第六十三話
太陽が山に隠れ始めた夕方、鎮火した山を平地から眺めている町民達と帝国兵士達。
彼等の側には布で包まれた焼死体が荷物と一緒に並ぶ。
「アーリィは生きていたか、そうか」
帝国軍を指揮する総隊長は腕を組んで、治療を受けているアーリィに目を細めた。
絶対の距離を保ち総隊長の後ろに立つローブを着た男と少女。
「まだアンには早いということだな、アン」
名前を呼ばれたアンは小さく頷く。
「民が安全に避難できるまで護衛をしてくれ、お前も一緒に頼む。終わり次第帝都に戻れ」
男は黙って胸の中央に手を当てて一礼。
総隊長は決して二人を視界に入れず、兵士達を集めて引き返す準備を始める。
「総隊長、皇帝は無事でしょうか?」
男が総隊長に問うと鼻で笑い、栗毛の牡馬に跨ると部下である男を見下ろす。
「内戦が始まる少し前、船に乗って業務と称して隣国に行っている。俺達の事など知ったことか」
「そうですか。それと、彼女には会わなくていいのですか?」
「ふっ、珍しいなお前が気にするなんて。そうだな……生きていると分かればそれでもういい」
一礼した男に厳つい顔で微笑み、手綱を引いて駆けだす。
総隊長に続いて馬車や馬が帝都に向かって走っていくのを見送るアンと仲間の男。
「アン、しばらくは町民の避難だ。とりあえず兵舎がある町へ行こう」
「アンはそうする」
平地に残った帝国兵数人と一緒に町民を連れて町を目指して歩いていく。
「ゾフィーが生きていて良かったよ」
帝国兵の背中で眠っているゾフィーに、町民達は煤だらけの顔で笑みを浮かべる。
「町が燃やされた事を真っ先に知らせてくれたのはゾフィーだった……そう考えるとずっと頼りっぱなしだったな」
「十年以上経っても罪滅ぼしとして町の事だけを考えてくれていたがもういいんだよ。エメルダは赦していると思うし、絶対恨んでいないさ」
「目を覚ましたら言いましょう」
町民達の言葉は優しく、眠るゾフィーに掛けられた。
そんな声を聞き流し周囲を警戒していたアンは仲間である男を見上げる。
「アンはお前のことよく知らない、名前は?」
「うーん…………忘れた」
彼の答えに首を傾げたアン。
男は頷くとアンに向けて口元に笑みを浮かばせた。
「どうせ捨てる命さ、名前なんてあってもなくても一緒だよ」
「アンは、よく分からない」
「うん、その方がいい」
男は疑問を浮かべるアンにもう一度頷いて、町民達の背中を眺める。
平らな草原地帯を歩き続ける町民達と帝国兵士達はやがて兵舎がある町を見つけて中に入ると、まずゾフィーをベッドへ仰向けに寝かせて、町民達が様子を見守った。
町の至る所に獣が荒らした跡が残っていて、アンと男は穏やかな表情を浮かべている住民達を不思議そうに眺める。
地面には乾いた血が飛び散り、簡単に造られた墓が兵舎を囲むように並ぶ。
「ここも被害に遭ったのかもしれない。帝都は大変なことになっているだろうか」
町の真ん中には焼き焦げた巨大な獣が息絶えたまま放置されていた。
「あの獣から魔術のような力を感じるな、巫女様がやったのか?」
思い浮かぶシンシアの顔にアンは紅い目を大きく開ける。
「アンは、帝都に戻って戦いたい」
男に強めの口調で訴えたアン。
彼女の発言を怒ることも笑うこともせず耳を傾けた男は数秒ほど黙り込むと頷いた。
「道中で生き残っている獣に殺されるかもしれない、帝都に辿り着いたところで力尽きて死ぬかもしれない、それでもいいのなら行っても構わない」
「アンは……それでも行く」
決して折れないその言葉と思いに男は肩をすくめてもう一度頷く。




