第87話 異変の予兆
「《サイクロン》――!」
決勝戦の開始からまもなくして。
ルインとシェリーのチームを追うべく、ゴーシュたちは魔物を狩りまくっていた。
今は小型魔物の群れを見つけ、パルクゥが風魔法で一掃したところである。
「凄いですパルクゥさん! いっぺんに10体くらいやっつけましたよ!」
「フフン♪ これくらい当然よ。……って言っても全部小型魔物か。もっとペースを上げないと追いつけないわね」
「それでもコツコツだいじ。パルクゥぐっじょぶ」
「ロコの言う通りだ。今の群れを逃さず取れたのは大きいぞ」
「そ、そう? まあ、天才魔女の手にかかればこれくらいはね」
「パルクゥよぅ、あんま調子に乗んなよ? 昨日は虫が出てきただけで暴走してたんだしな」
「うっさい」
頭上の帽子が余計な茶々を入れてきたので、パルクゥはその口をぎゅむっと摘む。
いつものやり取りにゴーシュたちは苦笑していたが、いかんせん今はルインとシェリーに追いつかなければならない状況だ。
ゴーシュたちは互いに頷き合い、すぐに次の魔物を見つけるべく移動を開始した。
***
「そっち行ったぜ、シェリー」
「オーケー。任せて兄さん」
一方その頃、ルインとシェリーのチーム《紅の隼》はフレイムドラゴンに似た大型の魔物を相手にしているところだった。
ルインが放った魔導銃の弾丸に誘導され、魔物は巨大な戦斧を構えたシェリーの方へと突進する。
ルインとシェリーの思惑通り。
そういう展開だった。
そして――。
『なんとー! あのでっけえドラゴンを斧でズバッといったニャ! チビッ娘なのにすんげえ威力ニャ!』
「フフ。一丁上がり、ね♪」
戦斧を軽々と振り回した後、シェリーは着地を決める。
華麗に舞ったようでいて圧倒的な出力を放ったその姿に、配信を視聴していたリスナーも大盛り上がりだった。
【すげー!】
【小柄なのにこの火力……。一体どういうことだってばよ】
【銃使いの兄ちゃんも凄かったけど妹ちゃんの方もヤバいw】
【今のは大型魔物か。てことは10ポイント獲得だな】
【大剣オジサンたちが2位とは。完全に予想外】
【ダークホースの出現でござるな】
【まだだだだ。あああわてるるる時間ぢゃないいいい】
【↑慌ててんじゃねえかw】
【でもゴーシュさんたちもけっこう伸びてる!】
【これは完全に一騎打ちか】
【俺はどっちも応援してるぞ!】
【面白くなってきた】
『さあ、決勝戦も残すところ半分を切ったニャ! 現状トップを突っ走るのは《紅の隼》チーム! 続いて《黄金の太陽》! んで、あとは大きく離れてダンゴ状態ニャ。最後まで目を離せねえ展開になりそうだニャ~!』
実況席のテトラが煽り、観客たちもリスナーたちのボルテージもますます上がっていく。
その様子をVIP席から見ながら、メルビスが隣に座るエルミナに問いかけていた。
「関わりがあると言っていたのは、あの兄妹ですか? 確かに並外れていますね」
「んふふ、どうかのぅ。何にせよ、これで優勝の行方は2つに絞られたか」
エルミナはぶどう酒が入ったグラスを呷りつつ、楽しげに喉を鳴らす。
それから巨大配信画面に映ったゴーシュたちに視線を向け、目を細めた。
(さて、どうするかの。このまま律儀に魔物を狩っていたんじゃルインとシェリーには追いつけん。しかし、そんなことは奴らも分かっとるはず。どう出るか見せてもらうとするか)
***
「ルインさんとシェリーさんが582ポイント、私たちが537ポイントですか。少しずつ迫ってきてはいますが、やっぱり最初の魔物を取られたのが痛かったですね」
「差は45ポイントか。レア魔物を見つけられれば早いんだろうが、そうそう都合よくはいかないだろうし。何かいい方法はないか……」
岩場地帯を巡りつつ、ゴーシュは思案する。
通常の魔物であればロコの鼻も効いただろうが、今回用意されているのは幻影ということもあり、そこには頼れない状況だ。
――どうするべきか。
そこまで考え、ゴーシュはふと辺りを見渡す。
そこには特に変わった様子はなく、開けた場所にゴツゴツとした岩が規則正しく転がっているくらいだ。
しかし、ゴーシュの頭には確かにある違和感がよぎっていた。
それは自然の中で活動することが多かった、いち農夫としての勘のようなものかもしれない。
「? ししょーどうしたの? はやく先に行かないとルインとシェリーに追いつけなくなっちゃう」
「ああ、そうなんだが……」
「ゴーシュさん、何か気になることでもあったの? 別に魔物の姿は見えないけど」
「それが不思議でな。さっきまで……いや、昨日も合わせて、こんなに広い場所で魔物が一匹も目に入らないなんてことはなかったはずなんだ」
「そう言われれば確かに……。でも、だったらなおさら他の所に行かないとなんじゃない?」
ゴーシュと同じく、パルクゥも辺りを見渡す。
やはり取り立てて変わったところは見受けられない。
確かに魔物が一体も見えないのは妙だったが、それくらいだ。
今ゴーシュたちが探しているのはポイントを稼ぐための、元となる魔物。
だからこそ、その状況は好ましいものではない――はずだった。
(もしかして……)
ゴーシュは一つの仮説を思いつき、ぐっと腰を落とす。
そしてそのまま大剣を横に薙ぎ、鋭い剣撃を放った。
「ゴーシュさん!?」
ゴーシュが剣を振るった先には何も無い。
いや、正確にはいくつかの岩石があったが、それ自体は岩場地帯ということを考えれば特段妙なことではない。
だからこそミズリーたちには、ゴーシュが突拍子もないことをやったように見えていた。
しかし、ゴーシュのその行動には確かに意味があったのだ。
「やっぱり……!」
「え、えぇ!?」
姿を現したのは複数のゴーレム型の魔物。
何も無い所に現れたわけではなく、それまで何の変哲もないと思われていた岩石自体が魔物だった。
――グガァ!
