第78話 大賢者エルミナと――
「え、ええっ!?」
占い師の正体は大賢者エルミナ・アルアートである。
パルクゥが告げたその言葉に、ゴーシュとミズリーは目を見開いていた。
大賢者といえば、この世界に配信文化という革命をもたらしたことで知られているが、それだけではない。
かつて凶悪な魔物が跋扈していた時代を生き抜き、現代の平和な世界の礎を築いたとまで言われる人物だ。
加えて様々な魔法理論を構築し体系化することで世の文明を大きく発展させるなど、エルミナの残してきた功績はあまりに多い。
そんな人物がさっきまで自分たちの占いをやっていたというのだから、ゴーシュとミズリーが驚くのも当然だった。
ゴーシュたちが慌てて視線を向けると、エルミナはそれまで目深に被っていたフードをばさりと取る。
その外見は端麗と表現するのが正しいだろうか。
腰の辺りまで伸びたアッシュブロンドの髪は上品さを感じさせ、細められたエメラルドの瞳が高級な細工物のように似合っている。
かと思えば、エルミナは悪戯が上手くいったとばかりに笑みを浮かべており、大人っぽさと子供っぽさが同居しているかのような佇まいである。
どことなく気さくで無邪気。
けれど得体が知れず、沼のように底が深い。
ゴーシュが大賢者エルミナに対して抱いた印象はそういうものだった。
「バレちゃしょうがないのぅ。ま、いいサプライズになったじゃろ」
「アハハ……。不思議な雰囲気の人だなと思っていましたが、まさか大賢者様だったなんて」
「まったく、こんな所で占い屋さんをやってるなんてね。神出鬼没なのはらしいと言えばらしい気もするけど」
「時にパルクゥよ。あのやかましい使い魔の帽子はどうした? 今日は被っとらんみたいじゃが」
「ギギはギルドに置いてきたわ。寝てて起きなかったし。浴衣には合わなかったからちょうど良かったわ」
確かパルクゥとエルミナは同郷の知り合いなんだったかと、ゴーシュは二人のやり取りを見て思い当たる。
魔女の住処とも言うべき《ミストの里》。
その場所で幼い頃にエルミナから魔法を教わっていた、というのがパルクゥの話だった。
「大賢者さま。獣人族の間でもゆーめーじんだから私も会ってみたかった。こんなきれーな人だと思わなかったけど」
「お? おおー、ロコちゃんじゃ! うんうん、実物はやっぱりぷりちーじゃのぅ。お持ち帰りしたいくらいじゃ」
「あつい……」
「やめなさいってばお婆ちゃん。ロコが迷惑がってるわよ」
エルミナがロコに抱きついており、それをパルクゥが嗜める。
パルクゥにお婆ちゃん呼ばわりされても指摘するどころではなく、エルミナはロコに夢中のようだ。
そこだけを見ると大賢者としての威厳みたいなものは欠片もない。
「あのー」
「ん?」
ふと、そのやり取りを見ていたミズリーがおずおずとエルミナに声をかける。
「大賢者様はやっぱり私たちのことをご存知ですよね? 私やゴーシュさんの名前もそうでしたけど、ロコちゃんのことも知っているようですし。その、もしかして配信を見てくださったり?」
「ああ、そうじゃよ」
「そ、それは感激です。まさか大賢者様に見ていただいていたなんて」
「この前の、モスリフでやってた黒封石の調査配信があったじゃろ。あれをメルビスと一緒に見てたんじゃ」
「お姉ちゃんと!?」
予想外の人物の名前が出て、ミズリーは思わず声を上げる。
配信を一緒に見るということは、それなりの仲ということだろう。
メルビスも歌姫として超有名人なだけにどこかで繋がりがあったのかもしれないが、それでも自分の姉が大賢者と知り合いというのは予想外であり、ミズリーは驚く他なかった。
一体どういう関係なのかと聞くより先に、エルミナは何かを思い出したかのようにポンと手を叩いた。
「そうそう、ゴーシュよ。お主には感謝せねばならんの」
