕打ちがよほど屈辱だったようで、パルクゥは肩を震わせていた。
「ギギ。アレをやるわよ」
「え、マジ? アレ、疲れるから嫌なんだが――」
「つべこべ言わず準備しなさい」
「あ、ハイ」
パルクゥに凄まれ、ギギは大人しく了承する。
一体何をするつもりなのかとゴーシュたちは怪訝な表情を浮かべたが、すぐにパルクゥから説明があった。
「みんな、お願い。私があの鳥野郎を地面に近づけるから、そこを攻撃して」
「勝算アリって様子ね。何か魔法を使うのかしら?」
「そうよ。ルインにシェリーも協力してくれると嬉しい」
「それはもちろんだけど、どうするつもり? 普通の魔法じゃグリフォンがいる所まで届かないと思うわよ」
「大丈夫。この魔法は必ず命中するわ」
パルクゥはシェリーに向けてニヤリと笑う。
そして、その表情のまま、自信満々な様子で告げるのだった。
「この魔法は――大賢者エルミナ様直伝の大魔法だもの」





