第六十四話
「おいじいさん! イリスはどこに行ったんだ!!」
ベッドがあるのに床で仰向けになっているアクセルは苦しい表情を浮かべながら大きな怒声を部屋に響かせた。
『外にいるんじゃないかね、安心しなさいリザードドラゴンがちゃんと側にいるからさ』
アクセルの横には十代後半にしては身長が低いニーナが心配そうに見下ろしている。
さらにニーナの横には小柄な狼がお座りの姿勢で返答。
納得できない答えに黙るアクセルは頭を抱えた。
『なぁ……アクセルよぉ』
「なんだよ」
『坊ちゃんが人を殺せると思うかい?』
「さぁな、殺せるような顔じゃ、ないと思うけどな」
胸を上下に深く動かしたアクセルは天井を視界に映す。
『そうさなぁ、そうなんさ』
「犬が喋ってる……」
小柄な狼の鋭い牙が揃う口を何度も覗いては首を傾げるニーナ。
『なんさ貴族のお嬢さん、可愛い顔して。ワシが珍しいかい?』
「珍しいどころの騒ぎじゃねぇよ」
「う、うん」
アクセルの意見に頷くニーナに小柄な狼は鼻から息を出して四本の足で立ち上がり、尻尾を垂らした。
『アクセルよぉ、ワシを恨むのはやめてくれよ』
「なにか、したのか?」
開いている扉へと歩いていく小柄な狼を目で追うアクセルは返事を数秒待つ。
『ちょいとな、まぁ直に分かるさね。商人のお嬢さんが帰ってきたら教会に来てさ、楽な姿で』
そう言って小柄な狼は部屋から出て行ってしまう。
「全く勝手だ。なぁニーナ」
呆れるアクセルはニーナに声をかけた。
「え、なに?」
「外はどうなっている? もしかして、やばい状況なのか」
ニーナは力強く頷き、
「大きな化け物がたくさんいてシンシアが一人で戦ってるんだよ、イリスはそれで探しに行っちゃった」
状況を簡単に説明すると、アクセルは息を深く吐く。
「ああ、まぁシンシアがいるから大丈夫か……あいつは強いからな」
「そうかもしれないけど、なんか心配だよ」
「今頃全滅させて満足な顔をしているはず、大丈夫だって」
安心させようとニーナの頭に手を乗せたアクセルは栗色の髪を撫でる。
それでもニーナは不安そうな表情を浮かべ、眉を下げた。
城内の通路にゆっくりとした間隔で床を叩く足音が響き、ニーナは勢いよく立ち上がると開いた扉へ近づく。
「イリス、シンシア!」
ニーナは通路に向かって名前を呼ぶが返事はなく、そこにいたのは俯いているイリスだけ。
「イリス? あ、血が……だ」
手に付着しているのが赤い血だと分かったニーナは言葉を失い、膝から崩れ落ちてしまう。
「あ、に、ニーナ」
硬い通路に倒れたニーナを抱き起こそうとしたイリスだったが手に付着している血に触れることができず、眉間に皺を寄せた。
「兵士さん、この子をベッドにお願いします」
「はい!」
外で見張っていた帝国兵士が急いでニーナのところへ駆け寄り、抱えると部屋のベッドへ寝かせる。
イリスの目は疲れているのか力がなく、口数も少ない。
「イリス、無事だったんだな……シンシアはどうした? その手はどうしたんだ?」
耳に問う言葉が入ってきて、返事は頭に浮かんでいるがイリスは口を紡いで何も言わずに立ち尽くす。
「何か、言ってくれよイリス」
怪訝な表情を浮かべたアクセルは黙り込むイリスを見上げた。
唇を噛み締めて、目から零す透明な雫が頬をつたって顎へ流れ床に落ちていく。
泣いている様子に困惑するアクセルと目を合わせたイリスはゆっくりと口を開ける。
「アクセル……アクセルぅ、痛いよぉ」
どこも怪我をしていない彼女の言葉にアクセルは耳を疑う。
「痛くて、痛くて、どうしようもないくらい……痛い」
痛いことを訴えるイリスに何も返せないアクセルだった。




