第95話 覚悟のミズリー
見えない極太の針で体を貫かれたような痛み――と。
スパークフィッシュの電撃を浴びたことのある冒険者は口々にそう言う。
それ自体で命に別状があるわけではないが、生きている内に二度と経験したくないと言われるほどの痛みである。
故に、スパークフィッシュがいる水場には絶対に近づくなというのがこの世界の一般常識だった。
ミズリーたちの配信を見ていたゴーシュとボルガも神妙な面持ちとなる。
「確か、稀に釣り人の針にかかることもあるのだったか。危険度はCランクだったはずだが」
「はい。水の中に入らなければ襲ってくることはありませんからね。ただ、見かけたらすぐに避難しろと言われる魚でもあります。一人でいる時に電撃で体が動かなくなれば、水難事故に繋がる恐れもありますから」
「ふむ。となると厄介だな」
一匹だけならばまだしも、出現したスパークフィッシュは群れを成している。
ゴウタンセキを発見したミズリーたちの行く手を阻むには十分な障害だった。
「パルクゥの魔法で吹き飛ばせばどーにかなる? さっき魔物の群れにぶっぱなした爆発の魔法とか」
「いや、それだとゴウタンセキも壊しちゃうわ。炎魔法も駄目ね。たぶんゴウタンセキに発火するでしょうし」
「凍らせる……のは駄目ですね。そもそもゴウタンセキが取れなくなっちゃいますし」
「そうね。というか、水量がかなりあるからどのみち魔法だと厳しそうだわ」
「うーん、そうなると……」
ミズリーが思案顔になって唸る。
結局、手は一つしか思いつかなかった。
「やっぱり、潜って採ってくるしかなさそうです」
「おいおいミズリーちゃんよ。そうは言っても厳しいぜそりゃ。パルクゥは運動音痴だし、ロコちゃんも泳ぐのは苦手なんだろ?」
「大丈夫ですよ。私が一人で行ってきます」
「でもよ、あれだけスパークフィッシュがいるんだ。気づかれたらヤバいぜ?」
「そーっと行ってきます。そーっと」
心配するギギに対し、ミズリーはにこりと笑みを浮かべる。
言われても止めるつもりは無いようで、ミズリーの意志は固かった。
「ミズリーだいじょぶ? けっこー危そう……」
「はぁ……。私も無茶は止めた方が良いと思うんだけど」
「心配してくれるのは嬉しいですが、やらせてください。きっとゴウタンセキを採ってきますから」
「どうしてそこまで……」
何故なのかと、パルクゥは怪訝な表情を浮かべる。
ミズリーも当然スパークフィッシュの脅威は知っているはずだ。
なのに、楽観視しているわけでもなく、ミズリーの表情には迷いがない。
その理由がパルクゥには分からなかった。
「ゴーシュさんのためだから、でしょうか」
「え?」
「ゴーシュさんのためだから、頑張れるんだと思います。モスリフに押しかけていった私の提案を受け入れてくれて、一緒に配信できるようになってから毎日が楽しくて。だったら、少しでも恩返ししたいじゃないですか」
「……」
「って、アハハ。ちょっと恥ずかしいこと言ってますかね」
「……ううん。そんなことないわ。とても立派だと思うわよ」
パルクゥは微笑を浮かべ、首を横に振る。
そして、ミズリーのまっすぐさに感銘を受けていた。
パルクゥが《黄金の太陽》の配信をファンとして見ていた時から感じていたことだが、この純粋さがミズリーの魅力なのだろう。
それは、配信をする者にとって一番大切なものかもしれなかった。
「ま、配信中だってことを忘れてもらっちゃ困るけどね」
「あっ、そ、そうでした」
慌てて赤面するミズリーを見ながら、パルクゥはやれやれと溜息をつく。
リスナー陣もミズリーの決意に胸を打たれている者が多数で、ゴーシュもその中のひとりだった。
「よい仲間を持ったな」
「……はい。本当に」
ボルガの言葉に、ゴーシュは深く頷く。
そして、ミズリーへの感謝を胸に目を細めていた。
***
「それじゃミズリー、気をつけるのよ」
「はいっ」
少しして、ミズリーが真剣な表情で水辺に立つ。
手には採掘用のピッケルを持っており、それでゴウタンセキを入手する想定だ。
また、ミズリーの体にはロープが巻きつけられており、その端はロコの手に握られていた。
「ミズリーがもし危なくなったら引き上げる。おまかせあれ」
「ふふ。その時はお願いしますね、ロコちゃん」
