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第三十三話

よろしくお願い致します。

「また指を切ってる」

 アクセルの呆れた口調にイリスは目を丸くさせた。

 午前の騒がしい市場が終了した頃、商店通りはいつもと変わらない閑散とした景色に戻る。

 商品が入った木箱を運んでいたイリスは浅く切れた左の中指を見て、

「ど、どおりでジンジンするなぁーって思ってたんだよね! 最近怪我ばっかりだよ、もう」

 困ったような笑顔をアクセルに向けて、大将のところへ走っていく。

「あんまり無茶するなよな」

 肩をすくめたアクセルはイリスが下ろした木箱を持ち上げて店内に戻す。

「ただいま、ですの」

 お疲れ気味の様子で戻ってきたのは巫女のシンシア。

 長い黒髪を揺らし、青いつり目を細めていた。

「朝からいなかったけど何かしていたのか?」

 シンシアはその言葉にアクセルを強く睨みつける。

「貴方の巻き添えですわ」

「俺? なんでさ」

「隊長の仇と言ってわたくしにまで襲いかかってきましたのよ、追い払うのに大変でしたわ」

 アクセルは心の中で謝罪をしつつ、肩をすくめて息を吐いた。

「あいつらはアヤノの部下だったんだ、殺すこともできない。勘違いのまま死んでもらうのも気が引けるし、なんとか協力してくれればなぁ」

「わたくしやアクセルさんでは無理ですわね、仇ですもの」

 左手に填められた赤い石が光る指輪を眺めて、シンシアは眉を下げる。

 赤い石に指先が触れた途端、シンシアは目を大きく開けて唇を噛んだ。

 アクセルは怪訝な表情を浮かべて様子を見下ろしていると、シンシアは何も言わずに後退り、背の高いアクセルを見上げた。

「どうした?」

「リザードドラゴンが天空の城からいなくなったそうですわ。力の半分以上を失い、閉じ込められていたのですから逃げられるはずがないですの」

 眠たそうな目を細めて青みがかった黒髪を掻いたアクセルは壁に凭れる。

「あの時に死んでいなかったのか?」

 リザードドラゴンを閉じ込めているという情報でさえ知らなかったアクセル。

「同族を殺せるほどシルバードラゴンは冷酷じゃありませんわ」

 さらっと返されてしまったアクセルは口をへの字にしてしまう。

 何も言わなくなった二人の前に深紅のワンピースドレスを着た少女が顔を出した。

 艶やかな長い黒髪を後ろで左右に結び、褐色肌、朱色の瞳は笑っているようで笑っていない。

「アクセルさん、シンシアさん、こんにちは」

「よぉセレスティーヌ。珍しいな、店に来るなんて」

 意外な相手にアクセルは目を大きく開けてセレスティーヌを見下ろす。

「そんなことないよ、ボクって結構忙しいからお姉様達の買い出しでよくここに来てるもん」

「そうですわね。ですが、イリスさんをあまり困らせないでくださる?」

 シンシアが涼しげな表情ではっきりと答え、アクセルは目を丸くしてしまった。

 口角を上げたセレスティーヌは首を傾げてみせ、シンシアにしか聞こえないように呟く。

 呟きが届いたシンシアは鋭い眼差しをセレスティーヌに浴びせるも効果はなく、ずっと微笑んでいる。

「イリスさんはいないんだね、しょうがないか」

 顔を出しただけで足早に帰っていくセレスティーヌ。

 爪が食い込むほど握りしめている両手にアクセルは肩をすくめて息を吐く。

「おーいイリス!」

 奥にいるはずのイリスを呼ぶが、反応がない。

 不思議に思ったアクセルがお店の裏を覗くとそこは簡易的な厨房で薬箱と携帯食料が机に置いてあるだけだった。

 裏から入れる扉から出て行ったのだと分かったアクセルは疑問を頭に思い浮かべて、お店の表に戻る。

「イリスがいないな、どこに行ったんだ」

「いないですって? いくら商売をしていても病み上がりですわ、探しますわよ!」

 声を荒げて走り出したシンシアに驚いたアクセルは雑貨品を眺めて、次に他の商人を視界に映す。

「えーと大将、悪いけどお店任せていい?」

 別の商品を扱っているこのお店の持ち主である大将は何も言わないが笑顔で頷いてくれた。

 安心したアクセルは軽く手を挙げて走り出す。

 閑散とした商店通りから細い路地裏に入り、暗く湿った明るい通りとは正反対の世界を先に走るシンシアと追いかけるアクセル。

 自然の光が射しこむ出口を抜けた先は草原の丘が広がる町の外だった。

「イリスがここにいるってなんで分かるんだよ、ドラゴンが教えてくれたのか」

「分かりませんわ! ですが、イリスさんが最近この丘に来ているのだけは知っていますわ」

 丘の頂上に着いて、シンシアは体を動かして辺りを見回すが誰もいない。

「いないな」

 アクセルも同じように景色のいい丘を探すがどこにもいない。

「アンから聞きましたけど、丘で誰かと話をしているみたいですの」

「誰と?」

「そんなの知りませんわ、アンが気配を殺して近づいても先に勘付かれてしまいますの」

 アクセルは怪訝な表情を浮かべる。

「イリスが気配を消しているアンに気付くなんておかしい……様子も変な感じだしな」

 二人は丘の上でじっとその場で考えている間に、イリスはお店に戻っていた。

 相変わらず市場を終えると人が少なくなる商店通りのお店で大将が目を丸くする。

「ただいまぁ大将、あれ? アクセルとシンシアがいない」

「あれ、じゃないよお前が急にいなくなったから二人とも心配して探しにいったぞ」

「ご、ごめん。急用で家に戻ってて」

 イリスが眉を下げて大将に謝ると、

「まぁまた戻ってくるからその時に謝ったらいいよ。それより今日は昼飯食べないのか? 厨房にある携帯食料、お前のだろ」

 今度は裏の厨房に置いたままの携帯食料について尋ねられる。

「あーどうしよう、なんかお腹空いてないかも」

「珍しいな、いつもならあの味気ないやつを平気で平らげるくらい腹を減らしているのに、朝も食べないだろ、ダイエットでもしてるのか?」

 イリスは困ったような笑顔を浮かべて無言で右手中指に填めた赤く光る指輪を見下ろす。

 何かを訴えているかのように赤い石はイリスに向かって光を放ち続けていた。

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