第85話 白熱の前哨戦
「何はともあれ、1日目お疲れ様でした! 明日の決勝に向けて決起集会といきましょう!」
「おー」
夜になって。
ゴーシュたちは昨日に続いて精霊祭の出店を巡ることにした。
王都の街中は楽しげな喧騒に満ちていて、往来も大勢の人通りで賑わっている。
夜という雰囲気もあってか、昨日以上に幻想的で非日常的な光景だった。
「そういえば今日も浴衣なのね。まあ、これはこれで良いんだけど」
「なんだよパルクゥ。せっかくミズリーちゃんが選んでくれたのに不服だってのか? ああん?」
「何で使い魔に敵視されてんのか分かんないんだけど。いや、別に浴衣が嫌ってわけじゃなくて、アンタを頭に被ってると似合わないんだってば」
「そんなことはねえだろ。オレ様のイカす風貌はどんな服だろうがマッチして――」
「うん、やっぱり似合わない。ということで、これはナシね」
「あ、おい。帽子なのに被らねえとはどういうことだ。オレ様の定位置がぁ」
浴衣に魔女帽子は似合わないという理由で、ギギはパルクゥの手の中に収まる。
そうしてゴーシュたちは、昨日よりも賑やかな一行となり出店を巡っていく。
ミズリーは明日の決勝に向けた決起集会と銘打っていたが、要は夜店巡りをするための口実である。
時には出店に売っている珍しいものを見つけ、時には食べ歩きをしながら。
ゴーシュたちは和気あいあいとした雰囲気を楽しんでいく。
そうして半刻ほどが経ったところで、一行は小休止を取ることにした。
屋外に設けられていたベンチに腰掛けると、ゴーシュたちの元へ気持ちの良い夜風が吹いてくる。
露店で販売されている食べ物の匂いも乗っかっていて、まさに祭りの空気感だった。
「それにしても、明日が決勝かぁ。賞品のシチイロカネ、欲しいわねぇ」
「お空を飛んだり音のブレス吐いたりできるふしぎいし。ちょーほしい」
「そのためには銃使いと斧使いの二人組……ルインとシェリーって言ったっけ? あれに勝たないといけないわけだけど」
「能力も魔法の銃を使うこと以外未知数ですしね。かなり強敵みたいですが」
「むむむ、強敵っぽい」
「変わった雰囲気の二人だったな。できれば、少し話をしてみたかったんだが」
「そういえば会場からすぐにいなくなっちゃってましたね。また明日機会があれば、でしょうか。……おや?」
ベンチに腰掛けたまま談笑していたところ、何かに気づいたミズリーが声を漏らす。
ミズリーの視線の先には妙な人だかりができており、そこにいたのは赤髪のイケメン男――ルインだった。
(いるー!?)
人だかりの中心にいたルインは、樽を挟んで大男と腕を組み合っている。
どうやら腕相撲の勝負をしているらしい。
ルインは長身ではあるが、別に筋肉質というわけでもなく、どちらかというと細身である。
傍から見れば大男の方が勝つだろうと思えたが、結果は違っていた。
「ファイッ!」
「ていっ」
「ぬぉお!?」
さして力を入れた様子もなかったルインが大男の腕を倒しきると、周囲からワッと歓声が上がる。
「おぉおおおお! すっげーぜ兄ちゃん!」
「これで10戦負け無しだ!」
「ステキ~!」
「まさか腕相撲チャンピオンのズーリまで破るとは!」
勝者となったルインに称賛を送る観客たち。
一方でルインは涼しげな笑みを浮かべていた。
「ハハハ、やられたぜ。まさかそんな体型でこんな怪力とはな」
「まともにやったらアンタみたいな大男には勝てねえだろうけどな。ま、ちょっとした裏技ってヤツさ。……ん? おお、ゴーシュさんじゃん! おーい!」
そこでルインもゴーシュたちに気づいたようで、ブンブンと手を振っている。
それから手招きをされたので、ゴーシュたちはルインの元へと向かうことにした。
「はっはっは、嬉しいぜゴーシュさん。こんな所で会えるなんてな」
「俺もびっくりしたよ。大狩猟大会の後で探したんだが、いなくなってたから」
「ああ、それね。ちょいと急ぎで今日の出来事を報告しなくちゃいけなくてな」
「報告?」
「んー、まあ気にしなくていいぜ。別に怪しいもんじゃないからさ。と、それよりもゴーシュさん、どうだい?」
ルインはニヤリと笑みを浮かべ、樽の方を指差す。
勝負しないか、ということらしい。
(さっき大男相手に完勝していたな。そんなに力があるようには見えないけど。それに、大狩猟大会で別れ際に言っていた『裏技』を使っているという言葉。やればその秘密が分かるか?)
