第96話 新武器の威力
「ミズリー!」
工房の外で待っていたゴーシュは、ミズリーの姿を見つけるとたまらず駆け寄った。
「大丈夫だったか!? 痛むところとかは……」
「え、ええ。今は見ての通り何ともありません。体もしっかり動きますし」
肩を抱かれたミズリーがゴーシュの勢いに押され、やや戸惑いつつも答える。
ゴーシュは狼狽している様子だったが、それだけミズリーが心配だったということだ。
笑みを浮かべるミズリーも強がっているわけではなさそうで、ゴーシュは深く安堵の息を漏らす。
「でも、今回のは反省しないとですね。見る人が安心して楽しめる配信を目指しているのに、リスナーさんたちにも心配をかけてしまいましたし……」
「そうだな」
ミズリーは殊勝な態度を見せたが、ゴーシュはその意識を立派だとも思っていた。
そのことに気付けているのであれば、自分がするべきは諭すことではないだろう。
ゴーシュはそう考え、ミズリーに感謝を告げた。
「確かに無茶しすぎたところもあったが、そこはミズリーが理解していれば良いと思う。それよりも、俺はミズリーの心意気が嬉しかったよ。よく頑張ったな」
「ゴーシュさん……」
微笑んだゴーシュに向けて、ミズリーも笑みを返す。
そんな二人を見ながら他の面々も感想を漏らし始めた。
「まあ、何かあったらすぐにロコが助けられるようにしていたし。安全対策はきちんとできてたんじゃない? リスナーさんたちも分かってくれてたと思うけどね」
「はは、そうだな。そこはきちんとしていたと思う」
「ゴーシュの旦那だっていつも危険な役を買って出るところあるからなぁ。ミズリーちゃんに無茶しすぎだとか言えないぜ?」
「そだね。ししょーもミズリーも似た者どうし」
「うぐっ……。それを言われると俺も反省しないとな」
痛いところを突かれたゴーシュが苦い顔になる。
弛緩した空気が流れ、一行の様子を微笑ましく見守っていたボルガが声をかける。
「さて。それでは次の工程に移らんとな。皆、工房の方へ行くとしよう」
「そうですね。ボルガさん、お願いします」
ボルガの声に、ゴーシュたちは移動しようと歩き出す。
ロコがゴウタンセキを抱え、その後にミズリーも続こうとして。
「あ――」
「おっと」
スパークフィッシュの電撃を受けた影響で消耗していたのか、ミズリーはふらりと体勢を崩しそうになった。
そこをゴーシュが抱きかかえる格好となり、ミズリーは抱き留められる。
「あはは、ごめんなさい、ゴーシュさん」
「いや、謝るようなことじゃないさ。それよりも……よっと」
「あっ」
ゴーシュはミズリーを横向きに抱えて運ぶことにした。
所謂お姫様抱っこの形となり、ミズリーは当然の如く赤面する。
(これは……何というご褒美……)
ゴーシュとしては無理をさせたくないと思い大事を取ろうとしての行動だったが、ミズリーにはクリティカルヒットだった。
***
「では、ロコよ。そのゴウタンセキをここに置いてくれ」
「らじゃ」
工房に集まった一行を前に、ボルガが準備を進める。
大狩猟大会で手に入れ、ゴーシュと波長を合わせたシチイロカネ。
そしてミズリーたちが採ってきたゴウタンセキが卓上に置かれる。
いよいよゴーシュの新武器開発が始まるのだと、皆どこか緊張した面持ちだった。
「ゴーシュよ。念の為確認だが、作るのは大剣でよいのだな?」
「はい。やっぱり使い慣れていますし、それが一番良いかなと」
「分かった。最近ドワーフ族の間では『カタナ』という武器の製法も広まっていてな。それも択の一つではあるのだが、ぬしの言うように使い慣れたものが一番であろう」
「カタナ……。東方の国の武器ですよね」
「うむ。刃物の中でも随一の斬れ味を持つ武器だ。儂も鍛冶師として少し興味があるが……いや、それは止めておこう。あれは扱いも相当に難しいからな」
「あはは、すみません。機会があればぜひ」
打ってみたかったのか、ボルガは少し残念そうだ。
ボルガの話にミズリーも思い当たり、ポンと手を叩く。
「私もそういえば配信で見たことありますね。東方の国にはカタナを扱う武人がいるのだとか。特にカエデさんという配信者の方が独自の剣術を編み出したとかで話題になってました」
「へぇ、そういう人もいるのね。東方の国の文化ってけっこう異色だって聞くけど、ファンも多いらしいし、何というか、配信文化が栄えた影響って感じするわ」
「とーほーの国、気になる。わたあめもすんごく美味しかった」
「はっは。縁があれば行ってみるといい。なかなかに面白い国であったぞ」
どうやらボルガは訪れたことがあるようで、白ひげを擦りながら懐かしそうに振り返っていた。
確かに今度みんなで遠出するのも楽しいだろうなと、ゴーシュはボルガの話に想いを馳せる。
何より、ゴーシュ自身も少し行ってみたかった。
「話が逸れてしまったな。この後の武器製造は配信もするのであろう? リスナーを待たせても悪い。そろそろ始めんとな」
「あ、そうですね。始めましょう」
切り替えて、配信を開始するミズリー。
今日の採掘配信から視聴しているリスナーたちも多く集まってきて、ボルガが簡単な自己紹介を行う。
【いよいよゴーシュさんの新武器が作られるんですのね! 緊張してきましたわ!】
【今日の第2部! 待ってました!】