ミズリーは準備が整ったことを確認し、深く息を吸い込む。
そして、スパークフィッシュの群れに気づかれないよう、そっと水の中に入った。
(少しビリっと来るけど、そこまでじゃない。やっぱりスパークフィッシュ本体に触れなければ大丈夫そう)
慎重に、かつ迅速に。
ミズリーはなるべく端の方を通りながら水の中を降りていく。
幸いにもスパークフィッシュには気づかれることなく、ゴウタンセキの元まで辿り着いた。
(よし。なるべく音を立てないようにそうっと――)
叩くのではなく、ピッケルの先で削るようにしてミズリーはゴウタンセキを岩壁から引き剥がそうとする。
しかし――。
「スパークフィッシュに気づかれたわ! ミズリー、早く!」
それまで水中を彷徨うように泳いでいたスパークフィッシュの群れが、一斉にミズリーの方へと向かう。
【気づかれたぞ!】
【慎重に削ってたのに!】
【マズいですわ!】
【ミズリーちゃん!】
【まだゴウタンセキは剥がせないか!?】
水中ではよく音が響くことを考慮し、ミズリーは採掘を試みていたが、それでもスパークフィッシュは音に敏感だった。
岩と石が削れる微かな音を察知して、水中への侵入者がいることを突き止めたのだ。
スパークフィッシュの内、何匹かがミズリーの体めがけて突進する
その瞬間、ミズリーは体を貫かれる感覚に襲われた。
(――っ!?)
気を抜けばすぐに意識を持っていかれそうなほどの鋭い痛み。
ミズリーはスパークフィッシュから受けた電撃にきつく目を閉じたが、それには構わずゴウタンセキの採掘を再開する。
(あとちょっと……あとちょっとで剥がせる!)
しかしその間もスパークフィッシュはミズリーに突撃し、自分たちの住処に踏み入る邪魔者を排除しようと電撃を浴びせた。
(あっ……! くうっ……!)
【スパークフィッシュの数が多すぎる!】
【ヤバいって!】
【ミズリーちゃん、無茶するな!】
【おのれスパークフィッシュめ!】
【もう引き揚げた方が……】
「さすがにもう無理だ! 引き揚げるんだ、ロコちゃん!」
「ロコ、お願い!」
「うんっ!」
これ以上はもう無理だと判断し、ロコはミズリーの体に繋がっているロープを引っ張ろうとする。
しかし、水中にいたミズリーはロコの方へ視線を向け、フルフルと首を強く振った。
まだ引き揚げるなと、そういうことだ。
(まだ、まだ大丈夫です! まだ引き揚げないでください! 絶対にっ!)
ミズリーの目つきはこれ以上ないくらいに真剣で、ロコの動きを止めるほどの胆力があった。
即座にミズリーは目標物の採掘へと戻る。
スパークフィッシュの電撃に耐えながら、決して意識を失おうとしないミズリー。
その精神力は見る者全てが目を見張るものであり、ミズリーが持つ芯の強さを窺わせた。
(ミズリー……!)
ミズリーの鬼気迫る様子に、止めようとする者はもういない。
それはゴーシュも同様で、ただミズリーの無事を願うかのように自身の手をきつくきつく握りしめていた。
そして――。
(剥がれたっ!)
「今よ、ロコ!」
「りょーかい!」
ミズリーがゴウタンセキを壁面から引き剥がすことに成功し、ロコが握ったロープを一気に巻き上げる。
ぐんと引っ張られる最中、ミズリーは採掘したゴウタンセキを決して離すまいと抱きかかえていた。
「げほっ、ごほっ!」
「だ、大丈夫、ミズリー!?」
「え、えへへ。何とか……」
水の上まで引き揚げられたミズリーは憔悴した様子だったが、なんとか笑みを浮かべる。
無事だったという事実にパルクゥもロコもギギも、配信画面を見ていたゴーシュを含めたリスナーたちも大きく安堵の息を漏らしていた。
「やれやれ、心配しすぎて帽子のシワが増えるとこだったぜ」
「ミズリー、無茶しすぎ」
「ほんとよもう。いくら命に関わるものじゃないとはいえ、相当な痛みだったでしょうに」
「心配かけてすみません。でも、我慢すれば何とかなるかなぁって」
あっけらかんと言ったミズリーに嘆息するパルクゥ。
その溜息には呆れだけではなく、決意を貫き通した少女への尊敬の感情も混じっていた。
(まったく。――でも、ほんとに強い女の子だわ、ミズリーは。これもゴーシュさんへの想いが成せることなのかしらね……)





