謎の箱が届きました
ラジオの収録をした日から四日が経ち今日は四月八日の日曜日。 今日の夜には『水橋拓真の声声声ラジオ』の二回目が放送される。 そんな日の僕は久しぶりに青星声のメンバーと会っている。
「最近どう? 順調そう?」
心絆さん。 いや、心絆とは毎日連絡はしているものの会うのは声優になったことを発表する動画を撮った時以来。 一ヶ月は立っていないにしろ会えなかったのは寂しかったし、心配かけたのだろう。
「う〜ん。順調なのかはわからないけどラジオの収録だったり充実はしてる気はするかな」
「まあそれで満足してたらそれまでだけどね」
吉野先輩の言う通りだ。 ここで満足なんかしていない。 声優になったのにまだアフレコだってしていない。 改めて気を引き締めていかないと。
「それで今日は何をするんですか?」
そう、今日ここ(吉野先輩の家であり撮影部屋)にきたのはただ久しぶりに遊びにきたのではなく青星声メインチャンネルの動画撮影に来た。
僕の問いかけを無視して二人は撮影の準備を始める。 ってことはドッキリ系なの? すごくわかりやすいよね。
「しゃぁ〜! どうも皆さんこんばんは青星声のココナッツと」「ソラトと」「ミズタクだ。 お久しぶりです」
撮影も一ヶ月経ったわけでもないのにすごく久しぶりな気がする。
「ほんと久しぶりだね。 声優になってとか色々聞きたいことはあるけど今日は・・・・なんと・・・・」
溜めるな〜。 気になるじゃん。
「じゃん。 これが私たちにも届きました」
長方形のダンボールが机の上に立たされた。
「何が入ってるんですか?」
「なんとこの中には・・・・」
ガムテープをボールペンで切り中のものを取り出す。 中から出て来たのは黒い箱。 その箱にはYouTubeの文字が入っていた。
「ってことは・・・・っえ? 突破したんですか?」
ニヤニヤしながらナッツさんは箱を開ける。 箱の中には銀の盾が入っていた。
だからあんなこと・・・・言われたんだ。
「すごいよね。 私たち十万人以上の人にチャンネル登録してもらってるってことだよ」
十万人。 YouTuberをやっていて今までは自分たちがまさか十万人・・・・十万人のファンの人に見てもらえるなんて思いもしなかった。 行ったとしてもここまで喜ぶとも思わなかった。 やっぱり形にしてもらうと嬉しいな。
「こんなに嬉しいことがあると一緒に不幸なことも来そうで怖いですね」
そんなこと言わないのと僕の肩をナッツさんは叩く。
・・・・。
少し無言が続いた。
話を切り出したのはソラトさんだった。
「あ、あのさ。 二人には黙ってたんだけど、俺・・・・来月から海外に交換留学って形で留学することになったんだ」
少し重くなっていた空気がさらに重くなった。
「留学? どのくらいの期間留学ってするの?」
「半年間」
心絆は銀の盾の紹介動画として撮っていたカメラの電源を消した。
一分も立っていないのに数十分も経ったかのように感じた。
「それで、交換留学って形で行くけど・・・・もしかしたら帰ってこないかもしれない」
「どういうことですか?」
帰ってこないって、青星声の十万人突破のこともそうだけど今日だけでサプライズが多すぎだよ。
「青星声の活動はどうするの?」
長い沈黙の後、吉野先輩はこう言った。
「この後のことはわからない。 もう一度YouTuberとして活動したいと思うかもしれないし、夢に向かって羽ばたきたいて思うかもしれない。 曖昧なままで行きたくない。 だから・・・・」
「待って。 もう考えは固まってるの? 変わらない?」
焦ったように心絆は吉野先輩の肩を掴み揺らしている。 その手を吉野先輩ははらった。
「ごめん。 気持ちは変わってないんだ。 だから俺は青星声を抜ける。 水橋も声優になってこれから忙しくなってこっちの活動に顔を出せなくなってくると思うし、俺がいうのもあれかと思うけど・・・・青星声は十万人の盾を紹介動画を最後に解散しよう」
数分前のような明るく軽い空気はもうどこにもない。
心絆は絶望した表情をしていた。 心絆は作り笑顔を作り何かをつぶやいた。
「しょうがないことだよね。 しょうがないことだよね。 私のわがままで始めたYouTuberだったけど迷惑はこれ以上かけられないもんね。 このタイミングで解散するのも歴史に名を刻めそうだし・・・・ね。 ちょっとごめん」
心絆は涙をこらえながら部屋を飛び出した。
その後を追うか迷ったが、今回はあえて追わなかった。 彼氏としてはあるまじき行動だよね。
心絆が帰ってきたのは出て言ってから三十分経ってからだった。
「ごめん。 お待たせ。 心の整理はついたから大丈夫。 青星声のラストの動画撮ろう。 こう全盛期の時に辞めるのもかっこいいしね」
心の整理はついたとは言っていたが、今にも涙がこぼれそう。 自分の表情と言葉の違いに気づいたのか両手で顔を隠した。 手を開いた時にはにこやかな笑顔に変わっていた。
「それじゃあ撮ろうか」
心絆の掛け声で動画の撮影が始まった。
いつもの挨拶を終えソラトさんはナッツさんの肩を叩きある紙を見せた。
「テッテレ〜。 ドッキリ大成功!」
当たり前だがナッツさんは狐につままれたような顔でぽかんとソラトさんを眺めていた。
「今回のドッキリはチャンネル登録十万人記念にもらった銀の盾紹介動画で解散しようと言ったらリーダーはどんな反応をするのかドッキリでした」
動画を撮り始めた頃は物静かで、一つの動画で一言しゃべるかしゃべらないかみたいな感じだったのに今では僕よりもしゃべってるんじゃないかと思う。 今日のようなソラトさんも面白いが昔のソラトさんの方が面白かった気がするな。 個人的にはだけど。
「海外に留学っていうのは?」
ごめんなさい。 嘘です。
「解散っていうのも?」
はい。 ドッキリのネタでした。
全ての糸が途切れたかのように心絆は泣き出してしまった。 子供のようでかわいい。
ドッキリをかけて困らせてしまったことを謝ると
「拓真もこのドッキリ知ってたの? さすがに二人ともひどすぎるよ。 もうほんとに知らない。 ドッキリとかじゃなく、本当に解散だよ」
荷物をまとめて心絆は帰っていった。 どうせこれは逆ドッキリだろうと帰りを待っていたがなかなか帰ってこなかった。 心絆にメッセージを送ったが、既読すらつかなかった。 次の日、心絆の家に行ったがあってもらえなかった。
そんな日が一ヶ月も続いていた。 本当に青星声は解散なのだろうか。