【ミズリーちゃんは大丈夫みたいだな。何ともなくてホッとしたぜ】
【この人が鍛冶師さんか。ドワーフとはいかにもって感じだな】
【ごくり……】
【鍛冶師さんのギルドメンバー入り待ってます!】
【最近日曜大工にハマってます。そういうのも見られるだろうか】
【大剣となると単純にデカいからな。大掛かりの作業になりそうだ】
【大きい武器はムラができやすい分、難易度が高いと聞いたことがあるでござるよ。ボルガ殿の腕の見せどころでござるな】
「武器製造の様子を見られながら行うというのも新鮮なものだな。とにかく、リスナーの諸君よ、剣の製造は長丁場になるが楽しんでもらえたら幸いだ」
ボルガが大人の挨拶を行い、武器の鍛錬へと進む。
ちなみにシチイロカネは既に必要分が取り分けられており、余り分は以前から決めていた通り、今後パルクゥが調合に使用する予定だ。
「では、取り掛かるとしよう――」
そこからは見る者が息を呑む作業内容だった。
まずはゴウタンセキを炉に入れ加熱。
この時点で凄まじい熱量が工房内に満ちて、見守るゴーシュたちはすぐに汗だくになっていた。
熱くなった炉内にシチイロカネを入れて十分に熱した後は鍛錬という工程に移る。
ボルガ曰くシチイロカネは均一な硬度を誇る希少鉱石であり、簡単に言うとムラが少ないという。
そのため製造工程も普通のものと比べ大幅に省略できるらしいのだが、それでもボルガが事前に言った通り長丁場だった。
熱したシチイロカネを折り曲げ、特殊な灰をまぶしながら重ねて、捻りも加えることでより強靭な武器を目指していく。
力が必要な工程ではロコも手伝ったり、他の面々も都度差し入れを準備したりして。
新武器の製造は夜を通して行われたが、不思議と配信の同接数はほとんど減ることがなかった。
(――フフ、これだけの滾りも久しいな。しかしミズリーがあれだけの献身を見せたのだ。儂も全霊を尽くして臨まねば、申し訳が立たん)
配信画面には煌々とした炉やシチイロカネが映され、その美しい色に魅了される者が多かったのも同接数が維持された要因だろう。
しかしそれ以上に、ボルガの鍛冶師としての矜持が見る者を熱くさせていたのだ。
やがてボルガ愛用の金鎚で何度も叩かれ、成形が行われ、シチイロカネはゴーシュが扱う大剣の形を成していく。
そして外も明るくなった頃――。
「できたぞ、ゴーシュ」
ボルガが頭に巻いていた布を取り、笑みを浮かべる。
その笑みは晴れ晴れとしており、作られた大剣が渾身の出来であることを示していた。
「名を付けるのも鍛冶師の役目でな。『剛牙』と、そう呼んでやるといい」
「剛牙……」
ゴーシュの前に置かれたのは無骨な大剣。
シチイロカネの虹色がゴウタンセキの熱で全て混ざった成果であり、夜のように深々とした黒色だった。
【おお、ついに】
【黒い大剣でござるか。ゴーシュ殿に合った拵えでござるな】
【カッコいい……】
【飾らない感じがゴーシュのおじ様にピッタリですわ! なんかこう……凄そうですわ~!】
【ほんとに長丁場だったな】
【でも魅入っちゃったぜ】
【これでもシチイロカネとゴウタンセキのおかげで短いんだよな……。鍛冶師さんって大変だぜ】
【ボルガさん、よくこんな長時間集中してたな。一流って感じで惚れるわ】
【試し斬り見たいです!】
【確かに、どんな具合なのか気になるな】
【大剣オジサンが使う新しい大剣の威力を見てみたいぞ!】
「ふっふ、リスナーの諸君もこう言っておる。ゴーシュよ、儂にもその剣を振るう所を見せてくれ」
「それじゃあ、工房の外で――」
「いや、周りに被害があってはならんからな。おそらく、別の場所にした方がいい」
「……? はい、分かりました」
剣を振るうだけなのにそこまで注意が必要だろうか。
ゴーシュは一瞬そのように考えたが、ボルガの提案に従うことにする。
そして、ゴーシュたちは揃って大狩猟大会が行われた岩場へとやって来た。
「ここならば問題あるまい。せっかくだ、ゴーシュ。そこの岩に向けて思い切り振るってみるがいい」
「分かりました」
ゴーシュは剛牙と名付けられた剣を構え、細く息を吐き出す。
一体どれだけの威力を発揮するのだろうかと、逸る気持ちを抑え、手に意識を集中させた。
(恐ろしく手に馴染む。まるで刀身まで一体となったような……。これがボルガさんの業か)
職人の仕事に感激しながら、ゴーシュは剛牙を振りかぶる。
そしてそのまま、背丈ほどもある岩に向けて剣を振り下ろした。
「えっ……」
「ワハハハハッ! やはりな!」
ゴーシュが剣を振るった後で、ボルガの笑い声が響く。
一方で、剣を手にしたゴーシュも、周りで見守っていたミズリーたちも、口を開けたまま絶句していた。
無理はない。
ゴーシュが繰り出した剣撃は、目標としていた岩を粉々に破壊……するだけでは止まらず、その奥にある岩山とも呼ぶべき巨大な岩塊を両断したのだ。
これがゴーシュのために作られた新武器、剛牙の破壊力だった。
【えぇ……】
配信を視聴していたリスナーたちも、驚くというよりドン引きの様子である。
「ハッハッハ! まさしく我が生涯最高の出来だ!」
その凄まじい結果を予測していたのは剣を打ったボルガのみで、実に満足そうな笑みを響かせていた。