単純な興味と好奇心もあり、ゴーシュはルインの申し出を受けることにした。
大樽を挟んで向き合うゴーシュとルイン。
その二人を見守るようにしてミズリーたちも近くにいたが、そこに声を掛けてくる人物がいた。
「ご機嫌よう。気持ちのいい夜ね」
ルインの妹であり、巨大な戦斧使いの美少女、シェリーである。
「あ、こんばんは。シェリーさんもいらしたんですね」
「ええ。最初は夜店を巡っていたのだけど、兄さんの好奇心が働いちゃってね。待たされて退屈してたから貴方たちが来て良かったわ」
「ハハ……。それは災難でしたね」
シェリーは微笑を浮かべ、耳にかかった桃色の髪を掻き上げる。
さすがに今は斧を背負っていなかったが、やっぱり絵になる子だなぁと思いながらミズリーはシェリーの仕草を眺めていた。
「ね。ただ見ているだけじゃつまらないし、賭けをしましょうか」
「え?」
「あの勝負。私の兄さんとゴーシュさん、どっちが勝つか。当然そっちはゴーシュさんに賭けるでしょうけど。外した方は相手の言う事を何でも聞くっていうので」
「何でもって……」
「そうねぇ、何が良いかしら。『水着姿でセクシーな踊りを披露してみた』なんて配信をやってもらうとか?」
「水着で踊る配信……」
「想像しちゃった?」
「し、してませんよ! あと、やりません!」
「あらそう? すっごく人気出ると思うんだけど」
「そんなことは……。というか何でシェリーさんが勝つ前提なんですか!」
「アハハ、やっぱりミズリーってば面白いわね」
ミズリーが赤面する一方で、シェリーは小悪魔のような笑みを覗かせる。
小柄で年齢も下に見えるのだが、シェリーがミズリーをあしらっているという構図だった。
「はぁ……。この子、完全にミズリーより上手ね。思いっきりからかわれてるじゃない」
「シェリー、おもしろい」
「ありがと。私も配信でパルクゥとロコちゃんには楽しませてもらっているわ。もちろん、そっちの喋る帽子さんもね」
「フッフッフ。嬢ちゃん、見る目あるじゃねえか。またファンを獲得しちまったか。まったく、オレ様ってば罪作り――あだだだだ。おまっ、パルクゥ、潰すなって」
「アンタは調子乗るんじゃないの」
「フフ。――と、そろそろ始まるわね。さっきのは冗談として、負けた方は勝った方に綿あめでも奢るってことで」
「そ、それくらいなら良いですけど……」
気を取り直し、ミズリーは勝負の方に目を向ける。
視線の先ではゴーシュとルインの二人が大樽の上で腕を組み、地面についた足に力を込めているところだった。
ゴーシュは一つ息を吐き出し、精神を集中させる。
腕相撲は握っただけで相手の実力が概ね分かるというが、まさに今、ゴーシュも同じ感覚を抱いていた。
(……強いな。体格は細身なのに、大岩のような安定感がある。それに、気のせいか? ルインの体の周りが淡く光っているような……)
ゴーシュの目にしたそれは間違いではない。
ルインの体は白い気流のようなものを纏っていたのである。
「君のそれは……」
「これも裏技の一つさ。ゴーシュさんと普通にやったんじゃ勝ち目ないからな。簡単に言うと、魔法で肉体を強化してるんだよ」
「肉体を強化……。そんなこともできるんだな」
