第99話 遺構探索デート
「ここは……」
シェリーに連れられてゴーシュがやって来たのは、王都の広場から外れた裏路地だった。
人通りはなく、表通りの賑わいも届かない閑散とした場所。
前方には石造りの壁があるのみで、行き止まりになっている。
そこでシェリーはピタリと足を止め、壁にそっと手をついた。
こんな所で何をする気なのか。
ゴーシュがそう問いかけようとした瞬間、シェリーが触れた場所が淡く輝き出した。
「え――?」
ずりずりと石の擦れる音が響き、それまでただの行き止まりだった場所に道が現れる。
正確には、地下へと続く階段だった。
「地下への階段か。王都にこんなものがあったなんて知らないんだが……」
「秘密の入り口みたいでドキドキするわよね。それじゃ、行きましょ」
ゴーシュの疑問は解消されるどころか更に増えてしまったのだが、シェリーはいつもの表情を崩さず地下へと降りていってしまう。
ゴーシュは仕方なく後を追って、地下への階段を下っていく。
すると――。
「な、何だこれは……?」
「フフ、凄いでしょ」
階段を下りきった先でゴーシュが目にしたのは、広大な地下空間だった。
天井を支える石柱はどれも古びていて、まるで童話の中に出てくるような遺跡を思わせる。
間違いなく大衆に知られている場所ではないはずだが、所々に光の玉のようなものが浮かんでいるおかげで周囲を見渡すことができた。
「大昔の遺構といったところね。私も王都の地下にこんな場所があるなんて、最近まで知らなかったけれど」
「光の微精霊がたくさんいるな。おかげで照明いらずなのはありがたいが」
「綺麗よね。煌蟲っていうらしいわよ」
シェリーはそう言って笑みを崩さずにいたが、やはり微妙に何を考えているかゴーシュには分からない。
確かに古代の遺構と光の精霊が満ちる場所というのは幻想的ではあったが、デートというにはあまりにも風変わりな場所である。
それに、ゴーシュはシェリーが戦斧を背負っているのも気になった。
大狩猟大会の時に使用していた、小柄なシェリーにそぐわない巨大な斧。
まさか普段街中を歩く時も携帯しているわけではないだろう。
といって、デートに斧が必要などという理由も思いつかず、それもまたゴーシュの疑問となっていた。
「なあシェリー。そろそろ教えてくれてもいいんじゃないか?」
「ん?」
「君が何故この場所を知っているかも疑問なんだが、一体何の目的で――」
「あ、ちょっと待ってゴーシュさん」
ゴーシュの疑問を遮って、シェリーは人差し指を口に当てる。
そして、シェリーは何を思ったのかゴーシュに歩み寄ってきた。
もう少しで体が触れそうという距離まで近づき、ゴーシュの眼の前にシェリーの顔がくる。
「えっと……?」
シェリーの行動の意図が分からず、困惑するゴーシュ。
一方でシェリーは微笑を浮かべ、背負っていた戦斧にそっと手を伸ばした。
ゴーシュは一瞬身構えたが、すぐにシェリーの思惑を察することとなる。
「ゴーシュさん、動かないでね」
そこからのシェリーの動きは獲物を見つけた獣のようだった。
それまでゆったりとしていた動きが一気に加速し、手にした戦斧を軽々と振り下ろしたのだ。
「――っ!」
「命中ね♪」
シェリーが斧を振り下ろしたのはゴーシュの斜め後方。
襲いかかろうとしていた小型の魔物を撃墜するためのものだった。
「これは、毒牙虫か?」
ゴーシュは石畳の上に両断された虫が落ちているのを見て呟く。
こぶし大ほどの大きさで、毒の牙を持つとされる俊敏な虫型の魔物。
死角からの襲撃でやられてしまう冒険者も多く、噛みつかれれば一日はまともに歩けなくなるという小さいながらに厄介な存在である。
「危なかったわね。と言っても、ゴーシュさんも気付いてたみたいだけれど」
「首筋に気配を感じてな。でも、位置的にはシェリーが対処して正解だったと思う。ありがとうな」
「ウフフ。どういたしまして」
ゴーシュから礼を言われたのが嬉しかったのか、シェリーはいつもよりはっきりと笑みを浮かべる。
先程巨大な斧を振り回したとは思えないその表情に、ゴーシュの方は苦笑いとなっていた。
(それにしても凄い俊敏性だったな。ルインが言うには肉体強化の魔法に関してはシェリーの方が上だって言ってたけど、それも分かるくらいの疾さだった)
ゴーシュは眼の前で微笑を浮かべている少女を見ながら、素直な感想を抱く。
大狩猟大会の時も感じていたことだが、可愛らしい見た目からは想像もできないほどの戦闘力である。
「そういえば、ゴーシュさんの質問の途中だったわね」
「あ、ああ。そうだな。えっと、シェリーは何の目的でここに?」
「ある人から依頼されたの。奥の方に目的のモノがあるんだけど、その回収を頼まれたのよ。兄さんの方とは手分けしてて、別の似たような場所に行ってるわ」
「なるほど。さっきの様子だとこの場所は魔物も出るみたいだしな。でも、君くらいの強さがあれば俺なんていらなかったんじゃないか?」
「そんなことないわ。ゴーシュさんがいてくれたらすっごく心強いし、何より私がまた一緒に戦ってみたかったしね」
シェリーはそう言ってウインクをして見せる。
シェリーとルインに依頼を出したのがどんな人物なのか気になるゴーシュだったが、そこまで踏み込むべきではないだろうと考え、質問はそこで止めておいた。
「ハハ……。しかし、やっぱりデートというのはウソだったんだな。どちらにせよ協力はしたし、始めから言ってくれれば良かったのに」
ゴーシュは苦笑しながら頬を掻く。
シェリーの誘い文句はやはり口実であり、魔物のいる場所に行く上で助太刀を頼みたいというものだったのだ。
――と、ゴーシュはそう考えていたのだが、シェリーはきょとんとして目をまんまるに見開いていた。
「あら、そんなことはないわ。私はデートのつもりよ?」
「ん?」
「街を練り歩くだけがデートじゃないわ。依頼があるのは本当だけれど、ゴーシュさんと一緒にこういう場所を探索できたらとても楽しいと思ったのよ」
「……」
今度はゴーシュの方が呆気に取られた表情へと変わる。
その反応が面白かったのか、シェリーはくすくすと笑って満足そうだった。
「さ、ゴーシュさん。デートの続きに行きましょう」
シェリーはニコリと笑いかけ、遺構の奥へと歩き出す。
ゴーシュはハッとしてシェリーの後を追いかけるのだが、見事なまでに翻弄されていると感じていた。
(やっぱりよく分からない子だ……!)