「え?」
言って、エルミナはゴーシュに向き直る。
「よもやあの黒竜ニーズヘッグをぶっ倒すとはな。黒封石の封印が解かれた時にいたのがお主じゃなければ、多くの村や街にも大きな被害が出ていたじゃろう。まったくもってよくやってくれた。礼を言わせてもらおうぞ」
「こ、光栄です。でも、何で大賢者様が俺にお礼を?」
「なに、少なからず儂の作ったものが関わっとったからの」
「大賢者様の作ったもの?」
「黒封石じゃよ」
「あ――」
エルミナの言葉にゴーシュは息を呑む。
「大昔は現代よりも強力な魔物が溢れていての。それは殺伐とした世界じゃった。そんな状況を変えるために作り出したのが黒封石だったんじゃが、それが上手くいった。時間はかかったが、古代の魔物は軒並み封印できたというわけじゃ」
「まさか黒封石まで大賢者様の功績だったとは」
「だから、制作者として礼くらいは言っとこうと思っての」
「き、恐縮です」
ゴーシュがこわばった顔で返すと、エルミナは「やはり慎ましい奴じゃな」と言って口の端を上げる。
「ところで、お婆ちゃんは何で王都にいるわけ? 精霊祭があったから?」
「いんや。ちょっと気になることがあっての」
「気になること? 何かあるんなら手伝うけど?」
「んむ。お主らになら話しても良いが、まだ諸々の情報も整理しきれとらん。杞憂に終わる可能性も全然あるから、心配無用じゃ」
「そういうのって大体後になって表面化するやつだと思うんだけど……」
「くっく。ま、その時はその時で力を借りるかもしれんの」
エルミナの言葉にパルクゥは短く溜息をつく。
どうやらエルミナにも色々とあるらしいが、今は何か問題が発生しているというわけでもないらしい。
パルクゥはそう考え、それ以上は追求しないでおいた。
「とにかく、パルクゥが馴染んでるようで良かったわい。それじゃ、儂はそろそろ行くとするかの」
「こらこら。ロコをお持ち帰りしようとするんじゃないの」
「ちっ。バレたか」
ロコを抱きかかえながら去ろうとしたところ、待ったをかけられるエルミナ。
仕方なくといった感じでロコを下ろしていたが、残念そうな表情を見るに、割と本気で持ち帰ろうとしていたのかもしれない。
エルミナの自由奔放ぶりにパルクゥはまたも頭を抱えていた。
「あの、大賢者様」
「ん?」
再び裏路地の奥へ歩き出そうとしたエルミナだったが、そこへゴーシュの声がかかる。
「その、俺もあなたにお礼を言いたくて」
「儂に礼じゃと?」
「あなたが作ってくれた配信文化のおかげで、俺は色んな体験をすることができました。それに今はミズリーやロコ、パルクゥとも一緒に楽しく配信ができていて、それを喜んでくれる人もいて。だから、感謝してるんです」
「……」
「本当に、ありがとうございます」
ゴーシュが頭を下げる。
その姿を見たエルミナは、少しだけ驚いたような表情を浮かべ、そして、小さく笑みを浮かべた。
「……そうか」
エルミナは呟き、遠くを見るように目を細める。
それは印象的な表情で、昔を懐かしんでいるようにも見えた。
「そう言ってくれるなら、あやつも浮かばれるじゃろう」
「え?」
「かつての仲間じゃ。とうの昔に死んだがの。儂はそいつと約束をしたんじゃよ」
「約束……」
「さっきも言った通り、大昔は凶暴な魔物で溢れておった。その頃は人が亡くなることなんて珍しくなくての。本当に……現代の平穏が奇跡であるかのように、殺伐とした世界じゃった」
「……」
「そんな昔にの、仲間の一人が死に際、儂に言ったんじゃ。いつかこの世界が平和になったら、楽しいことで満ち溢れた世の中にしてほしいとな。儂はそれを叶えると約束した」
エルミナは赤く染まり始めた空を見上げる。
夕陽の色に包まれ、そのせいかゴーシュたちの目にはエルミナの姿がどこか儚げに映った。