「ま、この魔法についてはシェリーの方が得意なんだけどな。ズルだっていうのならやめるけど」
「いや、魔法も立派な実力の一つだろう。それに、その力を使った君に興味がある」
「ハハ、そう言ってくれると助かるぜ」
ゴーシュとルインは互いに頷き合い、開始の宣言を待つ。
二人の間には剣豪同士の決戦のような緊張感が満ちており、周囲も自然と固唾を呑んで見守っていた。
そして――。
「ファイッ!」
審判役の男が開始を宣言し、二人は渾身の力を込める。
二人が組んだ腕は開始位置からほとんど動かなかったが、凄まじい攻防であることは誰もが分かった。
みしりと音を立て、周辺の空気を力で押し固めたかのような力の拮抗。
そのせめぎ合いは見ている者が自然と拳を握ってしまうほどで、まさに白熱の名勝負だった。
(なんて力だっ……! 少しでも気を抜けば体ごと持っていかれそうだ)
(ハハッ、マジかよ……! こっちは魔法でブーストしてんのに、それを腕力だけで押し返してくんのか)
ゴーシュ、ルインとも、相手の脅威を肌で感じ取り、汗を滲ませる。
どちらが勝つのか。
観客たちはその結果の訪れを待ったが、決着は予想外の形だった。
「「――っ」」
バギャッと音を立て、勝負の土台となっていた大樽が耐えきれずに砕け散ったのだ。
分厚い木片が辺りに散らばり、それまでの膠着が一気に解き放たれたかのようだった。
「残念。引き分けね」
シェリーが言って、見守っていたミズリーたちも塊となった息を吐き出す。
それほどに緊張感のある一戦だった。
「ハハ……」
「ふっふっふ……」
緊張感から解放されたゴーシュとルインは、互いに微笑を浮かべ、戦いの余韻に浸っている。
その様子を見た観客たちは我に返ったかのように沸き立ち、二人に歓声を浴びせた。
「す、凄い戦いでした……」
「ふぅ。まさかアレを使った兄さんに対抗できるなんてね。フフフ、やっぱりゴーシュさんは興味深いわ」
「シェリーさん?」
「せっかくだからご馳走してもらいたかったけど。仕方ないから兄さんにおねだりするわ」
シェリーはひらひらと手を振りながら、ミズリーたちの元を去っていく。
「兄さん、お腹が空いたわ。そろそろ行きましょ」
「おう、そうだな。力を使ったら俺も腹減っちまった。あっちの店で肉の太巻きってのが――」
「ダメ。待たせた罰として私の希望からよ。まずは綿あめというのを食べてみたいわ。その後はクレープね」
「相変わらず容赦ねえこって……。ま、可愛いマイシスターの頼みじゃしょうがねえか」
有無を言わせないシェリーに肩を落としながら、ルインは溜息をつく。
ゴーシュがそんな二人の様子に苦笑していると、シェリーがくるりと振り返った。
それに従い、ルインもまたゴーシュに向き直る。
「じゃあね、ゴーシュさん。明日の決勝でまた会いましょ」
「今日の勝負は明日に持ち越しってことで。楽しみにしてんぜ」
「……ああ。俺たちもだ」
ゴーシュの返事を受けると、ルインは満足げな笑みを浮かべ、シェリーと共に去っていく。
「負けられませんね」
「そうだな。明日に向けて、より気合いが入ったよ」
ゴーシュは高揚感を覚えながら、ルインとシェリーの背中を見送る。
そうして、大狩猟大会決勝の前哨戦とも言える夜は過ぎていった。





