第六十八話
貴族や皇族の墓石が並ぶ岩の壁に囲まれた平原でアクセルはローブ姿のアンを難しい顔で見下ろしていた。
貴族達の墓石から少し離れた場所に掘り返した土をもう一度埋め直した跡があり、土の上には刻まれていない平たい石板が置かれている。
「アン、シンシアはここだ」
アクセルの言葉に首を横に振ったアン。
「アンはよく分からない」
当然の反応なのか、アクセルは小さく頷いて今度は腰ベルトに装着していた短剣を鞘ごと取り出し、アンの前で血まみれの短剣を抜く。
「この短剣で誰かが、シンシアを刺して殺した」
「アンはそれがアクセルの短剣だと思ってる」
「そうだ、俺が使ってる短剣だ。けど、俺の短剣を誰かが盗んで誰かがシンシアを刺したんだ」
フードを深く被っているアンの表情はよく見えないが、アクセルは続ける。
「イリスとリザードドラゴンが刺されたシンシアを見つけてくれてな、それからリザードドラゴンが埋葬してくれて、他の貴族と一緒だと辛いだろうからって少し離したそうだ。アン」
強く握りしめているアンの右手に触れたアクセルは目線を合わせるように腰を屈めた。
「アンはよく分からない……でもこの指輪を持っていたあの狼がシンシアを殺したということになる」
「あの狼? それってどういうことだ?」
怪訝な表情を浮かべたアクセルはアンの両肩に手を添えて訊く。
「アンは銀のような真っ白な毛並みをした狼が指輪を咥えていて、すぐにシンシアのだと分かったから殺した、それで指輪を取り返した」
頭に駆け巡る小柄な狼の言葉とアンに起きた出来事がアクセルを険しい表情に変えた。
「あいつが? 邪魔者って、アンが邪魔者ってことか。どういう意味だよジイさん」
悩み呟くアクセルにアンは続けて答える。
「アンは老いぼれた狼がフェンリルを騙して世界を壊そうとしている、そう知らない男から聞いた」
「は?」
目を丸くさせたアクセルが口を半開きにしてアンを見つめていると、
『ワシを呼んだかい、暗殺者のお嬢さん』
背後から小柄な狼が呑気な口調で、のんびりとした足取りで二人のもとへ。
「ジイさん」
『アクセルよぉ、言ったと思うけどワシの事恨まないでさぁ……まず理由を聞いてくれないかい?』
アンを背中にアクセルは小柄な狼を黙って睨む。
『ワシね、この世界がドラゴン崇拝に変わった頃に生まれたんさぁ。大戦が終わってフェンリルはシルバードラゴンと争う事をやめようと考えていてね、そんなの今更納得できるわけがなく何匹か連れてワシらはフェンリルから離れた。以前見ただろう? リザードドラゴン率いる若いドラゴン達が問題を起こした時の丸くなったフェンリルを、哀れさね……あれが神の姿とは到底思えんよ』
嘆いた小柄な狼はお座りの姿勢で鼻先を空に向けて、低く強い声で遠吠えが響き渡る。
「なんだよ、急に」
突然の行動に戸惑うアクセル。
『アヤノがフェンリルになったのをチャンスだと思ってさ、帝国軍とワシらを対立させて崇拝者を減らす為にこの内戦を起こしたんよ。たまにはシルバードラゴンも本領発揮してくれんとね。内戦でシンシアが死んだ、しかも殺したのが人間ならいくら温厚なシルバードラゴンでも黙ってられないと思うんさ』
「じゃあ本当にアンタがシンシアを誰かに殺させたって?」
『ん、どうだかねぇ。ワシもさすがに人間がどこまで言う事を聞くか分からんのさ……だからワシの連れは巫女を殺していない、殺したのは間違いなく』
小柄な狼が言いかけたところで口を閉じ、鼻先に光る銀色のナイフが当てられる。
当てているのはアンだった。
フードの奥には紅く冷徹な瞳が怒りを露わにさせて小柄な狼を睨みつける。
『暗殺者のお嬢さん、相手見なよ?』
余裕の声で小柄な狼は銀色のナイフに噛みつく。
鋭い牙は簡単にナイフを砕いてしまい、アンは次のナイフを取り出そうとするが途中で手が止まってしまう。
褐色の肌をした手がアンの左手を握っている。
相手の指先から徐々に上へと視線を動かすと、そこには真っ黒なローブを着た見覚えがある人物がいた。
『そろそろアクセルよぉ、天空の城へ行こうじゃないか……ここは彼女達に任せてさぁ』
小柄な狼は足元をすり抜けてアクセルに近づいていく。
呆然と立ち尽くすアクセルと動けないアンは真っ黒なローブを着ている人物に釘付けだった。
『アクセル、言っとくがセレスティーヌはなんも罪なんかないでね、何故ならワシが魔力でちょっと洗脳しただけだから』
簡潔に述べた小柄な狼は、
『商人のお嬢さんが天空の城で待ってるよ』
と付け足した。
「色々ありすぎて呑み込めねぇよ!」
理解できず怒鳴るアクセルに耳を貸さない小柄な狼。
『ほれ、さっさと行くさぁ』
小柄な狼とアクセルの足元に青白い光が包み込むように現れ、余韻もないままどこかへ。
一瞬で景色は変わり、平原にいたはずが今は白い霧に覆われた見たことがない世界に辿り着く。
アクセルは力なく座り込んでしまう。
「ここが天空の城か?」
頭の中で選んだ言葉を呟くアクセルに、小柄な狼は何も答えずに前へ歩いていく。
「町に残っていたはずのセレスティーヌがなんで帝都にいた? いつの間に洗脳なんて」
『ワシの遠吠えで来れるように調教してあるのさ。彼女はあの町に来たときから洗脳はしていたよ、だけど洗脳したからって彼女であることは変わらないし、行動も言動も全て本人の意思で普通に暮らしているさぁ』
「じゃあなんでセレスティーヌだったんだよ」
『情報が集まりやすい娼婦、それと褐色肌だったから見分けがつくでしょうよ。だから選んだのさぁ』
青みがかった髪を掻き、膝を手に添えて立ち上がったアクセルは小柄な狼を追う。
酸素の薄い空間をアクセルは黙って歩き続けた。