その時、エルミナが思い浮かべていたのは昔日の記憶だろう。
ゴーシュたちには想像することしかできなかったが、それは確かに大切なものであると、エルミナの表情は物語っていた。
「とまあ、儂が配信文化を広めたのにはそういう背景もあるわけじゃ。だから、お主が言ってくれた言葉は素直に嬉しい」
「大賢者様……」
「ふふん、律儀に約束を守っとる儂も偉いじゃろう?」
エルミナの表情は、先程までと同じようにおどけた感じの笑みへと戻っていた。
今の環境はエルミナを始めとして、過去の時代を生き抜いた人々の想いによって成り立っているのだろうと、ゴーシュは感慨と感謝の念を抱く。
それはミズリーもロコも、パルクゥも同じだった。
「さて、辛気臭い話は終わりじゃ。そういえば、明日は精霊祭の目玉である大狩猟イベントがあるんじゃろ?」
「あ、はい。俺たちも参加します。配信で中継もされるので大勢の人が見ますよ」
「フフン。天才魔女たる私も加入したことだし、優勝間違いなしよ! 全世界にこの私の活躍を披露するわ!」
ゴーシュの後に続いたパルクゥは自信満々といった感じだ。
しかしエルミナはそのパルクゥの態度に対し、ニヤリと含みのある笑みを浮かべていた。
「それはどうかのぅ、パルクゥよ。思わぬ伏兵が現れるかもしれんぞ?」
「伏兵、ねぇ……」
「ま、儂も気が向いたら見に行ってみるかの。とにかく、頑張ることじゃな」
エルミナはそう言って、今度こそゴーシュたちの元を去ろうとする。
ゴーシュたちはエルミナの背中を見送っていたが、不意に一陣の風が走り、その風に溶け込むようにしてエルミナの姿は見えなくなった。
***
「なんじゃ、お主らももう王都に来ておったか。――ルインにシェリーよ」
王都の鐘が吊るされた鐘楼、その高所にて。
ゴーシュたちの元から風魔法で移動したエルミナが降り立つと、そこには二人組の男女がいた。
ルインと呼ばれた人物は赤髪かつ長身の美男といった感じで、飄々としながらも掴みどころのなさそうな風貌。
シェリーの方は艶やかな桃色の髪を持つ少女という外見だったが、ミステリアスな佇まいのせいか少し大人びて見えた。
特徴的なのはそれぞれの得物で、ルインは腰にホルスターを装着し、シェリーは小柄な体に似合わず巨大な戦斧を所持している。
そして、両者とも瞳は深い緑色だった
「ま、せっかくのお祭りだし? 早入りしてシェリーと夜店でも回ろうかなと」
「フフ。兄さんと一緒だと色々と気疲れしてしまいそうだけれど」
「おいおいマイシスターよ。まるで俺が世話の焼ける子供みたいじゃねえか」
「あら? 違うの?」
「我が妹が辛辣でつらい!」
「お主ら、相変わらずじゃのぅ」
二人のやり取りを見て、エルミナは短く嘆息する。
兄であるルインの方はテンションが高めで、妹のシェリーはルインを軽くあしらうような対応を見せることが多い。
ある意味仲睦まじい感じの兄妹なのだが、二人とも明らかに一般人に見えないのは所持している得物のせいだろうか。
そのまま放置しておくと二人で会話を続けそうだったので、エルミナは軽く咳払いして割り込む。
「二人とも、祭りを楽しむのはいいが、本来の目的は忘れてはおらんじゃろうな?」
「もっちろん。まずは明日の大狩猟イベントですよね? そこで例の奴らを探る、と」
「うむ。分かってるならよい」
一応まともな答えが返ってきたことで、エルミナはどこか安堵したように息をついた。
一方でシェリーは夕陽の方を眺めながら、微笑を浮かべる。
「フフフ、楽しみね」
シェリーは自身の高揚を確かめるように呟き、高台に吹く風に心地よさを感じていた。
「私たちの目的とは別だけれど、やっと大剣オジサンに会えるんだもの。ちゃんと挨拶しなくっちゃ」





