第三十二話
真夜中だというのに町の外へ出て行った若い商人イリスは草原地帯が見渡せる丘に膝を伸ばして座っていた。
緑色の目を細めて、右手に填めた血色の石が埋め込まれた指輪を見つめている。
「痛みがない! 昨日は棚から箱が頭に落ちてきたのに、今日なんか二階から落ちて転んだのに痛くなかった!!」
誰もいない丘で怒りを込めて叫ぶ。
「なんでこんなことをしたの!?」
赤い光を放つ指輪に向けて強く問いかけた。
『アノ女ヲ殺ス、ソノ為ニ恩恵ヲ与エタノダ』
低く重い声がイリスの耳元に囁かれる。
「そんなこと、できるわけないよ!」
『其レデ、イイノカ?』
さらに囁かれ、イリスは首を横に振って拒否。
「同じ人間だよ? ドラゴンからすれば小さい生き物かもしれない、でも隊長は人間でアタシと一緒なんだから殺せない!」
『奴ハ獣ダ……人間デハナイ、ナラバ』
指輪は眩しい赤い光を放ち、光は形を作ってイリスの前に現われた。
二メートルはある巨体で深紅の鱗が体を覆い、背中に翼が生えているが飛べない。
爪で抉るように丘の地を踏みつけ、イリスを爬虫類の眼光で睨みつけている。
『殺せるだろうに』
はっきりとした人の言葉がドラゴンの口から重力と共に吐き出された。
この一言だけでイリスの足は力を失い、地面に座り込んでしまう。
『アノ男は女を探している。オマエより愛しい女を、先に見つけて殺せばオマエだけを愛してくれる』
「そ、そんなことない!」
『居場所、武器がなくともアノ男の居場所となれる』
イリスは目を丸くして、口を紡ぐ。
『アノ女がいる場所を教えてやろう……役に立ちたいのなら向かえ』
リザードドラゴンは手から赤い光を浮かび上がらせた。
赤い光は球体となって空へと昇り、今度は球体から一直線に伸びた赤い光が大きな山を指した。
「あそこは、なに?」
イリスは呆然と座ったまま、気の抜けた声で質問をする。
『フェンリルを崇拝する集団が住む場所』
「あんなところ、アタシ」
戸惑っているせいか、言葉がうまく出てこないイリス。
光が指し示す山からリザードドラゴンに視線を変えると、隣には誰もいなかった。
『我ハ、常ニオマエト共ニアル』
耳元で囁かれた声にイリスは苦い表情を浮かべて俯いてしまう。
「居場所、アタシが居場所に」
戦うことができないイリスはドラゴンの言葉を呟いた。