ゴーレム型の魔物たちがゴーシュの放った剣撃に押され、よろめく。
その光景を見て、ミズリーたちも状況を把握した。
「ゴーレム……!」
「そうか、岩に擬態してたんだわ!」
獲物の出現に、即座に臨戦態勢を取るミズリーたち。
ゴーレムたちも体勢を立て直そうとするが、それよりもゴーシュの第二撃の方が早かった。
「四神圓源流――《紫電一閃》!」
ゴーシュが大剣を振るうと、重量を伴った剣閃が走る。
その攻撃は大型のゴーレムたちをまとめて両断し、一瞬のうちに無力化することとなった。
『ニャニャニャア!? 《黄金の太陽》、大型魔物5体をまとめてぶっ潰したぁっ! これで一気に50ポイントを獲得ニャ!』
【おぉおおおおっ!】
【素晴らしいでござる!】
【さすがゴーシュさん! 俺たちにできないことを平然とやってのける!】
【っぱ大剣オジサンよ!】
【僅差だけと1位入れ替わった!】
【やるでねえか!】
【これでさっきのレア魔物分を取り戻したぞ!】
【この決勝面白すぎでしょw】
ゴーシュの一振りでポイントレースはほぼ横並びの展開となる。
コメント欄はお祭り騒ぎとなり、それは配信会場も同じだった。
「さっすがゴーシュのおじ様ですわ~! 各所に配置してた擬態型の魔物に気づくなんてグゥレイトすぎますですわ!」
主催者ポジションだったためそれまで中立で観戦していたメイシャも思わず声を張り上げる。
驚きと感嘆。
そういった会場の熱を感じつつ、エルミナも楽しげに笑っていた。
「くっくっく。やりおるのぅ。そうでなくては面白くないがな」
「流石はゴーシュさん。これで分からなくなりました」
「これはまさしく白熱した戦いじゃ。おーい、ぶどう酒おかわり」
「飲み過ぎは良くないですよ。と言いたいところですが、お気持ちは分かります」
「くっくっく。お主は飲めなくて残念じゃのぅ。こんな拮抗した競争はそうそう――」
「エルミナ様? どうしました?」
エルミナの言葉が不意に切れ、メルビスは怪訝な表情を浮かべる。
それまで陽気に笑っていた雰囲気は消え、エルミナの表情には警戒の色がありありと浮かんでいた。
「ふむ。どうやら空気の読めん輩が迷い込んだらしいの」
「え?」
エルミナは会場の中央にある配信画面とは別の方向を見ながら、静かに目を細める。
その顔は緊張感の漂うもので、メルビスも自然と息を呑んでいた。
***
「お、オーナー。本当にやるんですか?」
「当たり前だ! 我らは決勝に進むことすらできなかったのだぞ! 虚仮にされたまま引き下がれるか!」
その頃、ゴーシュたちのいる場所からさほど離れていない山岳地帯にて。
昨日、呆気なく予選敗退となった《黒曜の翼》と、そのオーナーであるジルコーニが何やら不穏なやり取りを交わしていた。
「せめて奴らに天誅を食らわせよ! その光景を直接目に焼き付けぬ限りは、溜飲を下げることなどできん!」
「しかし、外から魔法であいつらを攻撃するなんて、かなりリスクが……」
「知ったことか。バレなければどうということはないのだ。さっさと霧隠れの魔法を展開し――のぁあああああ!?」
突如、ジルコーニが絶叫する。
その視線の先にあったのは、人の体など比べ物にならないほどの巨体を持つ、鳥獣だった。
「な、なんだコイツはぁ!?」
鈎爪だけで人の背ほどもあり、鋭く尖ったクチバシはその魔物がまさしく捕食者であることを主張している。
それは、大狩猟大会にあたって魔法使い集団が用意したものでは断じてない。
そうジルコーニは直感したのと同時、まず《黒曜の翼》の一人が吹き飛ばされる。
続いて前足がドカンと地面に叩きつけられ、ジルコーニ以外の面々が土砂とともに空中へと投げ出された。
飛ばされた連中は幸いにも気絶で済んだようだったが、この魔物が普通でないことは一目瞭然。
ジルコーニは自分の体がかつて経験したことがないほどに震えているのを感じ、助けを乞うかのように呟いた。
「コイツはまさか……。幻獣――グリフォン、か?」
その言葉を言い終わるのが先か。
グリフォンの咆哮を目の当たりにした恐怖から、ジルコーニは泡を吹いて倒れるのだった。





