第六十七話
『ほおぉ、やられちまったさぁ』
小柄な狼は面白そうに笑っていた。
「はー……誰が?」
既に笑い終えて疲れ果てているのはアクセル。
乾いた血液が付着した深緑に輝く宝石が埋め込まれた首輪を身に着けて、アクセルは教会の長椅子に深く座り込んでいる。
『長い付き合いだった、気の毒に……なんて思わんがね』
「だから誰のことだよ」
『ワシの連れ、御者をしていた奴のことさ。邪魔者を消してもらうはずだったが返り討ちに遭ったみたいよ』
まるで他人事のように説明する小柄な狼にアクセルは一笑。
「ジイさんは仲間が死んでも悲しくないみたいだな」
『ああ悲しい! つらいよとても辛い!』
下手な芝居を見せられている不快感にアクセルは目を逸らした。
「ああもうそんなのいらねぇよ、ちょっとイリスのところに行ってくる」
気分を紛らそうと膝に手を添えて立ち上がり、教会の扉を押し開ける。
「あっアクセル」
「ん?」
アクセルの視界に映らない場所から少女の声が聞こえ、一度辺りを見回すが誰もいない。
「下を見てよ」
言われた通り目線を下にすると少女が映り込んだ。
「おはようイリス」
「お、おはよう……アクセル」
イリスの曇る表情に首を傾げたアクセルは次に空を見上げる。
曇り空だったはずが清々しい青空に変わって、太陽は既に高く昇っていた。
「もうこんな時間か、リザードドラゴンは何か言っていたか?」
「今のところ静かでまだドラゴン達は消えていないって」
「そうか、それでリザードドラゴンはどこだ? どうせ近くにいるんだろ」
顔を左右に動かしてリザードドラゴンを探すアクセルにイリスは戸惑っている。
「帝都の外で見回りしてるけど……ねぇアクセル」
「あっそ、ちょっと会ってくる」
居場所が分かれば帝都の外を目指して長い脚で歩幅を大きくさせ、アクセルはイリスを置き去りに。
「え、あ、アクセル!」
呼び止めようとするイリスに対してアクセルは軽く手を上げて返事をするだけだった。
大きな狼達によって壊された建造物が破片や塊に変わり果てて住んでいたはずの住民達は誰もいない。
既に開いている城門を通って外に出ると、確かにリザードドラゴンが人間の姿で草原が広がる景色を眺めていた。
「ちょっといいか?」
アクセルが声をかけるとリザードドラゴンは爬虫類に似た瞳孔で睨み付けてくる。
「ちょっと待て、間もなく帝国軍が帰ってくる。ここでフェンリルの話はやめておけ」
「フェンリルじゃねぇ、シルバードラゴンのことだ。まだシンシアのことは気付いてないよな?」
その質問にリザードドラゴンは目を細めて鼻で笑う。
「フェンリルに妨害されて会話はできない状態だ、これが解ければあの老いぼれは間違いなくフェンリル達を全て焼き尽くす。それより帝国軍総隊長に知られた方が色々と厄介だと思うが? 証拠の短剣はここにある、犯人は分からない、疑われるのは当然貴様だ」
肩をすくめてアクセルが黙り込むと、リザードドラゴンは遠くの景色に目を凝らす。
「ほら、帝国軍が帰ってきた」
出発した時には虫の大群だった帝国兵士は指折り数える程度になっていた。
先頭を栗毛の馬に跨って進んでいるのは帝国軍総隊長で表情を一つも変えずにむさ苦しい男二人を睨んでいる。
総隊長と目が合ったアクセルは口元に笑みを浮かばせて肩を震わす。
静かに笑うアクセルを横目にリザードドラゴンは眉間に皺を寄せた。
「バスを殺して頭が吹っ飛んだか」
「ドラゴンにそう思われてるなら光栄だ、色々と考え事をしていれば嫌でも笑えてくるもんさ」
お互い鼻で笑って、数少ない帝国軍を出迎える。
城門の前で立ち止まった総隊長は栗毛の馬から降りると馬車の中にいる帝国兵に指示を出す。
「アンを連れて来い。アクセル、アンがシンシアお嬢様の指輪を奪い返したらしい。深手を負いながらも我々を追いかけてきた。回復魔術を扱える兵のおかげで一命は取り留めたが、戦うことはできないだろう」
帝国兵がローブで体を覆い隠すアンを連れてアクセルの目の前へ。
「大丈夫か?」
腰を屈めたアクセルにかけられた声にアンは頷いて、掌をアクセルに見せた。
アンの小さな手の上には恩恵の指輪と呼ばれる赤く光る指輪が。
「ありがとな」
指輪を受け取ろうとアクセルが手を伸ばすとアンは拒否を示すかのように拳をつくってしまう。
怪訝な表情を浮かべたアクセルはフードの奥にある紅く冷たい目をしたアンを視界に映す。
「シア、は」
「ん?」
アンの呟きが聞こえず、アクセルは首を傾げてもう一度聞き返す。
「アンが嫌いなシンシアは……どこ? この指輪は大事な物だからシンシアに返す。イリスが言っていた命より大事な指輪、それはシンシアも同じこと」
「あ、ああ! 随分疲れているんだなぁアン、ちょっと長旅だったから今のうちに休んどけ。その指輪はちゃんと俺が返すから、な!」
アクセルの早口な言葉と笑顔にアンは手を引っ込めてしまう。
沈黙の空気が漂うなか、リザードドラゴンは何も言わずに目を逸らしている。
目を合わせる帝国兵達とアクセルの態度に眉をしかめた総隊長。
黙るアクセルを睨んだアンは指輪が入った右拳を強く、爪が食い込むほど強く力を込めて握り、もう一度。
「シンシアは…………どこ?」




